第3話 おっさん、ドレスコードに引っかかる

 ようやく住人と接触がとれた、と喜んだのも束の間。


 隠すこともなく不機嫌をあらわにする少女を前に、アルムはどうしたものかと頭を悩ませる。



 ──いかにもって感じだな。



 彼女の出で立ちは一見して、自信に満ち溢れたものだった。


 艶のある長い黒髪に、ジトッとこちらをめつける淡い紅の双眸。


 肩出しのブラウスに、丈の短いホットパンツを合わせた彼女は、スラリと伸びたその脚にブーツを履いている。

 

 少なくともそんな派手な格好で外をうろつけるのは、それができるだけのがあると見て間違いないだろう。



「……聞こえなかった? うるさいから、さっさと帰ってって言ってるんだけど」



 そうして、相手の情報を読み取るのにわずかな時間を使っていると。彼女は腕を組みながら苛立たしげに声を低くする。


 その美貌がもったいないほど冷めた態度を見せる少女に、しかしここは大人の余裕を見せるところだろうと笑みを浮かべ、



「いやー、すんません、これで食ってるもんでして! 荷物を渡しましたらすぐに帰りますんで、はい!」



 とにかくへりくだりながら、手短に用件を伝えた。



「ふーん、荷物ね。誰宛ての?」



 それでもなお、いぶかしげな少女の問いに、



「ええっと、メディーチナ様、ですね」



 マークから聞いていたその名前を答えるも、



「……へえ、そう」



 なぜか、彼女の目が余計に据わってしまう。


 なにか間違えただろうか、と不安になるも、思い当たる節はまるでない。



「それ、私。届けてくれてどうも」

「いえいえ、こちらこそ──」



 そんなアルムに対し、今度は急にフッと笑ったかと思うと、そう言って少女が片手を差し出してくる。


 思わず、はいどうぞと布に包まれた小箱を渡しそうになるも、



「──って、いや、違いますよね?」



 渡す相手の特徴を思い返し、寸前で止めた。



「短い白髪に、青色の目をした、小柄な女性って聞いてますが」



 明らかな嘘を口にする少女に、呆れたように返せば、



「最近イメチェンしたの。だから、はい」

「いや、『はい』ではなく」



 これまた無表情でとんでもない言い訳をしてくる。


 流石に無理があるだろうという説明に、アルムは一周回って冷静になった。



 ──まさか、こいつがマークの言っていたやつか?



