第12話 おっさん、仲直りする

 下町の中でも特に入り組んだ路地裏にて。


 いろいろあってようやく追いついたフラムを連れながら店へと帰る道中。



「ねえ、ちょっと……!」



 横に並んできた暴走少女が、いかにも不満ですといった声色で話しかけてくる。



「おう、どうした?」



 なので、あらかじめ心の準備をしてから続きを促してみれば、



「さっきの、どういうつもり? まさか、あれで助けたとか──」



 予想通り、余計なお世話だったと言わんばかりに早口でまくし立ててきた。


 実際、それは本当のことなのだろうと理解はしつつも、



「あんなチンピラくらい余裕で勝てた、とかそういう話か?」

「……!」



 思うところがあったアルムはわざとらしく先回りする。



「そりゃまあ、お前の強さを疑ってるわけじゃないけどよ。痛めつけてはい終わり……ってなるほど、単純な話じゃないだろ?」



 なにせ、相手は魔物ではない。ベンツェル広しといえど、同じ街に住む人間である。



「あいつら、ここらを仕切ってるギャングの一味でな。お前はともかく、身内のメディにまで目をつけられるとこだったぞ」

「っ……」



 しかも、組織の面子を保つためなら過激な行為もいとわない連中だ。


 もしあのまま喧嘩を始めていれば、フラムたちはまともに外も歩けなくなっていた可能性がある。



「だ、だったら、なに? 私に恩でも売ったつも……あ」



 これには、流石のフラムもたじろぐ様子を見せるが、



「そうだ、メディを探さなきゃっ──」



 ふと、名前を聞いて思い出したのか。再び走り出そうとするので、



「ああ、それならもう見つけたぞ」

「──へ?」



 その背が遠くなるよりも早く、もう探す必要がないことを教えてやった。


 よほど面を食らったのか、フラムはそのクールな表情をポカンと呆けさせてしまっている。



「いや、それがな。近くにいた知り合いのばあさんに聞いたら、その人の家でくつろいでたらしくてよ」



 その珍しい反応に少し気を晴らしつつ、なんともあっけない真実を告げてやった。


 そう、実はフラムが店を飛び出してすぐのこと。


 彼女を追うついでに、近場の人間に話を聞いていたアルムは、運よくメディの居場所を突き止めていたのだ。


 後はもう、この辺りをよく知るアルムには簡単な話で。


 響き渡るフラムの大声を頼りに、裏道やら屋根上やら、最短の経路をたどっていけばあっという間に追いつくことができた、というわけである。



「なんでも、お前の予想通り迷子になりかけてたみたいでな。色々ともてなされている内に、お前が先に戻ってきちまった……ってことみたいだ」



 そうして、ことの顛末てんまつを語ってやると、



「そう、だったんだ」



 ようやくフラムの顔にも安堵の色が浮かぶ。



「つーわけで。もうこんなとこに用はないし、さっさと戻るぞ」

「あ、うん……」



 もう、この場で話すようなことはない。


 再び移動を始めれば、フラムもまた大人しく後ろをついてくるのだった。






 それからしばらくして。店の前まで戻ってくると、こちらに手を振る少女の姿が見えた。



「メディ!」



 すると、距離をとって歩いていたフラムが駆け出し、



「まったく、あなたのせいで無駄に歩かされたんだけど?」

「あはは……つい、道の先が気になって……」



 なんともぶっきらぼうな態度で詰め寄った。


 メディは自分に非があることを理解しているのか、困ったように笑いながら言い訳を試みていたものの、



「せっかく探してあげてたのに、その時ひとり楽しくお菓子食べてたんだって?」

「だ、だって〜!」



 道中、フラムに教えてやった情報が明かされれば、涙目で喚くしかなくなる。



「だっても何もないから。はぁ、やっぱり考え直そうかな、パーティー組む相手」

「そんなぁ!?」



 それからはもう、いつものことなのか。


 どうにか機嫌を戻してもらおうと謝り続けるメディと、それを冷たくあしらうフラムのやりとりが繰り広げられていき、



「まあでも、何事もなくて良かったよ。なにせこいつ、メディがいないって分かった途端──」

「っ!?」



 そんな、和やかな空気が満ちていく中。仲裁にでも入ってやろうか、と会話に混ざろうとした瞬間、



「──うおっ……なんだよ?」



 なぜか正面に立ちふさがってきたフラムが、物言いたげな表情をしながら胸を押し返してきた。


 特におかしなことを言ったつもりもないが、どうかしたのだろうか。怪訝な目を向ければ、フラムはほんのりと紅潮しながらこちらを睨み返し、



「へ、変なこと、言わないでくれる?」



 そう注意してくるいつもの強気な口調は、しかし威圧感の欠片もないほど声が小さくなっていた。


 それは正しく、聞かれたくないことを話す時の仕草で、



「ふーん、アレ、言ったらまずいのか」

「!!」



 なにかを察したようにニヤリと笑ってみれば、フラムはハッとしたように口を開ける。


 顔に『しまった』と書かれた彼女を前に、すこしだけいたずら心が湧いてくると、



「どうしたの、フラム?」

「!?」



 ちょうど、異変に気がついたメディが話しかけてきた。


 ビクッと肩をはねさせるフラムに、そういえば先ほど横暴なことをされたと思い出す。



「ああ、それがな──」



 少しくらいやり返したとしてもバチは当たらないだろうと口を開けば、



「だ、だめ……!!」



 いつになく困った表情で怒りをぶつけてくるフラム。



「ふっ……」

「〜〜っ!!」



 その慌てように、思わず笑ってしまったアルムが口を押さえると、フラムは屈辱に表情を歪めながら声にならない悲鳴を上げる。



 ──まあ、こんなもんでいいか。



 とはいえ、年下の少女相手にやりすぎるのも大人げないというもの。

 


「そんじゃ、もう言わないから、今までのいざこざはお互い忘れるってことでどうだ?」



 ここらで清算しておこうと、そんな取引を持ちかける。



「じ……じゃあ、それで……」



 すると、渋々といった様子ではあるが頷きを返してくれた。



「? よく分からないけど、二人が仲直りできたみたいでよかった〜」



 ただ一人、状況を掴めていないメディがのほほんと笑うと、



「そういうわけじゃっ」



 フラムがすぐさま否定しようとするが、



「ああ、ほんと良かったよ。これからよろしくな、フラム」

「は、はぁ?」



 ややこしくなる前に、さっさと既成事実を作ってしまう。


 その演技くさい言葉に、フラムは理解できないといった声を漏らすも、



「わたしが迷いそうになった甲斐、ありましたね!」



 ここぞとばかりに失態をごまかそうとするメディが割り込む。



「は? そんなのあるわけないでしょ。だいたいメディは」

「あっ、い、今のナシ!!」



 が、それは藪蛇やぶへびというもの。アルムへの不満ごと不興を買ったメディは、説教が始まる前に慌てて止めにかかる。



「そ、それじゃあまた来ますね!!」



 そして、逃げ出すように声を大にすると、



「おう、また来いよー」



 アルムは苦笑しながら手を振り返し、



「あ、もちろんフラムもなー!」



 ついでに隣の方にも声をかけておく。


 一応、彼女もクーシィから面倒を頼まれたうちの一人であり、なによりお客様になってくれるかもしれない貴重な存在だ。



「ふんっ……」



 そう思っての行動に、しかし、返ってきたのは怨嗟のこもった低い声で、



「あれ、仲直りしたんじゃ!?」



 なにも知らない白髪の少女はただ、惑わされるようにコロコロと表情を変えさせられていたのだった。

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