第7話 おっさん、二度散る

 大都市ベンツェルに点在する、衛兵の詰所。


 そのうちの一つの冷たい牢屋の中で、アルムはぼうっと寝転がっていた。


 うら若き少女の着替えを覗いた変態として捕まり、かれこれ数日が経ったか。


 柔らかさの欠片もない安物のベッドの上、もう何度目かも分からないあくびをこぼすと、



「あら、意外といつも通りみたいで安心したわ」



 不意に、艶のある女の声が聞こえてくる。



「はっ、そりゃそうだろ。店の中だろうが檻の中だろうが、暇なのは大して変わらんからな」



 その皮肉がこもった労いの言葉に、アルムもまたあっけらかんと返し、



「で、なんの用だよクーシィ?」



 こんな所までなんの用かと尋ねれば、



「それはもう、女の園に忍び込んだお馬鹿さんを引き取りに来たのよ」

「は? お前がか?」



 なんともおかしなことを言い始めた。


 いままでも何度か衛兵のお世話になったことはあるが、彼女に助けられたという記憶はまるでなかったはず。



「ええ、そうよ」

「ほーん、そりゃどういう風の吹き回しだ?」



 そう思いさらに詳しく聞くと、



「実はあなたが問題を起こしたあの建物、私が大家なのよ」

「……マジかよ」



 どうやら、よく分からない偶然が起きていたようである。



「いや、まあ、言われてみればすげえしっくり来るけども」



 が、よくよく考えると、納得もいった。


 このクーシィという女のと、あの共同住宅の住人を照らし合わせれば、ぴたりとイメージが合わさるのだ。



「で、お前の趣味にどうこう言うつもりもないが、それでなんで俺を引き取る気になったんだよ。俺はお前の言う、女の園に忍び込んだ変態だぞ?」



 ただ、余計なことに口を突っ込んでもロクなことにならない。


 単刀直入に彼女の思惑を確認すれば、



「まあ、私って信用されてないのね……」



 わざとらしいほどの悲しげな演技を見せるも、



「私はあなたのことを信じて、色々と調べてあげたのに」



 思ったよりも真面目な声色でそう続けてくる。



「お、おう。そうなの、か?」



 これには思わずたじろぐアルムだったが、



「くす、冗談よ。相変わらずすぐ信じちゃうのね」

「おうコラ、表出ろ」



 やはりその悪辣さは変わっていなかったようで、売られた喧嘩を速攻で買うはめになった。


 まあ、表に出ようにも彼女に頭を下げないと出れないので、負けは確定しているようなものだったが。



「まあでも、いろいろ不可解な点があったから調べたのは本当よ。それで、裏門の方におかしな魔導具が落ちてたりだとか、複数の目撃証言から別の男が侵入してたりだとかが分かったの」



