第16話 おっさん、悪友と語らう
想定外の方向からの攻撃に打ちのめされてしばらく。
先にギルドで手続きをしてくるという二人と別れたアルムは、必然的にクーシィと横並びで歩くこととなっていた。
「まったく、勘弁してくれよ。こちとら生粋の小市民なんだ、ああいうのは疲れるって」
上層区のある北側に向かって足を進める中、当然の権利として文句を言ってやると、
「それは悪かったと思っているわよ。でもほら、もしかしたらあそこからあなたを知って、お店に客が殺到するかもしれないでしょう?」
「殺到する理由がおっかなそうで嫌だわ、そんなん」
すっかり元の調子に戻ったクーシィが、冗談めかした口調ではぐらかそうとしてくる。
あいにく、誰かも知らない男に夜道で刺されるような趣味はない。余計な恨みは買いたくないと、軽くツッコミで返してやる。
「つーか、お前にまで金がないと思われてたとはな」
「あら、違うの?」
ついでに、もう一つ気になっていたことを口にしてみれば、本気でそう思っていたらしいことが分かる。
もしかしなくとも、妙に仕事をくれたり、あの二人を紹介してくれたりしたのにはそういった理由も含まれていたのだろう。
「俺はちゃんと貯金とかするタイプなんだよ。この間だって、知り合いがチンピラと揉めそうになってたのを金で軽く解決したところだ」
ゆえに、ここは甲斐性なしという不名誉をくつがえすために実例を交えて語ってやることにする。
「へぇ、意外ね。いつ行ってもお客さんがいないからてっきり」
が、なにも言い返せない正論に、それは勘違いもされるだろうと納得させられてしまう。
ただ、そもそもの話、武器屋というのは頻繁に通うような場所ではない。
代わりに一回の来店でいかに買ってもらえるかが大事な商売なので、客が少ないように見えるのは仕方がないことなのだ。
「それにしても、お金で解決するような揉め事ね。何があったの?」
とりあえず、貧乏でないことは理解してもらえたのか、彼女の興味は別のことへと移っていた。
「あー、いやそれは……」
一瞬、フラムの顔を思い出したアルムは言うべきか悩むも、
「……これは本人には言わないで欲しいんだけどよ。フラムのやつが迷子になったメディを探してて──」
彼女の将来のことを考えれば先輩には知っておいたもらった方がいいだろうと、ことの詳細を話しておくことにする。
「──なるほど、ね」
そうして、ひとしきりの説明を受けたクーシィは、顎に手を当てながら納得したように頷くと、
「教えてくれてありがとう。あの子、メディに対しては特別なところがあると思っていたけれど、そこまでとはね」
意外に思ったのか、少し悩むような仕草を見せる。
ギルド前での振る舞いからして、普段の彼女とは違うのではと思って話したが、やはりそうだったらしい。
あのままだとどこかで苦労することは想像に易く、それはこちらとしても嬉しいことではない。
話したことがバレた場合が怖くはあるものの、今さら嫌われたところで大差はないだろう。
「頼むから本人には絶対言うなよ? あいつ、表に出したくないみたいだからな、ああいうの」
と、そうは思いつつも、常連客としての可能性も捨てきれないのがアルム。念のために口止めだけはしっかりしておくと、
「くす、やっぱりあなたは優しいわね」
なぜか、それを聞いたクーシィは嬉しそうに微笑む。
「いや、優しいっつーか、あんま仲良くねえから気い使ってるだけだよ」
予想外の反応に、思わず目を逸らしてしまったアルムはごまかすようにそう訂正するが、
「そういうところも含めて、なのだけれどね」
「はぁ? そりゃどういう意味だ?」
いまいち理解できない言葉を返されてしまう。
優しさではないという説明に、それも優しさとは。なにかの哲学だろうか、と首をかしげてしまう。
「ふふ……さあ? それよりほら、着いたわよ」
そうこう話しているうち、目的の場所にたどり着く。
「へえ、ここにあったのか、あいつの店。そういや、場所変わってから来てなかったかもな」
アルムも気持ちを切り替え、小洒落た外観の料理店を観察した。
看板には【パロンのおいしい料理店】という、知り合いの名前が入ったなんともひねりのない店名が掲げられている。
ガラス窓から店内を覗けば、昼をとりに来ているのだろう客がぼちぼち見えた。
店を移転するという話を聞いて以来、なんだかんだと行かなくなってしまったが、なかなか上手くやっていそうだと安心する。
「もう、ダメねぇ。そうやって面倒くさがってると、どんどん知り合いと疎遠になってしまうわよ?」
それを聞いたクーシィは、忠告しながらため息をついた。
「それはまあ……耳が痛いな」
これには返す言葉がなく、素直に聞き入れるしかない。
仕事だとか、困りごとだとか、そういうのがあれば気兼ねなく動けるアルムだが、自分の方から動くというのはどうにも苦手だった。
「くす、私が付き合ってあげましょうか?」
そんなアルムの胸中を察したのか、微笑みながら提案してくるクーシィに、
「知り合い巡りにか? やだよ、親に連れ添ってもらうガキじゃあるめえし」
当然のごとく拒否の姿勢を見せるも、
「いいじゃない、似たようなものでしょ?」
「お前をおふくろだと思ったことはねえよ……!」
結局からかわれて終わりになる。やはり彼女への抵抗はするだけ無駄だろうと、そう判断したアルムは、
「はぁ……そんなことより、さっさと入ろうぜ。あいつらが来る頃には料理を並べておきたいしな」
ため息で話を切り、そそくさと入り口の扉に手をかけた。
「ええ、そうね」
クーシィもまた頷きを返してきたのを見てアルムが扉を引くと、
「いらっしゃ──!!」
カウンター席を拭く女性店員と目が合い、
「アルムじゃない! 久しぶりねぇ!」
直後、ロングのスカートを揺らしながら早足でこちらへと向かってくる。
「よ、久しぶりだなパロン」
「本当よ、もう。お店の場所変えてから会ってないんじゃない?」
頭にバンダナを巻いた彼女は、まさに女将さんといった雰囲気か。アルムの肩を叩きながら快活に笑ってみせた。
「って、あれ? なになに、そういう感じなの?」
そして、すぐにクーシィの存在に気がつくと、口に手を当てながらニヤニヤと口角を上げ始める。
なぜ、女性というのはすぐに恋愛ごとに持っていきたがるのか。
歳の近い男女が二人で食事に、と考えたら気持ちは分からなくもないが、勘弁してほしかった。
「残念ながら、後から二人くるよ」
とはいえ、現状を嘆いても仕方なし。
皮肉交じりに事実を教えてやれば、
「あー、それは残念ね。ようやくあなたたちもくっついたのかと思ったのに」
パロンは半ば本気だったのか、ガックリと肩を落とす。
「私は二人でも良かったのだけれどね?」
「お前はややこしくしようとすんなっ……」
そんな彼女に、クーシィがまた冗談を口にすると、パロンが思わずといった様子で噴き出した。
アルムはその光景に懐かしさを覚えると、自身もまた少しだけ昔に戻って談笑に興じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます