第15話 おっさん、四面楚歌

 聞き慣れたその声に、ピタリと足が止まる。


 疑いようもない。間違いなくあの女だと理解し、顔を横に向ければ、



「どうしたのかしら? もしかして、また冒険者にでも?」



 魔女帽子をかぶり、薄紫の三つ編みを肩に流す彼女──クーシィが無遠慮に問いかけてきた。



「あーいや、騒ぎに釣られてちょっとな! ちょうど帰るとこだ!」



 経験からくる厄介センサーがビンビンに反応している。


 早くこの場から逃げろと、そう叫ばれるままに会話を終わらせようとし、



「へぇ、あの子たち無事にやり遂げてきたのね。やっぱり見どころがあるわ」



 ギルドへと向かっていく少女たちに、クーシィの注意が逸れたその隙を狙ってすれ違おうとするが、



「あら、そんなに急ぐほど忙しくないでしょうに。逃げるなんて傷つくわ?」

「うっせ! お前にそんなやわな心はねえだろ!」



 ガシリと、手袋に包まれたその細い指で腕を掴まれてしまう。


 なぜ、こういう時に限って出会ってしまうのか。


 己の不運を呪いつつ、いかに早く振り切るかを考えるアルムだったが、



「ん? なぁ、あそこにいるのって一等級の……」



 すでに異変は起き始めていた。


 当たり前だ。こんないかにも魔女ですみたいな格好をしたやつ、この街にはクーシィしかいない。


 しかも冒険者としての知名度まで高いときている。


 これだけ人がいれば気づく者が現れるのも当然というもので、



「わ、本物!?」

「へぇ、色っぽい姉ちゃんだなぁ」

「隣にいるの誰だ?」



 知る者知らぬ者、関係なしに注目を浴び始めてしまう。



「ほらな、こうなるから嫌なんだよ!」



 ほれ見たことか、と責任があるように詰めるが、



「仕方ないじゃない、有名税みたいなものよ」

「あいにく俺は非課税だ……!」



 まったく取り繕う気もなくそんなことを言い始める。


 こんなやり取りをしている場合ではないというのに、クーシィはまるで手を離してはくれない。


 無理やりに振り払うこともできなくはないが、それをするとこっちが悪い感じになってしまう。


 なので、結局は彼女のご機嫌しだいということになり、



「あ、クーシィさん!!」



 そんなことをしていれば、彼女たちが気づくのも必然であった。


 たいへん元気で可愛らしい声が聞こえてきたアルムは、焦りながらも最適解を導き出し、



「ああ、やべ、漏れそうだわ。ちょっと手ぇ離してくんねえか?」



 緊急を要するといえばこれだろうと、勝ちを確信してそう願うも、



「へぇ……?」



 どうやら、使うべき相手を間違えたらしい。


 不自然なまでの必死さからなにかを察したように口角を上げたクーシィに、しまったと後悔するも時すでに遅し。



「クーシィさーん……って、あれ? 誰か一緒に──」



 手を振りながら駆けてくる少女に、自然と人混みが真っ二つに分かれていくと、



「──アルムさん? なんで手をつないで……ハッ!?」



 とうとう見つかってしまったアルムを前になにを勘違いしたのか、メディは手を口の前で広げて驚く表情を見せる。


 その目線は、アルムの腕を掴むクーシィの手へと注がれていて、



「ご、ごめんなさい! お邪魔しちゃいましたか!?」



 予想通り、顔を赤くしながら謝ってきてしまう。


 冗談はよしてくれ、と身震いしつつすぐさま否定に入ろうとするも、



「あら、いいのよ、気にしないで。これはいつものことだから」

「おう、迷惑をかけられてる部分は、だけどな?」



 誤解を正すどころか助長する気満々のクーシィに、こちらも精いっぱいの愛想笑いを浮かべながら補足してやる。



「ちょっとメディっ、一人で勝手に……え」



 するとそこに、さらなる援軍がやってくる。もちろん敵側の、である。



「……あの、これはどういう?」



 ただ、幸いというべきか。


 意外なことに、フラムはすぐにどうこう言うこともなく、冷静に状況を尋ねていた。


 おそらく、同じ冒険者グループの先輩であるクーシィの前では、いつものようにアルムに当たれないのだろう。


 わざわざこちらに一瞥いちべつもくれようとしないあたり、おおむね当たっていそうではある。



「くす、ごめんなさいね。彼がいるとつい、からかいたくなってしまって」