 と、そんなくだならいことを考えていると、クーシィが訥々とつとつと説明を行ってくれた。



「ああ、そういや、マークのやつどこに行ってたんだ?」



 これに、あの疑問が再び湧いてくると、



「そう、そのマークという男なのだけれど、魔導具の制御を誤って中庭の茂みに突っ込んでいたみたい」



 なんとも間抜けな結末を聞かされることとなった。


 おかげで酷い目に遭ったアルムとしてはなんとも腹立たしくなるが、



「そのあと、目が覚めたら衛兵がうろついていて、慌てて自宅に逃げ帰ったようね。今朝の聴取で洗いざらい話してわ」

「そ、そうか、それはよかったなっ……」



 その後に、底冷えするようなクーシィの声が続けば、つい哀れみの気持ちが強くなってしまう。


 口ぶりからして、彼女自身も聴取に参加したのだろう。おそらく、自分の管理する秘密の花園を荒らされ、たいそうお怒りだったに違いない。



「まあ、そういうわけだから、安心して出ていいわよ?」



 内心、戦々恐々としつつ。話を終えたクーシィにそう促されれば、アルムとしてもこの場に用はなくなる。



「お、じゃあ、ここともおさらばか」



 近くに控えていた衛兵が鍵を開けると、そのままクーシィの隣に並び歩き、



「ああ、そうそう。このあいだ話した紹介の件だけど、話がついたから。お店、少しくらいは綺麗にしておいた方がいいわよ?」



 その途中、すっかり忘れかけていた話を思いさせられる。



「おお、マジか!」



 これに、普通に感謝の気持ちが湧いてきたアルムは、



「なんつうか、ありがとなクーシィ」



 ちょうど外に出て、日の光を浴びたところで素直にその言葉を口にした。


 店の紹介はもちろんのこと。偶然の賜物とはいえ、今回、彼女に助けられたことも事実だ。


 ここで礼を言わないのは義理に反するだろうと、そう思っての発言に、



「…………」

「な、なんだよ。無言はやめろ無言は!」



 反応もせず、ジッと見てくるクーシィ。


 これに照れくさくなったアルムは抗議をするも、



「いえ、ごめんなさい。なんでもないわ」



 彼女はにべもなく話を切り、そうつぶやくのみ。



「まあ、いいけどよ。そんじゃ、せっかくだし美味いもんでも食ってくるかねぇ」



 よく分からないが、これ以上ここにいても気まずくなるだけだろう。


 アルムは気持ちを切り替えると、ちょうど昼食をとりたくなった頃合いだと、ひとり人混みの中へと消えていき、






 それから少しして。



「ああ、ダメね」



 静かにその背を見送ったクーシィはボソリとつぶやくも、



、礼を言いそびれてしまったわ──」



 その声は誰に届くこともなく、街なかの喧騒へとかき消えていくのだった。











 アルムが牢から解放されて、はや数時間後。



「あー、暇だ……」



 昼食をとり終えたアルムは、すっかり日常の風景へと戻ってきていた。


 店番という名のだらだらタイムに、いつも以上の退屈さを覚えながらあくびをかく。


 言うまでもなく、あの日の反動だろう。


 いろいろあって大変ではあったものの、刺激という意味では悪くない部分もあった。


 これも、冒険に夢を見たあの頃の名残りだろうか。


 ロクな目に遭わないと分かっていても、つい首を突っ込んでしまう悪癖。治したいとは思っても、そうそう治る気はしない。



「あーあ、いい暇つぶしでも転がってこねえかなぁ……」



 ゆえに、これまた何度口にしたかも覚えていない定番の台詞が口からこぼれ、



「あ、そうだ」



 ふと、あったではないかと思い出す。


 クーシィいわく、今日この日に来客があるのだった。


 反射的に顔を上げたアルムは、そこら中に埃が舞い、適当にとっ散らかった店の品々を見て冷や汗をたらす。


 最後に掃除をしたのはいつだったか。ハッキリしているのは、このままだとせっかくのチャンスが台無しという現実だけである。



 ──たまには気合を入れてやるか……!



 代わり映えのしない日々を変えたいなら、まず自分から動くべきということなのだろう。



「よしっ──」



 そう自分に言い聞かせたアルムは、店の惨状を嘆きながらも作業を進め、



「──ふぅ、とりあえずこんなもんか」



 数時間ほどかけて、なんとか及第点まで持ってくることに成功していた。


 商品棚のレイアウトや細かい手入れにまでは及んでいないものの、己の身だしなみは整い、最低限の清掃も済んだように思う。



 ──それにしても、まだ来ないか。



 もうじき夕暮れにも差しかかりそうな時間だが、幸い例の客とやらは気配すら見せていない。


 今のうちにもう少し整えてもいいだろうと、作業を再開しようとした、



「!!」



 ちょうどその時だった。


 閑散としているはずの建物の外から、人の声らしきものが聞こえてくる。


 まだかすかにではあるものの、顔見知りのジジババでないことだけは明らかだ。


 つまり、十中八九、ターゲットで間違いないわけで、



 ──来たか。



 キリッと顔に力を込めると、いつだったかに貰い受けた燕尾服の襟を整え、万全の準備で待ち受ける。


 クーシィの話では、新人の子とのことだ。それなりの若者であることは間違いない。


 そして、若者といえば流行の最先端をいく者たちのことでもある。ここで上手くいけば噂が噂を呼び、商売繁盛も夢ではなくなるはず。



 ──見せてやるよ、俺の本気ってやつをな。



 冒険者を辞めて以来、伊達に接客をしてきてはいない。


 過去最高のおもてなしで満足させ、自身の退屈な日常さえも終わらせてみせると、静かにその時を待ち、



「いらっしゃいまッ──」



 ついに人の姿が見えた、その瞬間。


 一世一代の大勝負にのぞんだアルムは、最高にカッコつけた声で挨拶を放とうとし、






「──せへ……え??」



 直後にはもう、全ての金をギャンブルで溶かしたかのようにしおれていた。


 それも、そのはず。


 待ちに待ちわびたその客は、たしかに想定通りの若者であったのだが、それ以外はなにもかもダメダメだったからだ。



「あっ……」

「え、あれ、この間の……」



 なにせ、そこに立っていた二人の少女は、黒と白の見事なコントラストを描く美しい髪の持ち主で、



 ──お、終わった……。



 すなわち、店主じきじきに縄で縛ったり着替えを覗いたりしてしまった、いま一番会いたくない人物その人だったのだから。

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