第10話 おっさん、売り込む
それからまた翌日。お騒がせな少女二人が入店すると、
「昨日はほんっとうにすみませんでした……!」
開口一番、メディが頭を下げながら謝ってくる。
言わずもがな、二回連続で何も買わなかったことを申し訳なく想っているのだろう。
「いや、いいって。別に気にすることねえよ」
もちろん、年中閑古鳥で、ときどき来る客も知り合いばかりのアルムからすれば日常茶飯事。
本当に大したことではないのですぐに顔を上げさせようとするが、
「そんなっ、おしゃべりに付き合ってもらったあげく、何も買わずに帰ったんですよ!? そんなのただの冷やかしじゃないですか!」
メディは自身の行いがいかに酷いことなのかを熱弁してきた。
「まあ、この店来るの八割くらい冷やかしだし……」
「えぇー!?」
なので、悲しい話を教えてやれば面白いくらいに目を丸くし、
「それ、生活は大丈夫なんですか?」
「ああいや、少し盛った! 武器以外ならそれなりに売れてるから、そこらへんは大丈夫だぞ!」
しかし、心配そうな顔をさせてしまったので、慌てて正しい現状を教えてやる。
少ないとは言え、一定数の顧客はいるのだ。副業で稼いだ金や、ときおり売れる武器での貯蓄を考えれば生活に苦はない。
武器屋としてはどうかと思うが、これも経営戦略というやつである。
「昨日も思ったんですけど、アルムさんはなんで武器屋を……?」
そんなアルムの心を読んだかのような正論すぎる問いに、
「ここの先代には世話になっててよ。ちょうど冒険者やめようかとも思ってたから、都合が良かったんだよな」
つい数年前に亡くなったハゲ親父の顔を思い出しながら答える。
「それに、なんだかんだ好きだしな、武器。これなんて最高にイカしてると思わないか?」
ただ、この仕事も嫌々やっているわけでない。男のロマンが詰まった商品はどれも大切なものだと、試しに一つ飾られた武器を手に取った。
大きな弩のようなそれを腕に装着し、人のいない方向に構えると、
「わ、杭が飛び出た!?」
引き金を引いた瞬間、矢の代わりである太い杭が回転しながら射出される。
魔物の硬い外殻を至近距離から破砕できる威力のそれは、巻き取ることで何度でも使用可能という素敵仕様を誇っていた。
驚くメディの反応に気をよくしつつ、
「まあこれ、再装填するのにふぬッ……めっちゃ力が……いるんだけどなッ……んぬ!!」
しかし、ちゃんと売れ残っている理由についても解説しておく。
悲しいかな。地面に腰を落ち着け、巻き取るためのハンドルを使ってようやく再使用できるという仕様上、一回の戦闘で使えるのはほぼほぼ一回である。
おまけに重く、故障しやすいというかわいい欠点つき。
それなら普通に他の武器を使うとなるのが世間様の評価で、この店の商品棚で埃を被り続けているのも納得の代物だった。
「はぁ、はぁ……どうだ、こうやって筋トレにもなるし、一石二鳥だろ?」
「あはは……わたしにはちょっと、扱えそうにないかなぁ……」
一応、ポジティブに言い換えてオススメしてみるも、流石のメディでさえ擁護できなかったらしい。
露骨に声を小さくする少女に、アルムもまた笑いをこぼす。
──でも、好きなんだよなぁ、こういうの。
ただ、アルムはそんな武器にも愛着を持っていた。
なにせ、職人が絞り出したアイデアの塊だ。新しいことに挑戦し、これを創るために四苦八苦した労力を思えば、馬鹿にできようはずもない。
「はぁ……」
とはいえ、やはりお客様には伝わらないものらしい。遠くから眺めていたフラムは、いかにもくだらないといった風のため息をつくと、
「そのあたり見回ってくるから、終わったら教えて」
「あ、フラム……!」
飽きたように店を出ていってしまう。
「す、すみません、フラムってばもう〜!」
あまりの愛想の悪さについ苦笑してしまうと、代わりにメディが謝ってくる。
「まあ仕方ねえよ。興味ないもんを無理に見せるのもあれだしな」
ただし、これに関しては店側の問題だ。
客を満足させられず、使い手が現れないのであれば、どんなに素晴らしくとも意味がない。
そんな当たり前の現実を寂しく思いながら商品を元の位置に戻せば、
「あの! わたしは分かりますよ!」
両手をそれぞれ胸の前で握りながら、メディがそう声をかけてきた。
「わたしも調合術でモノを作っている身ですから。これを作った人はきっと、すごい努力したんだろうなって」
どうやら、世の中には分かってくれる人もいたらしい。
優しい笑みを浮かべながら語るメディに、自然と心が癒されていく。
「はは、分かるか?」
「ええ、それはもう、わたしもよく失敗するので!」
客の前で感傷に浸るのはよくないなと反省をすれば、自信満々にそう続ける少女に思わず笑ってしまい、
「あ、そういえば気になってたんですけど、アルムさんも昔は冒険者だったんですか?」
「ああ、そのことか──」
そこからは、和やかな雰囲気の中でお互いのことを軽く話し合っていった。
かつては秘境や宝を求めて飛び回っていたことをアルムが話せば、彼女もまた未知の素材を求めて冒険していることを話してくれる。
なんでも、色々な新しい薬を開発して、少しでも多くの人を幸せにするのが夢なんだとか。
そんな希望に満ちあふれた彼女の声に感化されたアルムは、少しでも力になってやろうと、店の中をあれこれと案内してやり、
「──ん〜、まんぞくまんぞく〜!」
やがて、鞄いっぱいになるまで売り込んだ結果、ホクホク顔で喜ぶメディの顔を拝むことができた。
おかげで、久しぶりにいい仕事をしたと、こちらまで嬉しくなってしまう。
