第8話 おっさん、万事休す

 なぜ、こんなことになってしまったのか。


 偶然にしては出来すぎな展開に、店内はそこだけ時が止まったように固まっていた。



「…………」

「…………」



 黒と白、あるいは赤と青。見事に対照的な色合いの少女たちは、こちらを見たままその綺麗な瞳をパチクリと瞬かせる。



 ──さ、最悪だ……。



 彼女たちが誰なのかは、もちろん説明できる。


 つい先日、とある荷運びの依頼を受けた結果、最悪の出会い方をしてしまった人たちで、



「…………なに?」



 何を考えているのか、冷たい紅の眼差しをチラチラと向けてくる黒髪ロングの少女の名がフラム。


 騎士服風とでもいうべきか。赤を基調としたマントや衣服、篭手をまとったおかげで多少は露出が控えめになった彼女は、この手で緊縛したせいで強い怒りを買った相手である。


 相変わらずその丈の短いホットパンツで太ももをさらしているが、いまチラ見できるほど図太い神経はしていない。



「え、ええっと……」



 対し、ふわふわの白髪ショートボブと青リボンの帽子が特徴である小柄な少女はメディーチナ。


 あおの瞳を困ったように泳がせる彼女は、白を基調とした上着を羽織っており、その袖から覗く小さな手をもじもじとすり合わせていた。


 ほんのりと赤く染まるその頬の理由は、言わずもがな。


 彼女の秘めたる肉体を見たという許されざる大罪人としては、なんとも居心地の悪い気分だった。



「は、はは……いやー、本日はお日柄もよく……」



 そんな、色々とたいへんな事情を持つ相手が二人揃って来店なされたのだから、アルムとしてはたまったものではなく、



 ──あいつ、わざと隠してやがったな!?



 自然、やり場のない感情が向かうのは、この状況を仕向けた元凶──クーシィである。


 牢屋に迎えに来たときの話ぶりからして、アルムがこの二人にしでかしたことはあらかた知っていたはず。


 それを口にせず黙っていたということは、こっそり面白がっているに違いない案件であり、



 ──覚えておけよ、クーシィ……!



