第二章:間章 英雄になれなかった男



「なんでだよ、父さん!1本でいいんだ!それで楓は助かるんだよ!!」



父は日本に8人しかいない超越者で、癒しのユニークスキルまでもを保有している。


警察に復職し、国のためにその力を捧げて働いている父は多忙であり、一人息子の僕ですら普段は会話することさえままならないのが現実だ。


3日前、僕は15歳の誕生日を口実に、強引に手繰り寄せた父親との面会の機会をチャンスだと信じていた。



「お願いします。働いて将来1億円だって2億円だって返すから!頼れるのは父さんしかいないんだよ!」



「ならん。公式の手段でエリクサーの抽選を待て。」



ホテルのスイートルームの一室に、僕の荒げた声とは対照的に静かな声が響く。


ああ、自分に厳しく、息子である僕にも厳しい父親に、憎んですらいる父親に期待したのが間違いだったのかもしれない。



「1人息子が頼んでるんだぞ、父さんの唯一の家族だ!」



「関係ない。どんな権力者の頼みであろうと、たとえ肉親の願いであろうと、厳正にして公正なるエリクサーの抽選をねじ曲げ、誰かにエリクサーを与えるつもりは一切ない。」



ふざけるな、ふざけるなふざけるな!



「母さんは間に合わなかった!!父さんは確かに超越者になった。この国の英雄、癒しの五十河?冗談じゃない!愛した妻1人救えないで、何が英雄だよ!息子1人救えないで何が英雄だってんだ。僕も、このままじゃ父さんと同じで間に合わなくなる!」



母さんは、ダンジョンに囚われてから1年ほどで衰弱死した。ダンジョンが現れてから2年目のことだ。


あのクソ親父はどういう因果か1人でしか挑めないダンジョンにおいて役に立ちにくい支援系のスキルをメインでその身に宿し、スムーズに攻略を進めることができなかった。


100層までの攻略には3年の月日を要した。もちろん、5年経った今でも日本に8人しかいない超越者の1人であるし、世界でも数少ない回復系の超越者となったのは恐るべき執念と文字通り血の滲む努力による。


ただ、それでも念願のエリクサーを手に入れたその時、すでに母さんは天国に旅立った後であった。


母さんを失い、一時燃え尽きたかのように見えたクソ親父は、いかなる執着からかダンジョン攻略を再開した。


そして、ついにその妄執の果てにドラゴンを打ち倒し、超越者へと至ったのだ。


それからというもの、家族への情を捨て、国へと奉仕する英雄の道を進んだ。



「私の個人資産から、翼が自由に使えるように1億円分の口座を用立ててやる。私がしてやれるのはそこまでだ。」



「それじゃあ、運を天に任せるしかない……それじゃダメなんだ。父さんなら確実に助けられるだろ!」



エリクサーは、1人の超越者から10日に1本生産される。


全ての階層のモンスターは、10日ごとにリスポーンし、アイテムを再びドロップする。


10の倍数の階層では、現実世界に持ち帰ることのできるポーションがドロップする。100層のドラゴンとてそれは例外ではなく、超越者は10日に1度エリクサーを現実世界に持ち帰ることができるのだ。


エリクサーはダンジョンで死亡し、現実世界で目を覚ますことができなくなったものを救うだけではなく、現実世界のありとあらゆる傷病の特効薬となる。


エリクサーの保有数は、国家間のパワーバランスにすら影響を及ぼしうるのだ。


当然、価格は青天井である。日本の超越者8人によって月に24本のエリクサーが生産されている現在でも、世界では億を最低単価として10億、100億の取引が行われている。


そんな中、日本では五十河太陽の尽力もあり、エリクサーの価格には1億円という小売価格が設けられ、国が国民に対して販売を行なっている。


日本においては、国に10日に1本エリクサーを納品できるものが超越者であり、それと引き換えに、特権と莫大な給金を受け取っているのが超越者なのだ。


国民には、主権1票につき1票の抽選券が与えられ、1億円でエリクサーの入札を行うことができる。1億円の足切りがあってなお、月24本、年間288本の供給があってなお、エリクサーを手に入れることができるものは宝くじの当選者に等しい幸運の持ち主のみであった。



「翼、お前は今日で15歳になった。今日から夢を見ることはない。夢の代わりにダンジョンで闘争に臨むことになったのだ。ダンジョンに挑むか挑まざるかは自由意志であり、私は勧めもしなければ引き止めもせん。だが、勝ち取りたいものがあるのであれば、誰かに縋るのではなく、自らの手で奪い取るのだ。」



「僕は……父さんのようにはなりたくない。」



「...…好きにせよ。今日の面会は終了とする。」



そう言いのこして、クソ親父は去って行った。


もはや、楓を取り戻すには自らダンジョンに挑むほか道は残されていなかった。

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