第37話 聖女はもっと守りたい
エミールがもったいぶって口にした、『聖女を見分ける方法』。何だろう、それ。気になる。
「それが聖女を迎える祭り、あの祭壇なのです」
しかし続く言葉は、そんな拍子抜けのものだった。だってあのお祭りって、民が聖女の降臨を願って開く、思いがこもっているけれど素朴なものだし。
「正確には、あの祭壇の裏ですね。あの祭壇は、毎回同じ場所に建てられることになっています。……聖女にだけ見えるあの洞窟の前に」
「えっ」
「……は?」
「あの洞窟は、聖女にとって、そしてマリオットにとって特別な場所なのです。だからこそ、祭壇をその前に建てているのですが……祭壇から現れた聖女は、君が初めてです」
驚きのあまりまともにものが言えなくなっている私たちを、エミールは笑いをこらえながら見ている。
「……つまり、僕がここに来たいきさつを説明した時点で、エミールさんは僕が本当に聖女なんだって、確信してたんですね……」
会ってすぐに、女だとばれていた。事情を説明したら、聖女だとばれた。そしてほどなく、私がリュシエンヌ・バルニエだということもばれた。
なんだか、頭が痛くなってきた。額を押さえていたら、エミールが優しく言った。
「はい。ただ、君にも聖女というものについて考えて欲しかったので……セルジュと同じように、ですね。なのであえて真実を明かさずに、ここに留まってもらったんです」
本当にもう、見事な親心だ。ちらりと隣を見たら、セルジュも頭を抱えていた。
「あ、それと」
そうしていたら、ふと思い出した。もう一つ気になることがあったんだった。
「さっき着たあの衣装って、何なんでしょうか? ……聖女の奇跡を起こす助けになるとか、そういう感じのものですか?」
「あれは、数代前の聖女のためにあつらえた衣装です。当時の職人たちが、持てる技術の全てをつぎこみました。おかげで今でも、変わらぬ美しさを保っています」
「確かに、とても美しかったが……職人が作った、ということは……」
「ええ。セルジュ、お前の察している通りですよ。衣装そのものには何の力もありません。ただ聖女の降臨をみなに印象づけるには、ちょうどいいでしょう?」
「あの衣装、大きさがぴったりだったんですが……それにも何か、理由が?」
「それはただの偶然です。きっと、聖女様の粋なはからいなのでしょうね」
そんな言葉に、またしてもセルジュと二人小声でうめく。さっきから、エミールに圧倒されっぱなしだ。
けれどこっそりと、こうして三人で一息つける幸せを噛みしめていた。きっと二人も、同じようなことを考えているんだろうなと、そう思いながら。
そうして大体話し終えた頃、衛兵が駆けつけてきた。準備が整いましたと、そんな言葉と共に。
エミールは屋敷に戻ってきてすぐに、衛兵や使用人たちに手短に指示を出していたのだ。どうやら私たちが話し込んでいる間に、彼らは抜かりなく動いていたらしい。ところで、何の準備なんだろう。
衛兵に案内されて、屋敷の正面玄関に向かう。するとそこでは、屋敷の壁にもたれるようにして使者や王宮の兵士たちが眠り込んでいた。
門の外には、使者たちが乗ってきた馬車が並んでいて、マリオットの衛兵たちや使用人たちが手分けして、眠る人々を馬車に運び込んでいる。ああ、準備ってこういうことか。縛った使者と兵士を集めて、元の馬車に押し込む準備、ね。
「……なんていうか、ちょっぴり腹が立つくらいにいい寝顔……」
私を捕らえるのだと言い張った、そのためならエミールやイグリーズのみんなも巻き添えにできるのだと言って脅してきた、とっても偉そうな使者。
それが今では、まるで子供のような表情で眠っていた。わあ、にこにこしてる……すっごくいい夢、見てるんだろうな。縛られたままなのに。
「そうですね。みなさん、とても穏やかな顔をしておられます。これも、君の優しさによるものでしょう」
あ、またエミールが不思議なことを言い出した。私とセルジュの視線を受けて、エミールはさらに説明を続けていく。
「先ほど礼拝堂に浮かび上がった聖女印は、イグリーズを丸ごと包み込む守りの力をもたらします。ただ町がどのような形で守られるかについては、聖女の祈りの内容に影響されるようでして」
「もしかして、毎回効果が違う……ということなのか?」
「はい、そうなのですよセルジュ。過去の聖女の中には、町に押し寄せた賊をまとめて吹き飛ばしてしまった方もいたようです。幸い、死人こそ出なかったようですが……」
彼の表情からは、かなりの惨事になっていたことが容易にうかがわれた。町の人たちの様子から、聖女はこう……慈悲深いというか、その力も割と平和なものなのだとばかり思っていたけれど、違ったみたい。
たまたま今回はうまくいったけれど、もしまた祈ることがあったら気をつけよう。可能な限り、穏便に片付くように。
