第2話 毒
当然、受験は失敗し、僕は第二志望だった私立大学に進学した。
それでも、日本で有数の大学ではあったが、母は満足しなかった。
「ああ……本当に最低よ! どうして……どうして思い通りの結果を出してくれないの……? 近所の子供達はみんな有名国立大学に進学してるのに、うちの子だけが思い通りにならない!! どうして私だけ、こんな出来損ないを押し付けられるのよ!!」
母は半ば発狂した様子で、僕の私物を片っ端から捨てていた。
幼い頃に買ってもらったおもちゃやぬいぐるみだ。
それらは、まだ両親との関係が良好だった頃に両親がくれたものだった。
その頃、父は母を見限り、新しくできた女の元へと逃げていった。
その時に、一緒に暮らさないかと言われたが、何故だか僕はそうすることが出来なかった。
母を見捨てればどんな目に遭うか、そんな恐怖が頭を支配していた。
就職だ。
就職で挽回すれば今度こそは。
そう思い、僕は就職活動に全てを捧げた。
今になって考えてみれば、どうしてそこまでしてあの母親の期待に応える必要があるのかと疑問が湧く。
だが、当時の僕は、母を満足させることしか許されないと、何故だかそう思い込んでいた。
ともかく、就職に力を入れたおかげで、僕は誰もが知る一流の企業に入社することができた。
しかし……
「これで、私の努力も報われるわ……一流の企業に入れてあげたんだから、これからは今まで掛けた教育費の分まで、親孝行しなさい」
母は強欲だった。
一流企業に入れてやった恩を返せと、仕送りをせがんできた。
月18万円、それが母の要求額だ。
一流企業の初任給なら確かに払える額だ。
だが、それで残るのは最低限の生活費だけだ。
仕事内容は激務で、気も休まらない。
それでいて、稼ぎのほとんどは親に吸い上げられる。
限界だった。
どうしてこんな強欲な人間を養うために、人生を犠牲にしなきゃいけないんだ?
僕の頭にはずっと疑問符がついて回った。
それに僕は、社会でやっていくための大事なスキルを決定的に欠いていた。
他人を思いやったり、空気を読んだりして、円滑に他人と接する力だ。
小さい頃から勉強漬けの日々。母との会話では一方的に彼女の意見を押し付けられるだけ。
友達や恋人を作る時間も機会も無かった。
そのせいで僕は、他人とうまくやっていくという基本的な能力を養うことが出来なかったのだ。
社会人としてのコミュニケーションを卒なくこなす同僚が、自分よりもずっと大人に見えた。
本当は、歳が変わらないはずなのに、人としての出来がまるで違うと思った。
僕はというと、他人と目を合わせられず、会話もうまく続かず、かといって何か用件があると相手の言葉も聞かずに一方的に話し続ける。
そんなお手本のようなコミュ障だった。
おまけに、他人の欠点を見つけたら指摘せずにはいられず、数年もしない内に、僕は同僚や上司から白眼視されるようになった。
そんな人間が良い業績を残せるはずもなく、いつの間にか僕は閑職に回され、重要な仕事など任されず、お茶汲みや書類のコピーといった雑用を押し付けられる日々を送るようになった。
あれだけ勉強を続けてきたのに、僕の行き着く先はこんな惨めな日々なのか。
そう思った僕はある日、プツリと糸が切れたように気力を失い、家から出られなくなってしまった。
僕は会社を辞め、僅かばかりの退職金と、母に搾取されながらなんとか貯めた金で細々と暮らすようになった。
僕はまんまと社会不適合のニートに昇格したのだった。
仕送りを止めた僕を、母は無能だとか親不孝だとか罵ってきたが、全て無視した。
いや、応じる気力すら無かった。
後はだらだらと怠惰に過ごすだけだ。転職なんて考えてない。
この貯金が尽きて、まともに食べられなくなったら、そのまま栄養失調で死ねばいい。
積極的に命を断つ勇気はなかったが、そんな消極的な希死念慮に囚われていた。
そんな自堕落な日々を送る中で、僕はあるゲームに出会った。
トワイライト・クロニクル。
いわゆるエロゲーというやつだ。
と言っても、長年ファンタジー系の大作を作り続けてきた老舗のブランドが出した最新作で、世界観やゲーム性にこだわった作品らしい。
