第9話 おっさん、おだてる

 波乱の展開となった、その翌日。



「おはようございます!」



 まだ朝も早く、店を開けてすぐの時間に元気な挨拶が聞こえてくる。


 開店準備を終え、机に突っ伏して寝ようとしていたアルムは慌てて身体を起こすと、そこにはだぼだぼの袖ごと手を振るメディの姿があった。



「おう、おはようさん」



 約束を破るとは思っていなかったが、まさかこんなに早く来るとは。驚きつつ挨拶を返すアルムだったが、



「…………」



 なにより意外だったのは、あのフラムも一緒についきていたことだろう。


 てっきりもう二度と来ないかと思っていたが、なにか用件でもあるのだろうか。


 迷惑をかけたお詫びとしてお返しの一つでもしてやりたいところだが、



「そっちもおはようさん」

「…………」



 一応、声をかけてはみたものの、あっさりと無視されてしまうくらいには嫌われているようなので難しいだろう。



「あはは……フラムのことは気にしないでください。わたしの付き添いで来てくれてるだけなので」

「おう、そうしとくよ」



 実際、彼女自身はこの店に用がないらしい。


 それなら期待するだけ無駄だろうと、メディの接客に意識を向けることにした。



「あの、好きに見て大丈夫ですか?」

「ああ、もちろん」



 とは言っても、なにか目的の物があるわけでもないのか。彼女は所狭しと並べられた商品の数々に目をキラキラと輝かせていた。



「わぁ! 大昔の調合書に、聖剣のお守り……こっちには珍しい魔物の素材まで……!」



 人によってはゴミ同然の品々ばかりにも関わらず、楽しそうに見て回ってくれるメディの姿はなんとも癒されるもので、



 ──あいつ……。



 それは、もう一人の少女にとっても同じだったのだろう。


 壁によりかかりながら興味なさげに髪をいじっていたフラムだが、チラチラとメディを見るその顔にはどこか温かい感情がにじんでいるように思えた。



「こういうの、掘り出し物があるんじゃないかってワクワクしちゃうな〜。ね、フラムはどう?」

「……私はべつに」



 が、なぜかいざ話しかけられると急にぶっきらぼうになり、不満をあらわすようにそっぽを向いてしまう。


 勝手に二人の仲がいいと思い込んでいたが、実はそうでもないのだろうか。



「えー、アルムさんは分かりますよね?」

「そりゃまあ、こんな店やってるくらいだからな」



 ますます疑問が深まっていく中、フラムに相手にされなかったメディが、同意を求めるように聞いてくる。



「あ、やっぱりそうなんですね」

「おうよ。例えばほら、これなんか──」



 そこから、店主としてのコレクター魂に火が点くと、



「えぇ!? そんなに古いんですか!?」

「ああ、なんでも知り合いの爺さんがそのまた爺さんの代から──」



 二人でマニアックな話を繰り広げ、大いに盛り上がっていった。


 好きなことを話すのは楽しいが、なによりそれを聞いてくれるメディの相槌が素晴らしく、聞かれてもいないのにどんどんと口が回ってしまう。



 ──ん?



