第14話 おっさん、モブになる

 ガブルフが店を去った後。


 多少はマシな外行きの服に着替えたアルムは、例の短剣をもって冒険者ギルドのある大通りへと向かっていった。


 目指すは、アルムもよく世話になっていた西側の支部。南西の下町にあるという店の立地的にも、圧倒的にこの支部が近かったのだ。



 ──うわ、相変わらずの人だかりだな……。



 見慣れた街並みを抜け大通りに出たアルムは、冒険者ギルドが近づくごとに増していく人だかりを前に、つい億劫な気持ちにさいなまれる。


 西門の近くに位置するギルドは、冒険者を辞めて以来、滅多に近づくことのなかった場所だ。


 かつて当たり前のように通っていた古巣には懐かしさを覚えるものの、同時に諦めた夢まで思い出させられるため、あまり気乗りはしなかった。



「ん?」



 と、そうして歩みが遅くなりつつも、いざギルドの建物が見えてくると違和感が強くなる。



 ──こんなに人多かったか?



 というのも、ギルド前の人混みが明らかに記憶のものと一致しなかったからだ。


 門の近くとはいえ、通りはかなり広い。見れば、冒険者ではない町人や、街に入ったばかりの商人たちが多く混ざっているように思う。


 こんなのはよほどの大ごとが起きた時くらいなものだと、人の群れをかき分けていきながら前へ進むと、ざわざわと騒がしい声が耳に入ってきて、



「見ろよあれ、たぶんワイバーンだぞ」

「すげぇ……あれをあの女の子たちがやったってのか?」



 その中に、具体的な内容のものが混ざっているのを捉える。


 なにやら、誰かがワイバーン──飛竜とも呼ばれる、空を舞うトカゲの魔物を討伐してきたらしい。


 馬車一つ分よりも大きな体格で空を自由に飛ぶ彼らは、魔物の中でも特に危険な存在といって差し支えないだろう。


 もちろん、個体差によってその強さは大きく変わってくるが、



 ──あれは結構な大物だな。



 人の隙間からちらっと覗けば、そこに見えたのは漆黒の鱗だった。


 若い個体ほど明るい緑色をしているワイバーンは、歳をとるほどその鱗が黒ずんでいく。この個体は相当に生きた強力な相手だったに違いない。


 となれば、倒したのが誰か気になるのが人間の性というもので。



「ちょっと失礼──」



 自慢の観察力で通れそうな場所を見つけたアルムは、するすると間を通り抜けていき、



「──!!」



 やがて、充分に視界が開けたところまで出ると、その正体を見て目を見開いた。



「すげえな、あの若さでよくやるよ」

「しかも、二人ともめっちゃ可愛いし……」


 

 なにせ、観衆たちの褒めそやす言葉で賑わう中。


 荷台を引きずる馬車の横を歩いていたのは、ここ最近見かけていなかったあの二人の少女──メディとフラムだったのだから。



 ──マジかよ。



 ここ一週間会わなかったのは、この魔物を狩りに行っていたからというのもあったのだろう。


 その理由に納得すると同時、アルムは彼女たちの実力が想像よりも高かったことに驚きと感心を覚えていた。


 なにせ、若いワイバーンでさえ、二等級冒険者が複数人でかかってやっとという厄介さの持ち主だ。


 成熟した個体となれば、一等級の助力がほしくなるレベルであろう。


 それを、二等級であるらしいフラムと、それよりは下と思しきメディの二人で倒したというのだから、なんとも信じがたい話だった。



「お」



 そうして一人、こっそりと眺めていると、彼女たちの近くに寄っていく者が映る。



「よ、ようフラム! 今回はまた随分とデカいのを仕留めたな!」



 剣や革鎧などで武装した格好からして冒険者だろう。若い三人組の男が、どこか緊張した様子で声をかけていた。



 ──勇気あるなぁ。



 それを見たアルムは彼らの想いを察しつつ、直後に待ち受けている未来を予測し、同情の念を抱く。


 言わずもがな、相手はあのフラムだ。小綺麗な見た目からして好青年に見える彼らだが、下心を持って近づけばどうなるかなど決まりきっているだろう。


 彼らのことを哀れみながら、ただその時を見守り、



「でしょ? まあ、見た目の割には大したことなかったけど」



 しかし、いざその時が来れば、待っていたのは衝撃的な光景だった。


 なにせ、実際のフラムはというと、青年の声かけに嫌な顔ひとつすることもなく、澄ました顔で応えていたからだ。


 そこには、常に不機嫌な表情を浮かべる少女などおらず、少しクールなだけのいたって普通の女の子が立っているだけであった。



 ──そんなバカなっ!?