今までこの手のゲームをやったことはないが、世界観に惹かれてなんとなく始めてみた。
実際、そのゲームは確かに魅力的で面白かった。
だが、一つだけ、どうしても受け入れ難い要素があった。
それは、このゲームにおいて、あらゆるユーザーから嫌われてる敵役についてだ。
その敵役は、主人公カイルの幼馴染であり、名はレオンという。
誰もが目を惹く、薄幸の美青年で、柔和な性格、レオンに匹敵するほどの才能と武術の腕を誇る完璧な男だが、その本性は下劣であった。
このゲームで仲間になるキャラクターには、それぞれカイルとの交流エピソードが設定されている。
いずれも彼らと親交を深めながら、その人となりや境遇を知っていくという構成だが、この交流エピソードは、カイルの選択によって、幸福エンドと不幸エンドに分岐していくのだ。
贈り物をしたり、戦闘で勝利したりして仲間の信頼度を上げると、過去やトラウマを乗り越えるエピソードが発生し、ヒロインキャラになるとカイルと恋仲になるエピソードも見られるようになる。
それらをこなすと、ステータスは大幅に強化され、エロゲー名物の深い仲になるシーンも解放されるのだ。
問題は、カイルが選択を誤った時だ。
信頼度が下がると、それらのエピソードが発生せず、カイルに不信感を抱いた仲間は離脱してしまう。
しかし、これがヒロインキャラだと、さらにとんでもないことが起こるのだ。
レオンはある事情からカイルを妬んでいるのだが、ヒロインであれば例外なく寝取ってしまう。
彼女たちの過去の不幸やトラウマを刺激し、カイルへの不信感を募らせ、そうしてカイルはヒロインたちを堕としていく。
他にも、ヒロインを敵国や奴隷商に売り渡したり、わざと危険な任務に向かわせたりもするので、ヒロインたちは敵に捕まり、それはそれは酷い目に遭ってしまう。
そうしてカイルを追い詰め、破滅させようとするのがこのレオンというキャラだ。
当然、ユーザーからは蛇蝎の如く嫌われ、彼の本性が暴かれ、一騎討ちをするシーンでは、ユーザー達はゲーム中で採れるあらゆる残虐な行動を選択して、レオンを苦しめようと躍起になり、その様子がSNSにアップされて盛り上がるほどだ。
だけど一点だけ、彼にも同情すべき点がある。
それは、レオンには、この世界を滅ぼした邪神の血が流れているということだ。
そのためレオンの父は、生まれたばかりのレオンを焼き殺そうとするのだ。
それが失敗し、レオンが辺境へと逃げ延びた後も、執拗に刺客を送り込み、ついにはレオンの母が殺されてしまう。
レオンはそれらの出来事がトラウマになり、毎晩のように悪夢を見るほどだった。
そして、信頼していたメイドにすら命を狙われたレオンは満足に眠れなくなり、他人を信用できなくなっていた。
それが、レオンがカイルに嫉妬心を抱く理由の一つであった、
生まれがまともなら、レオンももっとマシな人生を歩めたのではないか。
僕は思わず、自分の人生と彼の境遇を重ねていた。
――カイル、どうして僕ばかりがこんな目に……僕もお前のようになりた……かった……
それが最期の言葉だった。
ユーザーからは「最後だけいいツラするな」「今更、何言ってんだ」と叩かれたが、僕は少しだけ同情し、同時に苦しくなってしまった。
生まれに恵まれなかった人間は幸せになる権利すら無いのだ。
レオンの死に様は、僕にその事実をまざまざと見せつけているかのようだった。
トワイライト・クロニクルズをプレイし終えて、僕はますます生きる気力が失せていった。
こんな人生でやり直すよりも、生まれ直してやり直した方がマシだ。
かと言って自ら命を絶つほどの勇気も持てず、僕はただ日々が過ぎ去っていくのを待つばかりだった。
そんな無意味な日々を過ごしていると、ある日、僕は奇妙な感覚を覚えた。
ベッドで寝ていると、まるで風邪でひどい熱が出た時のように、意識が朦朧とし始めたのだ。
そして僕は、これまでの記憶が次々と自分の頭から剥がれ落ちていくような心地に見舞われ、気を失うのであった。
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