第12話 ちょっとした乱闘
腹ごしらえも済んだので、イグリーズの町をさらにぶらぶらと歩き回る。聖女の話はいったん棚上げすることにして、この町について色々教えてもらいながら。
セルジュはやはり無愛想だけれど、町のことを話している時はちょくちょく微笑んでいた。そんな表情の変化について、たぶん本人は自覚していないのだと思う。
そんな訳で、私たちは意外と和やかに、楽しく散歩できていた。そうこうしているうちに、町はずれにたどり着く。ちょうど、エミールの屋敷から一番離れた辺りだ。
と、セルジュがぴたりと足を止めた。彼の視線は、すぐ前にある細い路地に向けられている。
「ここから先は止めておけ。この裏路地は昼間こそ静かだが、夜になると酒場が一斉に開く。そこに集まる人間の中には、少々荒っぽい者もいるからな。女子供は、昼間でも近寄らない」
「僕、女でも子供でもないけど」
「だが、か弱いことに変わりはない。……やけに見た目が整っていて品があることも、な。俺がついている時ならともかく、一人の時は絶対に立ち入るな」
……本当に彼、私が女だって気づいていないんだよね? さっきといい今といい、やけに私がか弱いって強調してくるし。
それはまあ、私が男性にしては華奢なのは事実だけれど。というか、セルジュと比べたら本物の男性だって、結構な数が『か弱い』に分類されそうな気もする。
「うん、忠告ありがとう。余計なもめごとに巻き込まれたくはないし、気をつけるよ」
色々考えつつ、にっこり笑って答える。その時、路地の奥のほうから足音が近づいてくるのが聞こえた。妙に不規則な、荒っぽい足音だ。
「おうおう、こんなところにべっぴんさんがいるじゃねえか!」
足音の主は、二人の中年男性だった。真っ昼間から飲んだくれていたらしく、ものすごく酒臭い。頑丈だけど埃っぽい服に、がっしりとした革の長靴。町の人たちとは、ちょっと雰囲気の違ういで立ちだ。
二人は私を見てにやりと笑っていたけれど、やがて戸惑ったように首をかしげた。
「……ってなんだ、男じゃねえか、こいつ」
「これくらいきれいなら、男でもいいんじゃねえか? ようそっちの小さい兄ちゃん、俺たちと飲まねえか?」
うわあ、面倒くさいのがからんできた。ルスタの町でも見かけたけれど、こういう感じの酔っぱらいって話が通じないことが多いからなあ。
「あいにくと、彼は俺の連れだ。その頼みは断らせてもらう」
どう断ろうか悩んでいたら、セルジュがすっと進み出た。彼はそのまま、さりげなく私と男たちとの間に割り込んでくれた。
「おい、邪魔だ!」
そして彼の広い背中の向こうからは、明らかにいきりたった男たちの声が聞こえてきた。セルジュの背中に阻まれて何も見えないけれど、ぴりぴりした空気はしっかりと伝わってくる。
そろそろと体を傾けて、セルジュの背後から身を乗り出してみた。さっきまでご機嫌だった酔っぱらいたちは、二人そろって怒りに顔を真っ赤にしていた。……いや、あれはお酒のせいもあるのかな?