 しかし、そうして楽しそうに言葉を交わしていると、不意に背中を刺すような視線を感じる。


 わずかに振り向き、目だけで入り口側を見やれば、そこには目つきを尖らせたフラムの姿が映った。



 ──なんなんだあいつは……。



 ひしひしと感じる敵意に、なにか悪いことでもしたかと行動を思い返す。


 が、そもそも彼女に対してなにかをしたという記憶がなく、こちらとしてはどうしようもない。



「ちなみになんですけど、ここって武器屋で合ってますよね?」



 しかたなく、気づいていないフリをして接客へと戻ると、メディがふと気になったようにそんな確認をしてきた。


 一見、失礼にも思える質問だが、それも無理はない。なにせ、店の商品が占める割合のほとんどは武器以外のものだったからだ。


 外に置いた看板にこそ武器屋【ストレンジ】と名を打ってはいるものの、こんなへんぴなところまで武器を買いに来る客は稀なもの。


 その実態は、ご近所様ご用達の雑貨屋に近かった。



「合ってるよ。ほら、そこに武具のコーナーがあるだろ」



 ゆえに、証拠とばかりに壁へ立てかけられた数少ない剣や弓を指さしてやれば、



「すくな……」



 そのあまりに縮小された規模を見てフラムがぼそりと声を漏らしていた。


 自然、アルムとメディ二人分の視線が向くも、気づいた本人はすぐに顔を背ける。



「まあそもそも、知り合いはだいたい受注生産だからな。店頭にはあまり置かないんだよ」

「そう……」



 試しに、と補足説明をしてやるも、やはり反応は素っ気ない。



「そういえば、フラムは剣を使うんですよ」



 そんなフラムに対し、メディは思い出したようにそう口にし、



「そういや、メディたちも冒険者だったな」



 アルムもまた、すっかり忘れかけていたことを思い出す。二人とも粗野とはかけ離れた華やかな出で立ちをしていたせいだろう。


 当たり前といえば当たり前の事実に、



 ──たしか、クーシィも面倒を見てやれって言ってたか。



 そういえば、腐れ縁の彼女から言いつけられていたことがあったと気がつく。


 フラム本人に避けられているとはいえ、それで放り出した結果なにか起きてもクーシィに悪い。


 若者の面倒を見るなど柄ではないが、ここは年長者である自分がひと肌脱ぐべきだろうと、頭の中で計画を立て始める。



「へぇ、剣ね。メディはなにを使うんだ?」



 とりあえず、話を続けようとメディに振れば、



「私ですか? 私はですねぇ……これです!」



 可愛らしいドヤ顔を披露しつつ、肩がけのポーチを漁りだす。


 一瞬、谷間を通る紐の方が気になるも、そこは鋼の理性で目を逸らし、中から取り出した小瓶の方へと意識を向けた。


 コルクでフタをされたその瓶の中には色とりどりの液体が入っていて、



「薬品?」

「はい! わたし、調合術が使えるんです!」



 興味深げに眺めれば、そう教えてくれる。


 調合術というのはアルムも聞いたことがあった。


 とはいっても、市販されている治療薬などが、元をたどれば調合術で作られているということくらいなもの。


 そうした薬品はとにかくお金がかかるので、並の冒険者にとっては縁遠い代物なのである。



「例えば、これは投げるとピカーッて光りますし、こっちは飲むとしばらく身体が軽くなるんですよ! 他にも──」

「へぇ……」



 ゆえに、次から次へと紹介される摩訶不思議な薬品の数々は新鮮で、思わず聞き入ってしまう。



「まさか、全部お手製なのか?」

「もちろんです!」



 これだけあればたいそうお金がかかるだろうという疑問から尋ねれば、メディはその胸を張りながら応える。


 彼女の言っていることが本当で、薬の効果もたしかなら、彼女は冒険者から引く手あまたの存在といっていいだろう。



「へぇ、そりゃまた……お前さんの相方、いい目利きしてるじゃないか」

「!」



 そこで、さりげなく二人を同時に褒めてやれば、後ろのフラムがピクリと反応を見せる。



「えへへ、それほどでも……」

「いやいや、俺が現役の頃なら、喉から手が出るほど仲間に欲しかったろうな」



 さらに、追い打ちをかけるように畳みかけると、



「ふっ……」



 うっかりその口もとを緩ませてしまっていた。 


 なるほど。素っ気ない態度をとってはいたが、なんだかんだメディのことを気に入っているらしい。



「ああ、そうだ。フラムの方はどうなんだ? やっぱり凄いのか?」

「!」



 ならば、と今度はメディのフラム評を聞いてやれば、



「ふっふっふー、それがですねアルムさん。フラムはとーーってもすごいんですよ!!」



 自分のことを話す時よりもはるかに高いテンションで語り始めた。



「魔術学校を首席で卒業してて、剣術も体術も男の人顔負けで、冒険者登録半年で二等級まで昇格するくらい強いのに、オシャレでスタイルもよくて顔まで可愛いくて〜! しかも、わたしが男の人に絡まれたときには颯爽と現れて追い払ってくれるし〜、もうとにかく優しくて可愛くてカッコいいんですよ〜!!」



 ズイッと距離を詰めてきたメディは、これでもかという称賛をよどむことなく羅列してくる。


 自身の頬を両手で包みながらくねくねと語るその様は、まるで恋する乙女のごとし。


 想定以上の言葉数を浴びせられたアルムは、どんだけ好きなんだよ、と思わず引きかけ、



「ち、ちょっと、もういいから……!!」



 ここで、よほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めながら怒ったようにフラムが乱入してくる。


 その初めて見る崩れた表情に、そういう顔もするのかとつい感心するが、



「あ、照れてる〜!」

「っ〜〜!!」



 言わずにはいれなかったのか。メディが余計な一言を口にしたせいで、フラムは口をモゴモゴと動かしながら目を見開き、



「うざっ」



 吐き捨てるようにそう言うと、足早に逃げていってしまった。



「あ、フラム!? 待って、謝るから〜!!」



 すると必然的にメディもその後を追っていき、



「まったく……」



 店内はあっという間に静寂で包まれていく。なんとも賑やかだった光景に、退屈も忘れて過ごすことができたアルムは無意識に優しいため息をこぼした。


 あの騒がしさは少々、三十路のくたびれた男には疲れる代物だったが、退屈に寝転がるよりは何倍もマシだろう。



「……ん?」



 そんな風に評したアルムだったが、ふとなにかを忘れていることに気がつくと、



 ──いや、結局なんも買ってなくね……?



 今度は呆れの意味を込めて、大きなため息を落とすのだった。

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