第23話 突然変異

 清掃作業は概ね順調だった。モンスターの処理もスライムの処理も、分担しているおかげか単調作業だ。


「このまま、何も無ければいいけど……」

「そう言えば、まだアークデーモンしか見ていないですけど、別のモンスターもいるんですよね?」

「そうね。キラーデーモン、っていうアークデーモンの物理版みたいなのがいるらしいわ」

「魔法だと動きが激しくないからいいですけど、そっちは厄介そうですね」


 五郎と結衣は不安そうに私を見る。かと言って、ここで不用意に楽観的なことを言わない方がいいだろう。油断は死に直結するものだ。蘇生手段が無いわけではないが、お金を無駄にしていい理由にはならない。


「そうね。おそらくアークデーモンの数倍は厄介な敵よ。あまり油断しないように。もしかしたら、魔法も使えるかもしれない。魔法を使ったからと言って、油断しちゃダメよ」

「「わかりました!」」


 そのまま先へと進み、同じようにアークデーモンを処理し――。


「待って、そいつは違うわ!」

「えっ? きゃっ!」


 五郎が火球を防ぐのと同じタイミングで結衣が背後から狙う。そのアークデーモンは振り向きざまに裏拳を放つ。完璧なタイミングで捉えられた結衣は回避が間に合わず被弾。そのまま壁際まで吹き飛ばされた。


「うぐっ。すみません……」

「まったく、だから油断するなって言ったでしょ」


 二人は気付かなかったようだが、先ほどの火球はアークデーモンの魔法にしては小さすぎた。私が声をかけなければ、結衣は回避行動すら取らずに致命傷を負っていた可能性すらある。


「五郎は結衣を手当てして。こいつは私がやるわ」


 前に出て、彼を下がらせる。結衣に駆け寄ったのを確認して、キラーデーモンに向き直る。


「さて、お手並み拝見と行きましょうか!」


 私の言葉に応えるように、火球を放ち距離を詰めてくるキラーデーモン。弾き飛ばした火球の爆発に紛れ、背後へと回る。手刀を振り下ろすも、後ろに回した左上により防がれてしまった。


「さすがに、この程度は反応できるか」


 距離を取り、直後に攻めを再開。だが、どの方向から攻撃しても、たやすく防がれてしまう。


「どうなってるのよ。中層のモンスターの反応速度じゃないわ。仕方ない、これで……」


 私は、巨大なデッキブラシを取り出して身構える。デッキブラシ、とはいうものの、見た目は巨大なハンマーに文字通り毛が生えたような形をしている。


「これでも食らえっっ!」


 雷をまとったデッキブラシがキラーデーモンに迫る。それを受け止めようとするキラーデーモン。圧倒的な雷撃と重撃の前に、その程度の防御など全くの無意味だった。


 ズドォォォォォン


 轟音と共に吹き飛ばされ、壁に当たり黒いシミとなるキラーデーモン。……黒いシミ?


「何でシミになってんのよ……。これは……?!」


 キラーデーモンだったもののシミ。それはスライムだった。なぜデーモンがスライムになったのか、それは分からない。だけど、嫌な予感を胸に、私たちは奥へと進んでいく。


 少しずつ増えていくキラーデーモンを処理しつつ、たどり着いた先の部屋。その扉の隙間からはコールタールのような黒いどろりとした液体が漏れていた。


「この中、ヤバそうなんですが……」

「行かなきゃダメですかね?」


 五郎と結衣は扉を見た瞬間から腰が引けていた。だが、私の様子を見て、行くしかないと悟ったのだろう。左右に分かれてゆっくりと扉を開いていく。


「うわっ。これは酷いわね」

「げげっ。何だよこれ」

「きゃっ」


 部屋の中を見た私たちは、思わず声が出てしまった。何しろ、中は黒い汚泥のようなスライムが所狭しと蠢いているのだ。それらが、部屋の中に湧いたアークデーモンにとりついて、中に入っていくのが見えた。


 シャッシャッシャッ!


 スライムにとりつかれたアークデーモンはキレッキレの動きで謎の反復横跳びをして部屋から出ていこうとする。それをデッキブラシで部屋の中に向けて吹き飛ばした。


「よし、私がスライムを吸い取っていくから、二人はスライムにとりつかれる前にアークデーモンをしばいてちょうだい」

「「はいっ!」」


 私は掃除機をフルパワーモードにすると、次々とスライムを吸い取っていく。魔石もすぐに無くなるので、わんこそばのように魔石を掃除機にセットしていく。

 一方、結衣は湧いた瞬間にアークデーモンの首を次々と落としていく。死体にもスライムが群がろうとするが、五郎が死体を次々に袋に詰め込んでいく。


 こうして、五分とかからず部屋の中のスライムを全て片付けることに成功した。


「やっと終わったわね。まさか、キラーデーモンの正体がスライムによって変異させられたアークデーモンだったなんて……」

「スライムにそんな特性があったなんて、初めて知りました……」


 おそらく誰も知らないだろう。今までスライムは、ダンジョンの環境を整えるだけで、基本的には無害だと思われているからな。このことが公になったら、探索者協会も対応を考える必要が出てくるだろう。


「横浜支部長は更迭でしょうね」

「でも、中層に行ける清掃員なんて、そんないないんですよね?」

「関係ないわよ。こうして私が掃除してしまった以上、できなかったとは言えないからね」


 まあ、費用面で可能だったかどうかは別の話だろう。お役所仕事は、金は出さないけど結果は出させるのが普通らしいからね。政治家とか偉い人は結果は出さないけどお金は出させるのが普通らしいけど……。


「とりあえず、これで掃除は完了。あとは報告に戻るだけ」

「ボスは、行かないんですか?」

「行かないわよ。アンタたち二人は瞬殺だろうしね」


 残念そうにする二人を追い立てるように、ダンジョンから出る。何やら受付が騒がしくなっていた。


「何かあったんですか?」

「ああ、影野さんですか。お仕事の方はどうですか?」

「無事完了いたしましたよ。それで、一つご報告したいことがありまして……」


 私がスライムの件について報告しようとすると、受付嬢に止められてしまった。


「あ、すみません。そちらは後日、お伺いいたします。ちょっと別件で慌ただしくなっていまして……」

「何かあったんですか?」

「はい、本日、FランクからCランクに一気に上げた探索者が現れまして……。それの認定手続きやら、期待の星だと持ち上げるマスコミへの対応やらで、大変なんです!」


 FランクからCランクに。しかも、口ぶりからパーティーでなく単独。普通なら考えられないことだろう。条件はパーティーと変わらないので、単独CランクはパーティーだとBランク相当はあるはずだ。


「それで、誰なんですか? その探索者は」

「それが……。先日不祥事のありました。桜井悠斗さんなんですよ」


 それを聞いた私は、思わず顔を引きつらせてしまうのだった。




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