「うるせえな、あんたには聞いてねえんだよ! どこの誰だか知らないが、邪魔すんな!」
様子を見ていたら、男の一人がそう怒鳴り、セルジュの胸倉をどんと小突いた。
セルジュの顔を知らないって、この人たちはよそ者なのかな。そういえば彼らの身なりも、旅の傭兵か護衛といった感じだ。
「ああもう、酔いがさめちまっただろうが。むかつくぜ」
「だったらあんたが、俺たちの相手をしてくれよ、な!」
と、すっかり頭に血が上ってしまったらしい男たちが、左右から同時にセルジュに殴りかかる。彼の邪魔にならないよう、とっさに後ずさった。
セルジュは少しもあわてることなく、男たちの攻撃をあっさりとかわす。そうして、次の攻撃に備えて身構えた。思わず見とれそうになるくらいに、鮮やかな動きだった。
それはそうとして、もうすっかり乱闘になりそうだ。辺りには人気もないし、衛兵が駆けつけてくるまではまだかかりそうだし、だったらこの場で何とかするしかないか。
「加勢するよ、セルジュ」
腰のベルトにからめていた革紐を外して、その片端を握る。そうして、セルジュの隣に並んだ。
構えを解くことなく、セルジュがちらりとこちらを見て小声でささやく。
「おい、お前は下がっていろ。これくらいなら、俺一人でも何とかなる」
「あ、やっぱり? でもこの人たちが最初に喧嘩を売ってきたの、僕のほうだよ」
「侮辱された分やり返したいという気持ちは、分からなくもないが……危険だ。下がれ」
そんなことをささやき合っていたら、男たちが同時に殴りかかってきた。弱いほうを狙うなんて、卑怯な奴らだ。
などと思いつつ、軽々とかわす。本人たちは酔いが覚めたと言っていたけれど、まだまだ酒の影響は残っている。動きがぶれぶれだ。おかげで、かわすのも楽でいい。
そうして、手にした革紐を構え直した。この革紐の両端には、革でくるんだ金属板が縫いつけられている。振り回してぶつけてもいいし、何かにからみつかせてもいい。色々な使い道があるし目立たないので、普通の武器よりも便利なのだ。
狙いを定めて大きく踏み出し、革紐を振り回す。革紐は男の一人の足首に、見事にからみついた。ちょうど、両足をまとめて束ねるようにして。
「うおっ!?」
鈍い音と共に、男がばたりと倒れ込む。立ち上がろうとしたので、馬乗りになって腕をひねり上げた。
するとすぐ横で、また鈍い音がする。そちらを見ると、もう一人の男がうつぶせで倒れていた。その向こうには、蹴りを繰り出したばかりのセルジュの姿が見えた。またしても、見事な構えだ。
私と同じように男を取り押さえながら、セルジュがぼやく。
「……まったく、口ばかりだな。酔っているとはいえ、一撃で決まるとは思わなかった」
「強いね、セルジュ。よく鍛えてる、いい動きだった」
そう褒めたら、彼はちょっぴり赤くなった。その拍子に、男を押さえている手に力がこもってしまったらしく、彼が組み敷いている男がうめき声を上げた。
「いや、まあ……それを言うなら、お前も意外と動けていたな。無事でよかった」
意外と、って。ちょっと失礼かも……なんて、彼は素直に褒めてくれただけなんだろう。それに、私が弱く見えるのも当然といえば当然だし。
「まあね、僕は僕なりに訓練しているから」
ちょうどその時、騒ぎを聞きつけたらしい衛兵たちが駆けつけてきた。そうして一斉に、ぎょっとしていた。
裏路地の入り口で、地面に伏した男たちを取り押さえているセルジュと私。その姿が、予想外だったらしい。「どうしてセルジュ様がこんなところに」「何が起こった?」などと、顔を突き合わせてひそひそしていた。
彼らはそれでもどうにか気を取り直して、男たちを連れていってくれた。それを見届けて、セルジュがふうと息を吐く。
「さて、俺たちも移動するか」
「そうだね。衛兵以外も集まってきちゃったし……」
そう話し合う私たちの周囲では、たくさんの声と拍手が飛び交っていた。いつの間にか、近くの家々の窓や扉があちこち開いて、おかしそうな顔がたくさんのぞいている。
どうやら、近所の住民が私たちの戦いっぷりをこっそり陰から見ていたらしい。無事に男たちがいなくなったので、住民たちは惜しみない拍手と歓声を私たちに浴びせにかかったようだった。
「……思ってたより、たくさん人がいるんだね、ここ……」
「この辺りには、裏路地で働く者も住んでいるからな」
気まずいようなくすぐったいような表情で、セルジュとそんなことをささやき合う。そうしてそそくさと、その場を立ち去った。拍手と歓声を、背中で聞きながら。
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