 対し、クーシィが返した答えはなんともはた迷惑なもので、



「はぁ、そうですか」



 それを聞いたフラムはこれまた微妙な表情を浮かべる。


 アルムに一瞬だけ視線を向けた後、その目つきは引いたかのようにジトッとしたものに変わっていた。


 彼女からすれば、なんでこんな男を、といったところなのだろう。



「わ、わっ……やっぱりそういう……!?」



 一方で、メディは年頃の少女らしく興奮した様子でチラチラと見てきていた。


 こっちはこっちで心にくるものがあるため、もはやどこにも味方はいなかった。



「ぐぬぬぅ! なんなんですかなあの汚いおっさんは!? 我々のデータには存在しませんぞ!?」

「お、落ち着け同士。あれはおそらく、浅い知人関係の……いや、しかしっ……」



 挙句の果てに、例のヤバい連中にまで目をつけられてしまう始末。


 俺がいったいなにをしたというのか、とアルムはただただ嘆くしかなく、



「はぁ……もういいだろ、そろそろ帰らせてくれ」

「!」



 精神的疲労からか、つい深いため息がこぼれてしまう。


 どちらにせよ、この状況では短剣の売り込みをする気も起きない。さっさと帰りたいという意思を込めて呟けば、



「あ、アルム? そのっ……」



 なぜか、途端に焦ったような仕草を見せるクーシィ。これもまたなにかのいたずらのフリだろうかと呆れていると、



「ほら、お詫びとしてこれから一緒に食事でもどうかしら?」



 やはり、また勘違いされそうなことを言い始める。


 案の定、周りは一等級冒険者のお誘い発言にざわつき始め、



「はぁ……」



 これに再びため息がこぼれると、



「アルムっ、えぇっと、そうではなくて! みんなで一緒に行きましょうってこと!」



 助け舟なのか追い打ちなのかよく分からない補足を入れてきた。


 そもそも、みんなとは誰のことかとクーシィの目を見れば、



「二人もお腹空いているでしょうし、ね?」

「え」



 まさかのとんでもないところを誘い出す。


 いきなり巻き込まれたフラムは露骨に嫌そうな声を出し、



「あの、私は」



 目を逸らしながら答えを返そうとするが、



「いいんですか!?」



 残念ながら、お隣の少女は目を輝かせながら前のめりになっていた。


 この三人と食事に行く人物など、悪目立ちすることこの上ない。実際、例のヤバい二人組からは、警戒の強まる声が聞こえてきている。



「ええ、もちろん。かわいい後輩が頑張ったんだもの、ぜひ祝杯を上げさせて?」



 ゆえに、ここはぜひフラムに頑張ってほしいと応援するアルムだったが、



「はぁ、分かりました。メディが行くなら私も行きます」

「ええ、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」



 行儀のいい後輩らしき彼女は、渋々ながらもすぐに了承してしまう。



 ──これは、逃げられそうにないな。



 ここまで来たら、もう腹をくくるしかない。



「ったく、分かったよ。俺の奢りな!」



 せめてもの抵抗にと、自分の役割をアピールすれば、



「……ああ、財布か」

「財布でござったな」



 彼らは納得のいく理由を見つけたのか、どうにか注目を外すことに成功する。


 単純なやつらで助かった、と額の汗を拭っていると、



「…………」



 なぜか、女性陣から無言の視線を受けることに。


 なにかおかしなことを言っただろうか、と動揺が深まる中、



「アルム、無理しなくていいわ。私が誘ったのだから、私に奢らせてちょうだい」



 クーシィは困ったようにそう提案し、



「その、アルムさんにお金を払わせるなんて、そんな!」



 メディもまた、遠回しに財布の心配をしてくる。



「べつに、無理して奢るほどの仲じゃないでしょ」



 挙句の果て、あのフラムにまで気を使われてしまうという異常事態に。


 彼女たちの目に共通してこもっていたのはまぎれもなく哀れみであり、



 ──あれ、俺どんだけ金ないと思われてんの……?



 結果、不意に女性陣から甲斐性なしだと思われていた事実を知らされたアルムは、ここにきて一番のダメージを負うことになるのだった。

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