第13話 おっさん、おっさんと話す

 開け放たれた扉から穏やかな陽気が差し込むお昼前。



「ふぁ……」



 一人、椅子に座って変わらぬ景色を眺めていたアルムは、眠気のままにあくびをこぼす。


 武器に始まり、冒険に役立つ様々な道具からもはや関係ない日用品まで、ごちゃっと並べられたそれらの商品はここ数日ほとんどそのままの姿で捨て置かれていた。



「あいつら元気にやってるかねぇ」



 というのも、である。


 あれから一週間ほども経つが、当店では相変わらず閑古鳥が鳴いていた。


 当たり前のことではあるが、武器屋というのはそう何度も来るような場所ではない。


 この店は他の品揃えも豊富だが、それだって必要になったら買いに来る程度のもの。客が一人二人増えたところでは客足に大きな変化は起きないのである。


 ゆえに、噂が噂を呼ぶという都市伝説を信じていたわけだが、現状を鑑みるに失敗に終わったと見ていいだろう。



 ──まあ、こんなもんだよな。



 若者パワーにでも当てられていたのか。なんとなく夢を見てしまっていたが、現実はこんなもの。


 アルムは無精髭をポリポリとかきながら、いつものようにうたた寝へ入ろうとし、



「ハッハッ! よう、アルム。相変わらずしけた顔してんなぁ!」



 その直前、豪快な笑い声によって強制的に眠気を吹き飛ばされてしまう。



「んあ……? ああ、ガブさんか……」



 ぼやっとした意識の中で、目を細めて相手を確かめてみれば、そこにいたのは顔見知りの大男だった。


 しゃくれた顎に、白髪しらが混じりの短髪。黒い溶接エプロンの前で太い腕を組んだ彼は、シワを刻んだその強面の顔に眩しい笑みをたたえている。


 彼の名前はガブルフ。ガブさんの愛称で親しまれる、アルムにとっては最も世話になっている鍛冶師だ。



「ったく、そんな顔してると来る客も来ねえぞ?」



 そんな彼は、冷やかし連中お決まりの文句を口にし、



「なあそれ、ここに来るやつ全員に言われるんだけど、やっぱ客来ねえのってそれが原因だったり?」



 改めて気になったことを確認してみるも、



「いやぁ、武器買うのに愛想は求めんだろ。普通に他の店の方が魅力的ってだけじゃねえかぁ?」

「おう、急に現実的なのやめてくれ?」



 突きつけられたのは悲しくも正しすぎるお言葉だった。



「はぁ……まあ、それは置いといて、今日は何の用でぃ ガブルフの旦那ぁ?」



 とはいえ、見たくもない現実からは目を逸らすに限る。


 さっさと本題に入ってもらおうと、アルムは三下風におちゃらけながら尋ねた。



「おう、それなんだがよ。アンヴィのやつが新作ができたってんでな、ほれ見てやってくれよ」



 すると、ガブルフはなにやら布で包んだ物品を机の上に載せてくる。



「ほう、どれどれ」



 アンヴィというのは、ガブルフの工房で働く弟子の名前だ。


 あくまで習作には限るが、よく格安の値段で武器を譲ってくれるので、アルムにとってはなんともありがたい存在であった。



「これは……また良いもん作ったな、あいつ」



 そんな彼女の作品はといえば、つい感嘆の息がこぼれてしまうようなもので、



「こんなシャレオツな短剣、この店にはもったいないくらいだよ」



 手に持ってみればその軽さとデザイン性に驚かされる。


 一見して小ぶりのそれは、護身あるいは採取用といったところだろうか。よく磨かれた刀身には規則的な模様が刻まれており、そこはかとない高級感が出ている。


 一方、作りはシンプルなもので、耐久性や整備面でも悪くない。原価にもよるが、なかなかの逸品であるように思えた。



「ハッハッ、だろぉ? なんたってウチの二番弟子だからな!」



 そんなアルムの反応に満足したのか、ニヤリと笑うガブルフ。一番弟子とまでは言わないあたりが彼の正直さを物語っている。



「そういえば、マナを込めるとなんかあるらしいぞ?」

「へえ、そうなのか」



 と、いま思い出したようにガブルフが追加情報を話してきた。


 そう言われたら試したくなるのが人間というもので、



「おお!?」



 柄を持つ右手に意識してマナを込めてみれば、なんと彫られた溝が青色に輝き始めた。


 おそらく、青色の魔光石──いわゆるマナを流すと光る石の類がはめ込まれているのだろう。


 美しい模様が浮かび上がるその光景に、男心をくすぐられたアルムは無意識に短剣を掲げていた。



「ほう、光る短剣ねぇ。アンヴィのやつ、こういう遊びだけは一丁前になりやがって」



 対し、親方のガブルフは呆れの混じった声色で呟く。


 職人としての腕はたしかなガブルフだが、どちらかといえば硬派な気質の人間である。


 武器として全く必要なさそうな機能に、どうしても思うところがあるのだろう。



「それにしても、相変わらずの出不精だなお弟子さんは」

「ホントだよまったく。親方を使いに出すなんざ、将来はさぞでっかくなるだろうなぁ、ハッハッハッ!」



 とはいえ、弟子への愛着はしっかりある人だ。


 人付き合いが苦手な弟子のために、わざわざ荷物を届けにいく親方など普通はいない。


 奇抜な作品に物申すのも、彼女の将来を心配してのことだろう。



「ああ、そうだ。さっきの話だけどよ」



 そんな、彼の人の良さに温かい気持ちを覚えていると、不意に話題を切り替えてくる。



「さっきの話?」

「ほら、客が来ない原因がどうのって話だ」



 なんのことか分からず聞き返せば、どうやらこちらについての話だった。



「もっと宣伝したらいいんじゃねえか? それこそ、お前さんは元冒険者なんだし、ギルドにでも行ってくりゃ多少は客足を増やせるだろ」



 冗談を言いつつも、なんだかんだ気にしてくれていたらしい。


 純粋な経営アドバイスをありがたく思いつつも、



「いやー、悪いけど、そういうのはなんか違うんだよなぁ。なんつうか、こう……知る人ぞ知る、みたいなさ」



 自身の思う理想とは離れていたために、素直に受け取ることはできなかった。


 たしかに客が増えれば忙しくはなるが、増えればなんでもいいというわけではない。


 店の外まで売り込みに行き、頑張って増やす努力も否定はしないが、アルムとしてはやはり秘めた店の魅力的なもので来てほしいのである。



「ま、やるかどうかはお前さん次第だ。退屈だってんなら、一回くらい試してみろよ」



 しかし、流石の器の大きさというべきか。


 アルムの偏屈なこだわりに対し、特に気を悪くした様子もなく、



「じゃ、用事も済んだことだし、帰るとするかねぇ」



 いつものようにあっさりと店を出ていった。


 その頼もしい背中をぼうっと見送るアルムだったが、



「え、いや、代金はっ」



 ふと目の前の短剣のことを思い出し、慌てて呼び止める。


 だが、聞こえているはずのガブルフは足を止めることなく手を振ると、視界の外へと消えていってしまう。


 もちろん、タダで貰えたと思えるほど純粋な年頃ではない。不自然な彼の行いに、少し考え込んだところでアルムは気がつく。



「はは、なるほどな……」



 代金を求めなかった弟子の作品と、宣伝しろというアドバイス。その二つをつなぎ合わせれば、自ずと答えは出てくるというもので、



「仕方ない、ひと仕事してくるか──」



 鞘に収めた短剣を再び布で包み込んだアルムは、重い腰をあげて準備を始めるのだった。

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