第25話 木霊の囁き

夏の終わりが近づき、風が少し涼しさを帯びてきた頃、紗希は源蔵と一緒に、神社の裏山へ向かっていた。今回の依頼は、新しい拝殿の梁(はり)を作るための木材を選びに行くことだった。


「宮大工の仕事は、ただ木を削って建物を作るだけじゃない。良い建物には良い木が必要だ。そのためには木と向き合うことが大切だ。」


源蔵がそう言いながら、木々が生い茂る山道を進む。紗希は、木をただの「材料」として見ていた自分に少し反省し、周囲の木々をじっと見つめながら歩いた。


「木と向き合う……」


「そうだ。木にはそれぞれの声がある。その声を聞き、建物にふさわしいものを見つけるんだ。」


源蔵の言葉に、紗希は頷きながらも「木の声」がどういうものか分からず、少し不安を感じた。


やがて二人は、広場のように開けた場所にたどり着いた。そこには大きな木が何本もそびえ立ち、その中の一本がひときわ目を引いた。


「この木だ。」源蔵が指差す。


紗希が近づいてみると、その木は他の木よりも力強く立ち、幹には美しい木目が浮かび上がっていた。手で触れてみると、温かな感触が伝わってきた。


「この木は……生きてるみたい……」


「そうだ。この木には力が宿っている。だが、木を切るということは命を頂くことだ。それを忘れてはならん。」


源蔵は木に向かい、静かに頭を下げた。紗希もそれに倣い、目を閉じて手を合わせた。


「ありがとう……大切に……使います……」


木を切り倒す作業は丁寧に行われた。源蔵が鋸を入れ始めると、静かな山の中に木が軋む音が響いた。紗希も補助をしながら、その音に耳を澄ませる。


「木が……何か……言ってる気がする……」


「それが木霊(こだま)の囁きだ。この木は、自分の力をお前たちに託してくれている。」


木はゆっくりと倒れ、その瞬間、風が吹き抜けて木の葉が優しく揺れた。紗希は心の中で「ありがとう」と呟きながら、その木を見つめ続けた。


切り出した木材は神社へと運ばれ、作業場で加工が始まった。紗希は木に向き合いながら、ひとつひとつの作業に心を込めた。木目を読み、木の声に耳を澄ませながら、梁となる形に整えていく。


「この木が……拝殿を支えるんだ……」


「そうだ。そして、この木の力が神社を、村を守り続ける。だからこそ、手を抜くことは許されん。」


源蔵の言葉に、紗希はさらに集中し、丁寧にノミを動かした。


夕方、作業を終えた紗希は、加工された梁を見つめた。自然の木目が美しく残り、そこには木の命が宿っているようだった。


「私……この木と一緒に……人々を支えられる気がする……」


「それでいい。宮大工は、木の命と人々の暮らしを繋ぐ仕事だ。お前はその一歩を踏み出している。」


源蔵の言葉に、紗希は深く頷いた。


その夜、源蔵は緑がかった茶色の宝石を紗希に手渡した。


「この宝石は『命の繋がり』を象徴するものだ。お前が木と向き合い、その力を未来に繋いだ証だ。」


紗希はその宝石を大切に握りしめ、木の温もりを思い出した。


「私……木の声を……もっと聞けるようになりたい……」


「それができれば、お前は立派な宮大工だ。」


紗希の胸にはまた一つ、新たな決意が芽生えた。こうして彼女は、木霊の囁きに耳を傾けながら、宮大工としてさらに成長していくのだった。

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