 内心で強く恨みをぶつけるアルムだったが、



「あの、アルムさん……ですよね?」

「っ!?」



 クーシィからその名を聞いていたのか、白髪美少女に上目遣いで尋ねられれば、弱々しい現実世界の自分へと戻るしかなくなる。



「あ、ええ、はい! この間はどうもご迷惑をっ……」



 このあと、どんな展開が待っているのかは想像に容易い。先んじて謝罪を述べておくアルムに、



「いえ、そんな! あれは事故みたいなものですから!」



 しかし、よほどお人好しな性格なのだろう。


 手をわたわたと振りながら、そうフォローをしてくれる。



「いやいや、あれはこっちの落ち度なんで!」



 もちろん、ここですぐに認めないのが大人としての所作だろう。


 実際、もっとやりようはあったと後になって気づいたので、正直な気持ちで下手したてに出るも、



「そんなことないと思います!」

「!!」



 まさかの、向こうはそれを上回る勢いで否定をしてくる。



「クーシィさんから聞きました。実は、わたしたちのことを守るために頑張ってくれてたんだって。だから、むしろ感謝してるんです」



 どこからその気持ちが湧いてくるのかと思えば、意外にもあのクーシィだった。


 事件について調べていたとは言っていたが、わざわざメディーチナ本人にまで共有していたとは。


 勝手に元凶扱いしてしまったが、もしかするとこうして巡り合わせたのも彼女なりの配慮なのかもしれない。



「……別に、そんなんじゃねえっすよ。後から不手際に気づいて、挽回を図っただけなんで」



 それを知ったアルムはなんだか申し訳なくなり、己を卑下するようにつぶやく。



「それでも、ですよ」

「っ……」



 だが、それさえも吹き飛ばすように強い眼差しで見つめられれば、これ以上の抵抗は無駄だと悟らされ、



「そう言ってくれるなら、まあ、ありがたく受け取っときます」

「ふふ、はい。そっちの方が、わたしも嬉しいです」



 仕方なしに、後ろ頭をかきながら認めることとなった。



「あ、それと、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。わたしの方がずっと歳下なんですから」

「え」



 そうして、ひとまずメディーチナとのわだかまりが無くなると、ふとしたようにそんなことを言われる。



「それはその、いろいろあって恐れ多いというか、なんというか……」



 とはいえ、彼女たちは上層区画に住む格上の存在であり、いろいろと迷惑をかけてしまった被害者でもある。


 そもそも、客と店員という関係でもあるので断ろうとするが、



「じゃあ、いま解決したので、もう使わなくても大丈夫ですよね!」

「はい?」



 ところが、メディーチナの押しの強さは筋金入りらしい。


 絶対に敬語をやめさせてやるという意志が、ひしひしと漏れ出ていて、



「このままだと、なんだか申し訳ないですし……ダメ、ですか?」

「うっ……」



 トドメとばかりに、チラチラと窺うような目線を送られれば、もはやなす術はなかった。



 ──な、なんて子だ……!



 その愛らしい見た目から想像できない我の強さに、思わずおそれを抱いてしまい、



「わ、分かったよメディーチナさん、これでいいか?」



 気づけば、彼女の思い通りにそう返していて、



「メディでいいですよ。みんなそう呼んでるので」

「……はは。ああ、そうさせてもらうよ」



 ついでに、名前の呼び方まで決められることに。


 これは敵いそうにない、と負けを認めたアルムは苦笑をこぼし、



「……?」



 ふと、視線を感じて入り口の方を見れば、



 ──そういやこっちもいたな。



 じいっと意味ありげな目を向けてくる、黒髪少女の姿があった。


 いかにも気に食わないといったたぐいのそれに、



「なあ」

「ふん……」



 目を合わせに行きながら声をかけるも、途端にそっぽを向かれてしまう。



「も、もうフラム! いろいろと誤解があっただけなんだし、仲直りしよ?」



 それを見ていたメディが仲裁に入るも、



「やだ」

「がーん!?」



 残念なことに素っ気なく断られていた。


 その擬音を口にするやついたのか、と変なことに驚かされつつ、



「どうしたの? なにか引っかかることがあるなら教えてほしいな」



 二人の会話を見守っていると、



「べつに、私は間違ったこと、してないし……」



 フラムは納得のいかない気持ちを吐き出すように呟く。



「というか、おかしいのはメディの方でしょ。知らない男にハダカ見られたのに、こんな簡単に許すなんて」

「はわ!?」



 そして、拗ねた子どものごとく追撃をお見舞いすれば、メディはあの時の光景を思い出したのか。


 顔から煙を噴き出しながら手をばたつかせ始めた。



「そ、それはホラ、下はスカート履いてたし! 上だって、見られたのは背中の方からだし? さき──」



 すると、恥ずかしさのあまり混乱したのだろう。余計な言葉まで口走りそうになったメディは、妙な間を空けるも、



「──っちょ、とかは見られてないわけだからっ、ほとんどセーフだよ!?」



 結局そのまま形にしてしまうという謎のプレイングを見せつけてくる始末。


 これには、じゃあ今の間はなんだったんだよ、とアルムの方が頭を抱えてしまう。



「はぁ……もういい、帰る」



 そんな、全然セーフではない発言を聞かされたフラムは、呆れたようにため息をつくと背を向けて店を出ていく。



「わ!? 待ってよ〜!!」



 その背を涙目で追いかけていこうとしたメディもまた、



「あ、何も買わなくてごめんなさいっ、また来ますので……!」



 去り際にそうとだけ言い残し、夕焼けに染まる街へと消えていった。



「はぁ……」



 嵐のように去っていった二人の少女に、溜まった疲れを息にして吐き出すと、



 ──こりゃ、商売繁盛は夢のまた夢だな……。



 耳障りな音を立てるボロ椅子にゆっくりと腰を落とすのだった。

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