 これには思わず、内心で叫んでしまうアルム。


 なぜ、自分の時はあそこまで苛烈だったのか。


 いくら考えても、自分が清潔感の足りないおっさんであることだとか、縄で縛ったことだとか、女性の着替えを覗いたことだとかしか思い浮かばず、



 ──あ、そっかぁ……。



 直後には一人、納得させられるはめになっていた。


 よくよく考えれば、嫌いな人間以外にあの態度はしないだろう。


 哀れむ側から一気に哀れまれる側へと堕ちたアルムは、肩を落としながら大人しく成り行きを見守ることに決める。



「はは、さすがは竜煇姫りゅうきひめだな、こんなの相手でも余裕とは」



 と、なにやら聞き慣れない単語が聞こえてくる。


 口ぶりからして、あだ名みたいなものだろうか。


 竜というのは、おそらく彼女が炎の魔術を扱うからだろう。そこに姫をつけるのは、単純ではあるが彼女のきらびやかなイメージに合ってるように思う。



「ちょっと、そっちの二つ名はやめてってば。姫って柄じゃないし、竜煇士りゅうきしの方にして」



 しかし、当の本人的にはそこまでなのか。わざわざ別のものを勧めようとしていた。


 なるほど、とアルムは一人うなずく。


 鉄兜を模した髪飾りに、風にたなびく真紅のマント。両腕を守る篭手に、剣と盾を使った戦闘スタイル。


 衣服のモチーフも高貴な騎士服らしく、フラム自身はそういったものに憧れがあるのかもしれない。


 いささか鎧の部分が少なく、露出も多いように思うが、そこもきっと彼女なりのこだわりなのだろう。



「悪い悪い! でもその、姫ってのも綺麗な感じで、似合ってると思うけどなっ」



 そんなフラムの反応に、青年が慌ててフォローを挟むと、



「はいはい、ありがと」



 フラムもまた、あしらうように礼を返す。



「ちなみに、わたしも竜煇姫の方が可愛くていいと思うな!」



 ここでようやく、黙って見ていたメディが喋るも、



「余計なこと言わない」

「あぅっ」



 そのふかふかの帽子にフラムの手刀が入り、あえなく撃沈させられていた。


 心なしか、青年に言われたときよりも嬉しそうな顔のフラムに、動向を見守っていた青年たちは見惚れたように立ち尽くす。



 ──これは手強いライバルだな、青年よ。



 そんな彼らの奮闘を素直に讃えてやれば、



「まったく、なんなんだやつらは!」

「ホントですぞ! 汚らわしい男ごときが、我らがメディフラに割り込むとは!」



 観衆たちの声の中に、異色の会話が混じっていることに気がつく。


 メディフラとはなんぞや、と頭に疑問符を浮かべていると、



「それじゃ、私たちは受付に用があるから。ほら、行こ」

「わっ、そ、それじゃあね!」



 これ以上は付き合う気がないのか、メディの手を掴んだフラムが足早に歩き始める。


 その二人の、仲睦まじく男を寄せつけない妙な雰囲気に、まわりを囲う者たちも自然と道を開けていき、



「おっほ〜!? これはまさかのフラメディですかな!?」

「いや、違う。あれは巧妙に仕組まれたメディフラだ……! 一見、フラム様の主導に見えるが、実際そうさせているのはメディちぃの方で──」



 するとなぜか、誰よりも熱狂した二人組の男が、ほとんど聞き取れない呪文のような解説を詠唱し始めた。



 ──え、なんかこわ……。



 よく分からないが、間違いなくヤバい奴らであろう。


 なんとなく、今あの少女たちに絡むのは危険だと直感したアルムは、今日のところは退散すべきだと来た道を戻ろうとし、






「あら、アルム。こんなところで珍しいわね?」



 そんな思惑は、最悪のタイミングで現れた魔女によって全て粉砕されるのだった。

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