第31話 鳥の羽が舞う神具

冬の寒さが厳しくなる中、神主が紗希と源蔵のもとを訪れ、静かな口調で依頼を切り出した。


「拝殿に飾られている『羽の神具』が傷み始めています。この神具は、村の守り神が宿ると言われる大切なものです。修繕をお願いできますか?」


「羽の神具……?」


紗希はその珍しい名前に首を傾げた。


「この神具は、鳥の羽をモチーフにした装飾が施されている。その羽は風を呼び、神様の加護を運ぶ象徴だ。」源蔵がそう説明する。


「私……やってみます……!」


神具は神社の奥に丁寧に保管されていた。それは木製の基台に鳥の羽を模した彫刻が施された美しいもので、繊細な装飾が全体を飾っていた。しかし、長い年月で木材が劣化し、一部の彫刻は欠けていた。


「この神具を蘇らせるには、欠けた部分を補修し、新たな輝きを加える必要がある。」源蔵が言った。


紗希は慎重に神具を作業場へ運び、じっくりと観察した。


「この羽……本当に風を呼びそう……」


「そうだ。その羽に込められた願いを、お前の手で蘇らせるんだ。」


最初に取り掛かったのは、欠けた羽の部分を補修する作業だった。紗希は新しい木材を削り出し、元の形にぴったりと合うように微調整を繰り返した。


「この曲線……風の流れみたい……」


「その感覚を大事にしろ。形だけでなく、流れも意識して彫るんだ。」


ノミを使い、羽の柔らかなカーブを再現するたびに、紗希は木材から生命力を感じ取るようだった。


次に、基台の彫刻を磨き直す作業が始まった。長年の風雨で表面が曇り、装飾がぼやけていたため、細かな彫刻を彫り直して鮮明にする必要があった。


「この模様……風が巡ってるみたい……」


「そうだ。その風が村全体を守る力になる。その想いを込めて彫れ。」


紗希は源蔵の言葉を胸に、彫刻刀を慎重に動かした。一つひとつの模様が風の流れを表現し、装飾全体に命が吹き込まれていく。


最後に、全体に新しい塗装を施し、神具を輝かせる仕上げに入った。羽の部分には薄く金色の塗料を重ね、光を受けて美しく反射するよう工夫を加えた。


「これで……また風を呼べる……かな……?」


「十分だ。この神具は再びその力を取り戻した。」源蔵が満足そうに言った。


修繕を終えた神具が拝殿に戻されると、村人たちが集まり、その姿に目を見張った。


「なんて美しい神具なんだ……!」


「またこの羽が風を呼んでくれるんだね!ありがとう、紗希さん!」


村人たちの感謝の言葉を聞きながら、紗希は自分の手でこの神具を蘇らせたことに誇りを感じた。


その夜、源蔵は紗希に淡い金色の宝石を手渡した。


「この宝石は『風』を象徴するものだ。お前が修繕した神具は、村に再び風と加護を届けた。」


紗希は宝石を大切に握りしめ、静かに微笑んだ。


「私……もっと……人々に風を……届けたい……」


「その心を忘れずに進めば、お前の技術はさらに高みを目指せる。」


紗希はまた一つ、宮大工としての自信を深め、新たな挑戦に向けて歩み始めた。こうして彼女は、風を呼ぶ神具を蘇らせ、宮大工としてさらなる成長を遂げていくのだった。

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