第30話 心を映す鏡

冬の冷たい風が吹き始める頃、神主が紗希と源蔵に特別な依頼を届けた。


「拝殿にある神鏡が曇り、傷ついてしまいました。この鏡は神様を映し出す大切なものです。どうか修繕をお願いできますか?」


「神様を……映す鏡……」紗希はその言葉に息を呑んだ。


「神鏡は、神様と人々の心を繋ぐ象徴だ。曇ったままでは、その繋がりが弱まってしまう。お前の手で、その輝きを取り戻してやってくれ。」源蔵が真剣な目で語る。


「私……やってみます……!」


拝殿にある神鏡は、大きな金属製で、中央にかすかなひび割れがあり、表面には曇りが広がっていた。鏡の周囲には精巧な彫刻が施されているが、こちらも部分的に欠けていた。


「まずは鏡を慎重に取り外す。その後、傷や曇りを修復し、彫刻を蘇らせる。」源蔵が指示を出す。


紗希は慎重に鏡を外し、作業場に運び込んだ。その重みが、鏡の持つ重要さを物語っているように感じた。


「この鏡……人々の心を……映してきたんだね……」


「その通りだ。だからこそ、丁寧に扱わなければならない。」


最初の工程は、鏡面の曇りを取り除く作業だった。紗希は特別な研磨剤を使い、慎重に磨き上げていった。表面を磨くたびに、かすかに姿を映し出すようになり、鏡が再び息を吹き返すのを感じた。


「これ……本当に綺麗になるかな……?」


「焦るな。少しずつ曇りを取り除いていけば、鏡本来の輝きが戻る。」


源蔵の言葉に励まされながら、紗希は手を動かし続けた。


次に取り掛かったのは、鏡にできたひび割れの修復だった。紗希は金属片を慎重に合わせ、滑らかな表面になるように溶接と磨きを繰り返した。


「このひび割れ……ずっと支えてきた証なんだね……」


「そうだ。長年、人々の祈りを受け止めてきた証だ。それをお前の手で癒してやれ。」


紗希はその言葉を胸に、さらに集中して作業を進めた。


最後の工程は、鏡を囲む彫刻の修復だった。古い木製の枠に施された模様は、年月を経て削れ、欠けていた。紗希は新しい木材を使い、元のデザインを再現するために彫刻を始めた。


「この模様……すごく優しい形をしてる……」


「そうだ。これは神様の心を表していると言われている。お前の手でその心をもう一度形にしてみろ。」


紗希は彫刻刀を握り、慎重に木目を読みながら模様を一つひとつ刻み込んでいった。


修繕を終えた神鏡が拝殿に戻されたその夜、神主と村人たちが集まった。神鏡は新しい輝きを取り戻し、その周囲の彫刻もまた人々の心を引きつける美しさを持っていた。


「なんて美しい鏡なんだ……!」


「これでまた、神様に祈りを捧げられるね!」


村人たちの感嘆の声が広がる中、紗希は胸の中に静かな達成感を抱いた。


その夜、源蔵は紗希に光沢のある白い宝石を手渡した。


「この宝石は『浄化』を象徴するものだ。お前が修繕した神鏡は、人々の心を映し、神様との繋がりを再び強くした。」


紗希はその宝石を手に取り、静かに微笑んだ。


「私……もっと……人の心を……映せるものを作りたい……」


「その志を持ち続ければ、お前はもっと高みを目指せる。神鏡のように、清らかで力強くな。」


紗希の胸にはまた一つ、新たな決意が芽生えた。こうして彼女は、心を映す神鏡を蘇らせ、宮大工としてさらなる成長を遂げていくのだった。

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