そうこうしているうちに、使者たちは全員馬車に積み込まれた。マリオットの衛兵たちが手綱を取って、馬車を進ませた。
「父さん、あれをどうするんだ?」
「イグリーズの町の外、少し離れたところまで移動させて、そこに転がしておきます。聖女印の効果範囲の外に出れば、いずれ目覚めるでしょう」
「これで、退いてくれるといいんですけど……」
目覚めたらまたイグリーズに突進してきたりして。あ、でもそうなったらまた聖女印の力で眠るだけか。けれどその場合、街道でいきなり眠る謎の団体が現れる訳で……放っておくのもまずそうだし……ううん、面倒なことになっている気がする。
考え込んでいたら、エミールがさらにとんでもないことを言い出した。
「あの使者たちが来たのと同時に密偵を放ちましたが、彼らの報告によればマリオット領のすぐ外に、王国軍の別の部隊が待機しているそうです」
「……後詰めの部隊か」
「そうですね。もし使者からの連絡が長く途絶えたり、あるいは使者からの要請があれば、彼らはイグリーズに攻め込むつもりなのでしょう」
本気だ。王は本気で、聖女を捕らえようとしているんだ。そんなことを実感してしまって、思わず自分で自分を抱きしめるように腕を回す。
と、肩が温かくなった。振り向くと、真剣な顔のセルジュが私の肩に手を置いているのが見えた。彼なりに、私を励まそうとしてくれているのだろう。
「安心しろ、リュシアン。あいつらがいくら攻めてきたところで、イグリーズはお前の聖女印で守られているから大丈夫だ」
しかしセルジュのそんな言葉に、またしてもエミールが恐ろしいせりふを重ねてくる。
「イグリーズを落とせないとなった場合、彼らの矛先が周囲の別の町に向く可能性もあります。見せしめというやつですね」
「さすがに、そこまではしないんじゃないか……?」
「本当にそう思いますか、セルジュ? 今のこの国のありさまを見ても?」
セルジュは返答に詰まってしまった。私も、エミールに賛成だ。ひとまず、イグリーズは守られている。でもマリオット領の他の町や村は、逆に危険にさらされてしまったのかもしれない。
「え、エミールさん! 今から、周囲の町や村の教会とか、順に回れませんか!」
だとしたら、時間はない。人々の祈りの集まる場所であれば、聖女印は発動できる。そうすれば、もっと多くの人たちを守れる。
私のそんな思いをすぐにくみとってくれたらしく、エミールがくすりと笑った。
「リュシアン君、君の気持ちはとても嬉しいですよ。ただ実は、もっといい手があるのです。君にしかできない、そんな手が。お願いしてもいいでしょうか?」
「はい!」
元気よく答えると、エミールは優雅に一礼する。
「それでは、そちらはリュシアン君にお任せするとして……私たちも、できることをしていきましょう。それではみなさん、手はず通りに」
いつの間にか集合していた使用人や衛兵たちにエミールがそう言うと、全員がうなずいてきびきびと動き出した。
「……父さん、手はず通りに、って……具体的に、何なんだ……?」
嫌な予感がすると言わんばかりに、セルジュがおそるおそる尋ねる。
「マリオット領と他領との間の街道を、全て封鎖するのですよ。王宮と、周囲の貴族たちがどう動くか様子を見るために、しばらく引きこもりましょう」
「それって、突然できることでもないですよね。みんな、完璧に手順は頭に入ってますっていう動きでしたし……」
堂々としているエミールにそう突っ込んでみたら、彼は少しも悪びれることなく答えた。
「いずれ、何らかの形で王宮がちょっかいをかけてくる可能性が否定できなかったので、万が一に備えておいたのですよ。実際、弱小の貴族の中には、既に王宮の手のものに押しかけられ、好き勝手されている者もいるようなので」
さっきから強烈な話を聞かされすぎて、目が回ってきた。エミール、本当に色々隠し過ぎだ。
「ですので、物資と人手を集め、みなにきちんと手順を説明しておきました。お前に話すとややこしいことになりそうだったので、黙っていましたが」
その言葉に、ふとセルジュを見る。彼も複雑そうな顔で、こちらを見ていた。数歩下がって顔を寄せ合い、二人でこそこそと話す。
「ねえ、セルジュ。今、聞き捨てならないことを聞いた気がする」
「……ああ。マリオットが兵を集めているっていうあの噂、てっきりあいつらのことだと思っていたら……父さんも噛んでいたなんて」
「……エミールさんが父親っていうのも、大変そうだね。いい人だし、とっても有能だけど、その分なんというか……何をするか分からなくて、心臓に悪いというか」
「理解してくれて嬉しい」
そんなことを話していたら、くつくつと小さく笑う声が聞こえてきた。目の端に見えているエミールの背中は、とてもおかしそうに小刻みに揺れていた。
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