第17話 おっさん、出汁になる
楽器の置かれた小さな舞台や、お洒落なインテリアで飾られた店内にて。
旧友三人、和やかな雰囲気で会話を続けてしばらくが経ち、
「あ、来たみたいね」
扉にかけられた鈴の音が鳴ると、入り口から二人の少女が姿を現した。
「お邪魔します」
「こんにちは、パロンさん!」
二人はそれぞれ挨拶を口にしたあと、店内を見渡し、
「あら、いらっしゃい二人とも。あっちの席にいるわよ」
あらかじめ事情を話していたパロンがすぐに席へと案内する。
「…………ふん」
アルムがその様子を見ていると、こちらの存在に気がづいたフラムと一瞬だけ目が合ってしまう。
が、すぐにその目は逸らされ、メディと並んで歩き始めていた。
「二人ともお疲れ様。料理はもう少しかかりそうだから、それまで話を聞かせて?」
「あ、はい、ありがとうございます!」
円卓に着いていたクーシィは立ち上がり、彼女たちを労うように自ら席を引いてみせる。
「アルムさんもありがとうございます、わざわざ来ていただいて」
「いや、気にしなくていいぞ。俺はついでみたいなもんだからな」
丁寧にこちらにまで声をかけてくるメディに、アルムもまた気を使わなくていいと伝えておくことにした。
主賓はあくまでメディとフラムの二人だ。
なんなら、クーシィの思いつきに付き合わされて、彼女たちもいい迷惑だろう。
「…………」
実際、フラムは席に着こうとする直前、アルムの正面の椅子に手をかけたかと思うと、空いている二つの席を見比べて悩む様子を見せる。
そして、正面だと嫌いなおっさんと顔を合わせ続けることになるとでも思ったのだろう。クーシィの向かいに座ろうと動くが、
「じゃあ、わたしここ!」
「あっ」
無駄に時間をかけたせいで、メディに奪われてしまう。
これに、ジトッと彼女のことを睨んだフラムは、
「え、なにっ、近いよフラム!?」
椅子を移動して、無理やりメディの横にピタリと付けた。
なんとも強引な手段に、理由に気づいていないのだろうメディは顔を赤くして慌てふためく。
「そ、そっち空いてるよ?」
目を逸らしながら、不自然に空いた空間を指さすも、
「ここがいい」
「ぇえっ!?」
まるでオシャレな告白のようにも聞こえる台詞で返され、情けない声を上げていた。
なぜか、出汁にされたような気分をアルムが味わわされていると、
「あらあら、仲良しねぇ……」
そんな、甘い香りさえ漂ってきそうな二人の絡みに、クーシィがニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。
その表情はもう、妖艶な魔女というよりただの変態にしか見えなかった。
──相変わらずだなこいつは……。
昔から、暇があれば女の尻を触りにいくような悪癖を持っていた彼女だが、とうとう来るところまで来たらしい。
可愛らしい二人の少女が仲睦まじくするのを眺める姿は、彼女自身が手を出していた時とはまた別の気持ち悪さがにじみ出ていて、
「私も真似してみようかしら?」
「絶対にやめろ……!」
しかし、ふとアルムの嫌悪感あふれる表情に気がついたのか。
クーシィはこちらを見ると、椅子を掴んで近づけるような素振りを見せてきた。
もちろん、許すはずもないアルムは足でさりげなく押さえ、その進行を阻む。
「そ、そうだ! 今回の依頼について話さないと!」
と、その時。唐突なフラムの攻勢に参ったのか、メディが話題を変えようと声を上げた。
「おう、ちょうど気になってたんだよ!」
「ですよね! ええっと、まずは──」
これにアルムも便乗してやれば、強制的に場の空気も変わっていき、
「──と、こんな感じでした!」
やがて、一通り語り終えた時には、クーシィの興味も移り、感心した様子で微笑んでいた。
「へぇ、凄いわね。黒鱗のワイバーンなんて、本来は一等級が相手する魔物よ?」
それもそのはず、メディは平然と話していたが、冒険者の常識からすれば大した偉業だったからである。
「えへへ、まあ、ほとんどフラムのおかげなんですけどね」
だが、謙虚なメディは相方の手柄であると主張し、
「そんなことないでしょ。メディの薬がなかったら、あんなに上手くいかなかった」
対するフラムも、しっかりと褒め返す。
「えー? だって、直接戦ってたのはフラムだし、翼に穴を空けて落としたのも、反撃でカッコよくとどめを刺したのもフラムでしょ?」
だが、お互い譲れない部分があるのだろう。
「だから、それはフラムの薬でマナを強化してたのが大きいの。そもそも、気配を消す薬が無かったら不意打ちで弱らせることもできなかったわけだし」
「うーん、でも、やっぱりわたしのはあくまで補助だから──」
周りの目もはばからず、イチャコラと口論を始めてしまう。
──少し混んできたな。
ふと周りを見れば、ちょうどお昼時ということもあってほとんどの席が客で埋まりつつある。が、料理に関してはまるで間に合っていないようだった。
パロンはどうしたのかと探せば、どうやら注文を取るのに忙しく、料理の方にまで手が回っていない様子。
さすがに厨房にも人はいるだろうが、女将である彼女自らがホールで忙しそうにしているのは少し違和感があった。
「パロン、なんか手伝おうか?」
気になったアルムは、喧嘩のような別の何かを繰り広げる二人と、それを観察するのに夢中なクーシィを置いて席を立ち、パロンへと声をかけた。
「ああ、アルム! ちょっと、今日くる予定のお手伝いの子が来てなくてねっ……そうしてくれると助かるわ!」
すると、やはり異常事態だったらしい。
額から汗を流しながらあちらこちらへと駆け回るパロンが、申し訳なさそうに頼んでくる。
「おう、どうせ暇だったしな」
「ありがと、それじゃあホールお願いしてもいい?」
もちろんアルムとしては問題ない。
むしろ、あの空間に残って待つほうが精神的疲労が大きそうだったので願ったり叶ったりである。
とりあえず、手洗いとバンダナくらいはしておこうと厨房に向かえば、
「よう、ちょっとお邪魔するぜ」
そこで料理に勤しむ大柄の男と目が合い、挨拶をする。
「……ああ」
すると、彼はバンダナの下からギロリとした目を向けてきた。
いかにも愛想の悪そうな大男に、しかし、アルムは小さく笑うと、特に気にせず用事を済ませていき、
「じゃあ、私は厨房を手伝ってくるから、お願いね」
「おう、任せとけ」
少しして、パロンの仕事を代わると、
それから少しして。
順調に役割を果たしていたアルムは、厨房から受け取った料理を運び終え、客の注文をとっているところだった。
「はい────ですね」
そんな折、不意に聞こえてきた女性の声に違和感を覚えて動きを止める。
敬語の口調からして、店員だろうか。もしかすると、先ほど言っていたお手伝いの人が来たのかもしれない。
これで少しは仕事が楽になるだろうと素直に喜びつつ、挨拶をしておこうと振り返ったアルムは、
──は?
その直後、視界に入ってきた人物の姿に、口を開けて固まることとなった。
なにせ、黒髪を後ろでまとめ、頭にバンダナを巻いたその少女は、どうにも見覚えのある人物で、
「いらっしゃいませ──」
そんなわけがないだろうと自身の目を疑う間もなく。
澄ました声でそう話す彼女は、どこからどう見てもあのフラムに他ならなかったのだから。
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