第5話 おっさん、暗躍する
大都市ベンツェルの上層区に位置し、比較的治安もいいとある一画。女性向けに建てられた共同住宅の中を二人の少女が会話しながら歩いていた。
「結局、帰ってこなかったね、あの人」
白髪の少女が心配そうに呟くと、
「まあ、いいんじゃない? どうせ、トメトが潰れたとかで戻るのが気まずくなったんでしょ」
隣に並ぶ黒髪の少女が鼻で笑いながらそう返す。
「うーん、そうなのかなぁ……」
しかし、白髪の少女はなおも気がかりがあるようで、
「なに、メディ。まさか、事故に遭ってたらとか心配してる?」
そんな彼女に、フラムと呼ばれた黒髪の少女が尋ねれば、白髪の少女──メディがこくりと頷いた。
「気にしすぎ。向こうが勝手にしたことなんだから、何があっても自己責任でしょ」
「そうなのかも、だけど……」
それでもなお、お人好しらしきメディは悩む素振りを見せ、
「それより、この荷物はどうするの?」
フラムはそれを温かい目で見守りつつ、話題を変えることにした。
「あ、それ? 一応、開けてみようかなって思ってるけど」
荷物、というのは今フラムが手に持っている包みのことだ。中には小箱が入っているらしく、その中身がなんなのかは判別がつかない。
「えぇ……やめておいたら? 変なもの入ってるかもだし」
ゆえに、彼女を想って忠告するフラムだったが、
「中身を見てからでも遅くないかなーって」
呑気な性格なのか、メディは荷物の中身に興味津々なようだった。
「ふーん、言っておくけど、何かあっても知らないから」
そんな、話を聞く気のない彼女に対し、呆れたようにそっぽを向くフラム。
「あ、じゃあさ! フラムが中身を見て、大丈夫そうだったらわたしも見るっていうのはどう?」
「え、なんで私がそんなこと……」
それを見たメディはどう解釈したのか、フラムにとってまるで得のない提案をし始め、
「ほら、フラムってすんごく強いし、何かあってもどうにかできそうだもん!」
あげく、自信満々の顔でそんなことを言い出す。
「イヤ」
「えぇ、そんなぁ!?」
これには、流石のフラムも即答で拒否するが、
「おねがい! 今度おいしいお菓子つくってあげるから、ね?」
「っ……」
その可愛らしい顔から上目遣いで懇願をされれば、思わず心を揺さぶられてしまう。
これを無意識でやっているというのだから、悪い男が寄ってくるのも無理はない。
「はぁ……もう、しかたないな……」
結局、フラムもその卑怯な手にはかなわず、目を逸らしながら了承すると、
「やったぁ! ありがとうフラム!」
「ちょっと、大げさすぎっ……」
メディはわざわざ床にカゴ等を置いてからフラムに抱きついた。
不意の一撃に、フラムは声を上擦らせながらほんのりと顔を熱くするも、
「……何度も言ってるけど、私たちはあくまで仕事仲間であって、お友達じゃないから。あんまりベタベタしないで」
「えへへ、つい。ごめんねフラム」
すぐに肩を掴んで離し、冷静に振る舞う。
「──それじゃあ部屋にも着いたし、さっそくお願い!」
そうこうしつつ、メディの部屋に荷物が運びこまれると、いよいよ開封の儀が執り行われる。
「はぁ、気は乗らないけど」
フラムも覚悟を決め、包みの布をほどくと、中にあったおしゃれな木製の小箱に手をかけた。
これがもし変態男の仕業なら、ろくでもない物が入っているはず。
こうなるなら、せめて差出人の名前くらい確認しておくのだったと、今さらながら後悔が湧いてくる。
どうか目が汚れるような物が入っていませんように、と願いながら恐る恐るフタを開き、
「これは……」
直後、視界に入ったものに目を丸くすることとなった。
「どう? 大丈夫そう?」
背を向けながら尋ねてくるメディに、
「まあ、うん」
「ええっと、どれどれ……って、クマのぬいぐるみ?」