 たしか、まわりにやめろと言われているのだったか。


 宛先の名前を聞いた時の妙な反応。この少女もその一人であると考えれば合点がいく。



「なに、疑ってるの?」

「まあ、それはもう」



 当然、そうなれば荷物を渡すわけもないアルムだったが、少女の方も諦める気がないようで、



「いいから渡して」

「本人に直接わたすよう言われてるんで」



 苛ついたように手を伸ばしてくるのを、ひょいっと避けてやる。



「じゃあ、私の方から渡しておくから、それでいいでしょ」



 すると、なにが『じゃあ』なのか分からない理屈を述べてくるので、



「あんたが本人なんじゃ?」

「!」



 つい、煽るようにそう口にしてしまう。


 瞬間、その済ました表情にかすかな怒りが浮かび、



「それ、さっさと、渡して?」



 ゆっくりと手のひらを差し出してくる少女から殺気がにじみ始める。


 なぜそこまでするのかという疑問は絶えないが、アルムの答えは決まっていた。



「いやいや、そう言われてもね。こっちだって適当な仕事やるわけには」



 仕事人として、はっきりとそう言い切ってやるアルムだったが、



「ああ、そう──」



 彼女にもまた引けない理由があるのだろう。


 左手の人差し指と中指を揃えると、そのまま地面に向け、



「うお!?」



 直後、赤い発光をともなった衝撃音とともに硬い石畳の一部が砕け散った。


 見れば、彼女の指先から煙が立ちのぼっているのが映り、なんらかの魔術が使われたのだと分かる。



「──これでも?」



 使い方によっては充分に人を殺める力があるそれに、小鳥たちが飛び去り、遠くにいた通行人のざわめく声が聞こえてくる。



「……正気か? 白昼堂々、道のど真ん中で魔術を使うなんてよ」



 もはや、丁寧に接する必要もない。アルムは平静を崩すことなく、むしろ彼女の愚かな行動をいさめるように返した。



「べつに、怪しい男が襲ってきたので返り討ちにしたって言えば、衛兵さんは信じてくれるだろうし」



 一方の少女はといえば、反省するどころか平気で冤罪をかけようとしてくる。



「はぁ……あんたなぁ、ケツの青いガキじゃあるまいし馬鹿なこと言ってんなよ」



 これに呆れたアルムは、どう注意したものかと頭を悩ませることになった。



「は? なに、説教でもするつもり──」



 見知らぬ男に上からものを言われ、眉を吊り上げる少女に、



「俺は仕事でここに来てるし、依頼人だっているんだ。そんなやつに魔術を使ったら、嘘なんてすぐにバレるぞ」



 できるだけ穏やかな雰囲気を保ちながら、さとすように説明をしてやる。



「ふーん……」



 これには流石の彼女も冷静になったのか、不快そうな顔をしながらも押し黙っていた。



「俺は別に、あんたと喧嘩をしにきたわけじゃないんだ。本人を連れてきてくれたら、あとは目の前で交渉でもなんでもしてくれりゃいい。だから頼むよ、な?」



 緊張から一転、弛緩しかんしていく空気に、アルムは畳みかけるように説得を試みる。



「そう言われても……」



 それでも、やはり高いプライドが邪魔をするのか、困ったように目を逸らし、口ごもる少女。



「お互い、今日のことは気にせず、全部忘れようぜ。どうせもう会うこともないだろうしな」



 だが、ここで勝敗へのこだわりがなくなるであろう提案をしてやれば、



「まあ、それはそう、かも」



 ようやく彼女も認めたような表情を覗かせてくれる。



「よし、なら交渉成立だな」

「…………」



 はい、俺の勝ち──と、散々説教を垂れた本人が内心で勝ち誇りつつ手を差し出せば、彼女はチラチラとその手に視線を送り始める。


 さあ、あとは彼女が握り返せばこの面倒な仕事ともおさらばだ。


 そう思い、彼女の目を見て満面の笑みを浮かべるアルムだったが、



「やっぱりイヤ」

「は?」



 返ってきた反応は、なんともあんまりなものだった。



「え、いやいやっ、今のは握り返す流れだろ!?」



 さっきの反応はなんだったのだと、思わず詰め寄れば、



「なんか、ムカつくから」



 本人も自覚はあるのか、拗ねたようにそんなことを呟き始める。



 ──こ、こいつ……。



 どうやらこの少女、クールぶってる雰囲気の割に、内面は想像以上のガキらしい。



「あと、汚そうだし」

「おいコラ、働く男の手を馬鹿にする気か?」



 おまけに余計な一言まで加えてくる周到っぷり。


 なぜ、自分はこんなやつの相手をしなくてはならないのだろうかと、アルムは依頼人の顔を思い出して恨みを込めた。



「その言い訳が通じるの、最低限の身だしなみ調えてからだから」

「くっ、なにも言い返せねぇ……!」



 が、あっさり正論で返されれば、それもそうだと納得させられてしまう。


 まさか、最後の最後で身だしなみを忘れた自身の怠慢が返ってくるとは。


 これも夢破れた自堕落男の定めか、とひとり落ち込むアルムだったが、



「──ええっと、なにがあったの、フラム?」



 ふと、人の声が聞こえてきたことでなんとか持ち直す。


 おそらく、先ほどの魔術の騒音が気になって来たのだろう。変に誤解をされても困ると、そう思って顔を上げた瞬間、



「あ」



 アルムは固まることとなった。



「え、あの……?」



 なにせ、困ったような表情でそこに立っていたのは白髪碧眼という明らかに引っかかる容姿の持ち主で、



 ──ご本人様……!?



 まぎれもなく、探していた少女に他ならなかったのだから。

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