「そりゃあ、来てもらった甲斐があったな」
「はい! 前に通ってたお店、行きづらくなっちゃってたので助かりました!」
そんなこんなで買い物を終えたメディの言葉に、
「あー、もしかしてその店、マークの親父さんがやってるとこだったのか?」
ふと、思いついたことを確認してみれば、
「はい……マークさん、最初は安く売ってくれたりとか、それだけだったんですけど。だんだん、タダで商品をくれるようになっちゃって……」
眉を下げながら、困ったように頷きを返してきた。
「それで、もう行かないほうがいいってフラムに言われて、クーシィさんに相談したんです」
ここでようやく、全ての流れに合点がいったアルムは、
「なるほど。要するに、一方的に惚れられちまったせいで、行きづらくなったってわけか」
彼女の境遇に同情してみせるが、
「そうなんです。でもまさか、あそこまでフラムのことが好きだったなんて……」
「まったくだよな……って、ん??」
続く言葉に頷きそうになった直後、思わず目を細めてしまう。
「ぬいぐるみに隠した魔導具で部屋を覗こうだなんて、いくら好きだからってダメですよね!」
「いや、まあ、それはそうなんだが、うん……」
なにをどう考えたらそうなるのかという彼女の発想に、たじろぐアルム。
「商品をタダで渡そうとしたの、メディに、なんだよな?」
念の為に細かい確認をとってみるも、
「はい、フラムの前でこれでもかってくらい、優しいアピールしてました!」
そんな遠回しなアピールあるわけないだろ、と心の中でツッコミを入れてしまう事態に。
「ぬいぐるみがメディ宛てだったのは?」
「うーん……直接フラムに渡したら、好きなのがバレちゃうと思ったとか?」
もはや、なにを言っても通じなさそうな恐ろしい鈍感っぷりに、
「そ、そっか……そうかもな! とりあえず、いろいろ買ってくれてありがとよ!」
今さら教えてやるのもなんだろうと、アルムは話を終わらせてしまうことにした。
「いえいえ! また来ますので、その時はよろしくお願いしますね!」
いったい、彼女は今まで何人の男を泣かせてきたのだろうか。
嬉しそうに跳ねながら店を出ていくメディの背に、相方であるフラムの気苦労を感じずにはいられないアルムだったが、
噂をすればなんとやら。
「おう、いらっしゃ──」
メディが去ってからしばらくして、再び客がやってくるも、
「──って、どうした。なにか忘れもんか?」
不思議なことに、そこに現れたのはあのフラムだった。
彼女がわざわざ戻ってくるような用事に心当たりはない。ひとまず、気を遣って先に声をかけるアルムに、
「……ねぇ、メディはどこ?」
しかし、少しのあいだ店内を見渡したフラムから返ってきたのは、明確な敵意のこもった目で、
「いや、どこもなにも、買い物終わって帰ったぞ? 途中で会わなかったのか──ぐッ!?」
ズカズカと距離を詰めてきた彼女は、話をまともに聞くこともなく胸ぐらを掴んできた。
腕にまとった金属製の篭手が食い込み、痛みが走るも、今はそれどころではない。
「い、いきなりなんだよオイ!?」
あまりに理不尽すぎる行いに抗議を試みるも、
「本当? 後ろの部屋とかに連れ込んでない?」
彼女は目の前の男をまるで信じていないのか。低い声で脅しながら、じっとりと細くなった目でこちらを睨んでくる。
「当たり前だろ!? お前は俺をなんだと思ってんだ!」
どうやらとんだ疑いをかけられているらしいアルムは、失礼なとばかりに声を大にするが、
「私を縄で縛ってきた変態で、しかも覗き魔」
「いやそれは……すまんかったけども……!」
この間の件をいまだ根に持たれていたらしく、思わず声がしぼんでいってしまう。
「まあ、いいよ。自分で確かめるから」
「はぁ、もう好きにしてくれ……」
対し、これ以上は時間の無駄だと思ったのだろう。
フラムは乱暴に手を離すと、勝手に店の奥まで入っていく。
何を言っても止まらないと、なんとなく察したアルムは、こうなったら気が済むまで探させてやろうと放置することにした。
「…………いない」
やがて、奥の部屋から倉庫、二階にあるアルムの寝室まで家探ししたフラムだったが、もちろん手応えが生まれるわけもなく。
その顔にわずかな焦りを浮かべながらぼそりと呟いていた。
「だから言ったろ……ってか、いくらなんでも焦りすぎだ。その辺を探してからでも遅くなかっただろ?」
ここまでするからに、よほどメディのことが大切なのだろう。ここは一つ大人の器を見せてやるかと、無法な行為に目をつむって尋ねれば、
「それはそう、かもだけど……」
流石のフラムも罪悪感を覚えたのか。
自身の腕をかかえながら、逃げるように目を逸らしていた。
「ったく、次はないからな?」
本心としてはいろいろと言ってやりたいこともあったが、相手は十代後半かそこらの少女。
自分からすればまだまだガキンチョのようなものだ、と心を落ち着け、注意に留めておくことにする。
「っ……その……」
そうして、なんとも気まずい空気が満ちていく中。
自身のプライドと葛藤しているのだろうフラムは、口をもごもごとさせながら目を泳がせ、
「あっ!?」
突如、何かを思い出したように大きな声をあげた。
まさか、謝りたくなくてごまかそうとしているのかと疑いかけたアルムは、
「あの子、方向音痴だったっ──」
続く彼女の言葉に、その焦った表情の意味を理解させられるのだった。
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