とりあえずは、と頷きを返すと、彼女もまた驚いたのか、不思議そうに首を傾げる。
「あ、もしかしてあれかも! このあいだ、調合用の素材を買いに行った時の!」
「ああ、あの女の子……」
すると、ハッとなにかに気づいたメディに、フラムもまた心当たりを思い出した。
つい数日前、とあるお店の前で泣いている女の子がいたので、足りないお金を出して上げたのだ。
たしかに、あの子どもならこういったお礼を送ってきてもおかしくはなかったが、
「でも、住所とか教えてないけど」
「うーん、頑張って調べたんじゃないかなぁ。ほら、わたしたち結構目立つし!」
やはり、違和感は拭えなかった。とはいえ、他に手がかりもなく、
「まあ、ぬいぐるみに罪はないし、ここに置いとこっと」
最終的に、メディの一存で机の上に置かれることとなった。
「はぁ、じゃあもう部屋に帰っていい?」
「えぇ〜、もうちょっとおしゃべりしてこうよ〜──」
色々と気になることはあるが、これ以上は考えてもしかたがない。
メディののほほんとした雰囲気に釣られるように、フラムもまた気を休めることにするのだった。
年頃の少女の──というには、いささか薬瓶の飾られた棚が多い部屋にて。
「──それでね! 噂に聞いたんだけど、ダンゲオン遺跡の奥に地下へと通じる通路が見つかったんだって!」
ふかふかの寝台の上に座る白髪の少女が興奮した様子で語ると、
「へぇ、もし本当なら、名前を売るチャンスかもね」
椅子に座る黒髪の少女もまた、興味を引かれたように相槌を打つ。
「うん、それにきっと、珍しい素材とか秘伝の書物とか、そういうのも眠ってるかも!」
二人の仲は良好なのだろう。寝室の中ということもあって、警戒する素振りもなく過ごしていて、
「んん〜、楽しみだな〜」
白髪の少女が両手を上げ、無防備に身体を伸ばせば、その小柄な身体には見合わない豊かな双丘が揺れた。
「あ、そうそう!」
しかも、気が緩んでいるのか。彼女は自身の履くスカートの短さも忘れて、脚をわずかに開いてしまっている。
「実は、フラムに渡したい物があったんだ〜」
挙句の果て、立ち上がった彼女はこちらに尻を向けたかと思うと、前かがみに棚をあさり始める始末。
そうなれば、スカートのすそが腰の曲線に合わせて持ち上がっていくのが自然の摂理というもので、
「ちょっと、はしたないからやめてくれる?」
「え、わぁ!?」
しかし、あともう少しで、というところに邪魔が入る。
ホットパンツを履いた女の尻が彼女の前にかぶったのだ。
肉づきのいいその足腰は、たいていの男なら鼻を伸ばす代物だったろうが、あいにくそこまで浅はかではない。
「もう、フラムのえっち……」
「は? 言いがかりはやめて」
普段から晒しているようなものには用がないのだと、恨みを込めて念を送れば、ジトッとした目つきの女神が映る。
責めるような表情も悪くないな、と新たな発見をしつつ、食い入るように眺めていると、
「というか、先に着替えてもいい?」
「あ、うん、そうだね!」
事態は一気に急展開をむかえた。
会話の内容から、これからなにが起きるのか容易に想像できてしまったのだ。
これはいけない!
いくらなんでも、背徳が過ぎるというものだ。うっかり見えてしまったのならともかく、分かったうえで見るのはむっつりを超えてがっつりである。
上着を脱ぎ、ニット服に手をかけ始めた女神の姿に、慌てて顔を背けるも、
──ああ、お許しください神よ。
やはり、身体というのは正直なもので。ちょっとだけなら──と、目線だけが徐々に戻っていき、
「よう、こんなところでなにしてんだ、マークの旦那?」
「えっ──」
次の瞬間、代わりに映ったヒゲ面の顔面ドアップを前に、情けない悲鳴を響かせるのだった。
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