愛してくれてありがとう、お互いにね

これはブリーダーの仕事をしていた頃のお話です。


働いていた会社はブリーダーとペットショップを経営しており、関東を中心にお店を展開していました。

私の職場はブリーダー業でしたが、ペットショップで体調不良になってしまった子を完治するまで預かるという役割も兼任していました。

そして、今回お話する子猫…この子もまたそのような事情により、私の職場にやって来たのでした。


子猫はペットショップにて過ごしていた際に、嘔吐と下痢を繰り返してしまい、病院にて検査を受けたところ猫伝染性腹膜炎と診断されたそうです。

この病気は子猫に多く、糞便や唾液中に排出されたウイルスによって、他の猫にも感染します。

そして残念なことに、致死率は100%とされ不治の病と言われています。

(近年は研究が進み、治療法が見つかってきているようです)


ブリーダーやペットショップにおいて、感染する病気は致命的です。

私たちは他の猫たちに感染しないよう子猫を隔離することに決め、物置として使っていた小さな一室を子猫のために使うことにしました。

どんなに弱った子が来るのだろう…

そんな不安と緊張を抱えていた私たちでしたが…連れて来られた子猫は予想に反して元気が良く、本当に病気なの?と疑問に思うほどの活発さでした。


子猫はアメリカンカールの女の子。

ドライフードは一切食べず、缶詰のトロトロとしたものしか食べなかったので、自然と従業員の間で“トロちゃん”と名前が付けられました。

とても人懐っこく、従業員が部屋に入ると、抱っこして!と足にしがみついてくる姿がとても愛らしかったです。

そんな風に一見してトロちゃんは元気いっぱいではあったものの、体はガリガリでとても細かったため、ご飯の回数を増やして下痢や嘔吐をしないように、量を調整しながらお世話をしていました。

また、体調に異変がないか一日の様子なども従業員同士で把握できるよう、毎日報告し合う万全の体制を作りました。

私は定期的にブラッシングをしてあげたり、濡らしたタオルで体を拭いてあげたりと、清潔に過ごせるようにお手入れしました。


そうしてお世話していた結果、発症してから数日~1ヶ月以内に亡くなると言われている病気を抱えながら、トロちゃんは1カ月を超えても元気に過ごしていました。

隔離してから1か月以上が経つ生活。

私たちがお世話しているとはいえ、狭いところにずっと一匹でいる様子も心苦しく、もしかしたら病気というのは誤診なのではないか?とこの頃には思い始めました。


そこで、本社に今の様子を伝えるとともに、再度病院で検査をしてほしいと頼んだのでした。

その後、1週間後に迎えに行きますと返事をもらうことができました。


しかし…本社は激務なのに加えて人手不足に陥っていましたので、トロちゃんを預けたとしても、きちんとお世話をしてもらえるのだろうか?という一抹の不安が私たちにはありました。

それでも、病気が陰性なのが証明されればまた改めて飼い主を探すことができます。

トロちゃんを隔離から自由にしてあげたいという切実な思いがありました。


そして、お迎えまであと5日というときです…トロちゃんの様子に異変が起こったのです。


トロちゃんがご飯を食べません。

いつもの大好きな缶詰をあげても一口、二口食べるだけで止めてしまいます。

違う缶詰をあげると、半分ほど食べてくれたりもしましたが、次には食べなくなってしまいます。

この日から急激に容態が悪化していきました。

シリンジで半ば強制的に給餌することもありました。

更に足元もおぼつかなくなり、フラフラして倒れてしまうことも増えました。

先日まであんなに元気だったのに…

やはり病気だったのだと、認めなくてはならなくなりました。


ある日、出勤していたAさんという従業員の方から報告がきました。

それはトロちゃんの容態に関する連絡で、トロちゃんが夕方には起き上がることもできなくなってしまい、ペットヒーターで体を温めるようにしたという報告でした。

嫌な予感がした私は、翌日いつもより早めに出勤して、トロちゃんの様子を見に行きました。


部屋に入ると、ペットヒーターの上で横たわるトロちゃんがいました。

しかし…そのトロちゃんには生気は感じられず…

身体に触れると、既に冷たくなってしまっていたのでした。


「一人で逝かせてしまってごめんね。頑張ったね。お疲れ様でした。」


私はガリガリに痩せてしまったトロちゃんを毛布にくるんであげると、段ボール箱に入れて安置し、亡くなったことを従業員と本社に連絡しました。

お迎えまであと2日というところでした。


後日、従業員のみんなで話したことがあります。

「トロちゃんは本社に行きたくなかったんだね。」

「お迎えが決まってすぐ、容態が悪化しちゃったものね。」

「隔離された生活だったけど、ここが気に入ってたのかもしれないね。」

本社に行くことが決まってからのあっという間の出来事でしたので、そんな風に思えてしまう私たちなのでした。

何もしてあげられない、かわいそうだと悩んでいましたが、動物のために心を込めてお世話をすることには意味があるのだと、ちゃんと伝わっているのだと教えてくれたトロちゃんでした。


寂しかっただろうな…

もっと人のぬくもりが欲しかっただろうに…

他の猫たちと遊んでみたかっただろうに…

それでも、ほんの少しでも愛情が伝わっていたら嬉しい。

また生まれ変わって幸せになってくれることをただ願うばかりです。



そして、このトロちゃんの話には後日談がありますので、次回お話しようと思います。

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