第22話 はじめての中層

「グルアアアアアア!」


 デーモンロードは雄叫びを上げて身体を震わせる。すると、肩の辺りから追加で二本の腕が生えてきた。


「第二形態か。珍しいわね」


 こいつの第二形態を見るのは初めてだ。普段は一撃で終わるから見る機会など一度もなかった。どうやら、第二形態は腕が四本になって対応力が上がるみたいだが……。五郎たちにとっては、より厳しい戦いになるだろう。


 パワーアップしたロード。だが、それに怯むことなく五郎は盾を構えて距離を詰めていく。その彼にロードの五本の炎の矢と巨大な火球が迫る。物理、魔法、どちらもこなせるロードだが、わずかに魔法の方が得意なせいか魔法攻撃を選択する確率が高いようだ。


「うおおおお!」


 五郎は盾で炎の矢を止め、剣で火球を振り払う。さらに距離を詰めて盾をロードに叩きつける。


「グッ、コシャクナ!」

「まだまだぁぁぁ!」


 先ほどまでの苦戦はどこへやら、腕が四本に増えたにもかかわらず、五郎は完全にロードを押していた。苛立って大剣を無造作に振り回すロード。だが、今の彼にとって、それは単に隙を作るだけのものだ。バックステップで大剣をかわし、その反動で剣を脇に構えながら、ロードの懐へと潜り込む。


 それだけではない。背後で隙をうかがっていた結衣も彼の動きに合わせて背後から首筋に目掛けてナイフを振るう。五郎の剣がロードのみぞおちを、結衣のナイフがロードの首筋を、それぞれ貫いたのは同時だった。


「グヌゥ、ダガ、ワレハ、ロードノ、ナカデモ、サイジャク……」


 そう言い残して、ロードは塵となって消えた。後にはひと際大きな魔石と、ロードの手に持っていた大剣だけが残されていた。


「お疲れ様。なかなか良かったんじゃないかしら」

「そんなこと言って、彩愛さんなら余裕じゃないんですか?」

「そんなことないわ。アイツの第二形態なんて見たの初めてだしね」


 嘘は言っていない。一撃で死ぬから第二形態を見る暇がないだけだ。だが、五郎も結衣も、なぜか疑わしそうに私を見ていた。


「信じられないな。けど、嘘を言っているようにも見えない……」

「もちろん、嘘は言っていないわよ」

「まあいいや、これで中層に行けるんだろ?」


 彼の言葉にうなずき、顔をほころばせる。


「でも、中層はこれまでとは段違いに敵が強くなるわ。油断したら一瞬で死ぬわよ」


 実際のところ、それを実感したことは一度もない。だが一般的に、そう言われているのは知っていた。いわゆる受け売りというものだ。


「わかってるよ。でも、魔法さえ気を付ければ大丈夫なんだろ?」

「以前はね。今は対策されているから、そんな簡単な話じゃないはずよ」

「なん、だと……?! もしかして、騙されたのか?」


 私の言葉を聞いた五郎がショックで地面にひざまずく。


「ま、まあ、しょせん中層だし。私が前に掃除した時は上層とあまり変わらなかったわ」

「そ、そうなんですか……」


 ゆっくりと立ち上がる五郎は、少しだけ張りつめた様子が鳴りを潜めているように見えた。


「まあ、話していても埒が明かないし、さっさと行くわよ」

「「はい」」


 私たちは階段を下りて、中層へと突入する。中層に入ると、上層の岩などがむき出しになった壁とは異なり、レンガや土壁のような整った形のものに変わる。二人が初めてということもあり、ゆっくりと進んでいくと、奥にアークデーモンが一匹見えた。


「まずは、お手本で私がやるわ」


 初めての二人を後ろに下がらせて、一人前に出る。実力差を考えると、武器を使ったらお手本にはならなくなってしまうだろう。そう思ってほうきとちり取りをしまう。


 ゆっくりとアークデーモンに向かって歩みを進めると、相手も気付いたのか巨大な火球を発生させる。さすがは中層だけあって、火球の大きさもデーモンロードより一回り大きくなっていた。


「あれは流石に素手じゃ無理かなぁ」


 アークデーモンから放たれた火球は一直線に私に向かってくる。回避するのが楽ではあるが……。後ろの二人を考えれば悪手だろう。

 すかさず懐からヘラを一本取り出し。タイミングを合わせて左から右へと振り抜く。打ち返された火球はアークデーモンの脇をすり抜けて奥の壁に当たり爆発した。


「よそ見している場合かしら?」


 魔法をはじき返された上に、危うく自分に当たりそうになったことで、アークデーモンは目を見開いて顔を歪ませる。それに気を取られたアークデーモンの死角に素早く移動。そのまま手刀でアークデーモンの首を切り落とした。


「ッッ……」


 断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、アークデーモンは驚愕した表情のまま絶命した。悪魔系モンスターの良い所は、切っても血が出ないことである。こうして首を切り落としても、返り血一つなくキレイなままだ。胸にはめ込まれた魔石を引っこ抜いて二人の所に戻る。


「ま、こんなものかな。どう? だいたい分かったでしょ」

「えっ、いやいや。分かりませんし。参考にもならないですよ……」

「マジで、何があったかもわからなかったです……」


 感想を聞いてみたけど、二人ともダメという。体術だけで忍術使っていないんだけど。


「まあ、お手本を見てもらったところで、さっそく実戦に入りましょうか。私は上層と同じ、スライムに対応するから、二人は他のをよろしくね」

「「えっ、えええぇぇ?!」」


 仕方ないので実戦で慣れてもらおうと、作業に入ることにした。上層と同じように手分けをしてとりかかろうとしたら、二人が叫び声を上げ、不安そうな表情になっていた。


「大丈夫よ。いざとなったら手伝うから!」


 無理矢理、二人を納得させて作業に入ることになった。二人も、私がいざという時に助けてくれると聞いて、少しだけ安心したようだ。

 こうして、二人はアークデーモンと戦うことになったのだが、最初のうちは慣れていないせいか時間がかかっていた。だけど、次第にスムーズなっていき、最終的には五郎が魔法を盾で受け止めた隙に、結衣が背後から首を落とすという形でスムーズに倒せるようになった。

 私も掃除機をかけながら、二人の様子を見ていた。だが、苦戦するほどでもなく、私が手を出すような余地などなさそうだ。


「まあ、問題はもう一つの方かな……」


 アークデーモンに混じって現れるキラーデーモン。物理特化のような動きをするモンスターは私にとっても未知数。そいつが現れてからが、中層の掃除の本番だろう。

 倒し終わって笑顔でハイタッチする二人を見ながら、スライムを吸い取るのだった。

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