第21話 故障

 私たち三人は、スライムを吸い取り、上層にいるインプたちをしばきつつ中層を目指す。インプと一口に言っても、魔法の得意属性によって色が異なっている。と言っても、それだけで能力に大した違いはない。


「スライム吸い込むときにはコアだけを吸い込むようにしなさい」

「えっ、何でですか? 彩愛さんは普通に吸い込んでいるじゃないですか」

「私のは大丈夫よ。アンタのはダメだから言ってるの」


 五郎に忠告してあげているにもかかわらず、彼は聞き入れてくれなかった。何より、私が普通にスライムを掃除機で吸い取っているのも、それを助長していた。


「ほら、この掃除機でも普通に吸い取れるじゃないですか! 僕の活躍に嫉妬しちゃってるんですか?」


 一気に軽薄な雰囲気になった五郎。そのお調子者っぷりに、ため息が漏れる。


「いやいや、今は大丈夫でも、そのうちダメになるよ」

「ふふん、そんな言葉には騙されませんからね!」


 そう言って、五郎はさらに調子に乗ってスライムを吸い込んでいく。見る見るうちにスライムが片付いていくのはありがたいのだが……。


「あ、あれ? 掃除機が動かなくなっちゃいましたぁぁ!」


 突然、五郎の掃除機が停止して、うんともすんとも言わなくなった。さらにはうっすらと黒い煙まで立ち上っている。


 彼の掃除機のライフはもうゼロよ。


「ああ、やっぱり壊れちゃったかぁ」

「ど、どうして……」

「掃除機って、何でも吸い取れば良いと思っているでしょうけど、液体は吸い取っちゃダメなのよ」


 五郎は意外そうな表情で私の掃除機を見つめる。


「でも、彩愛さんの掃除機は全然平気じゃないですか! 同じ会社の製品なのに!」

「それは、私のは乾湿両用掃除機だからよ。この掃除機は液体も吸い取ることを想定して作られているの。だから大丈夫なのよ」

「そんな! 吸太郎きゅうたろう! 吸太郎きゅうたろうぉぉぉぉぉ!」


 お亡くなりになった掃除機を抱きしめるように抱えて、五郎は咽び泣く。というか、名前まで付けていたんだ。ちょっとキモイんだけど。

 よく見たら、私だけでなく結衣まで半眼になっていた。このまま泣かれても仕事の邪魔なので、肩をすくめてから彼の背中を叩いた。


「ほらほら、悲しむのは後にしな。今はまず、掃除が優先!」

「ぐすっ、あ、はい……」


 動かなくなった掃除機を背負い、五郎はゆっくりと立ち上がる。その表情に悔恨は見られなかった。

 その後は私がスライムの処理をして、五郎と結衣でインプを討伐するという役割分担で進んでいく。彼らの協力のお陰もあり、予想以上にハイペースで上層ボスであるデーモンロードの部屋へとたどり着いた。


「デーモンロードもゴブリンロード程じゃないけど仲間のインプを呼ぶわ。だから、アンタと結衣はデーモンロードを、私がインプを処理する。それでいいわね?」

「えっ? 逆じゃないんですか?」


 明らかに私が戦った方が早いと言いたげな五郎。この程度の相手、当然ながら一人でも討伐可能だ。だが……。


「アンタたちを鍛えるという意味もあるの。頑張って倒しなさい。言っておくけど、ゴブリンロードよりも手ごわいわよ」


 ゴブリンロードは本体の戦闘力はそれほど高くない。その代わり、取り巻きを大量に呼び出すから厄介なのだ。一方、デーモンロードはさほど仲間を呼ばない代わりに本体が肉弾戦も魔法も得意とする。


「いつでもいいわよ」

「それじゃあ……、いきますっ!」


 五郎がデーモンロードに突撃すると、さっそく取り巻きを召喚し始めた。ゴブリンロードは雄叫びによって、フロア内のゴブリンを呼ぶという設定だが、デーモンロードはランダムに魔法陣を展開し、召喚を行うと言う設定になっている。


「さて、それじゃあ……。忍法、連鎖ちり取り手裏剣の術」


 私が左手に持ったちり取りを投げると、インプの首を次々に刈り取っていく。戻ってくるちり取りをほうきで打ち返して、追加のインプも実体化する時には首と胴が離れていた。


「これだと両手で戦えるから楽だわ」


 ファンネルのように私の周りをクルクル回りつつ、ちり取りは次々とインプを屠っていく。それをくぐり抜けてきたヤツはほうきで吹き飛ばす。そいつは次の瞬間には壁に当たってバラバラになっていた。


「さて、五郎たちはどうかしらね……」


 文字通り処理する形になった私は、彼らの戦いを見守ることにした。



「ククク、シネェェェ!」


 初手、ロードは五本の炎の矢を放った。三本は五郎の盾によって防がれ、一本は彼の剣に斬り落としつつ接近する。残り一本は結衣の方へと向かったが、難なく回避した。

 彼を迎え討つために右手の大剣を横薙ぎにするロード。それを盾で滑らせつつ、脇腹に剣を突き払った。


「よしっ」

「バカナ! オレニキズヲ!」


 格下だと思っていた人間に傷を負わされたロードは雄叫びと共に火球を放つ。それを五郎は盾で受け止めると、その爆発の勢いを利用して後退。爆発によって塞がれる視界。その死角からロードの右手にナイフを二本とも突き刺す。


「コミムシドモメ!」


 痛みにより叫び声を上げるロード。彼女を追い払おうと大剣を振るう。だが、そこに彼女の姿は無く、背後に回られた後だった。そのまま両手のナイフで、羽を切り裂く。


「グアアアア! オ、オノレ! コシャクナ!」


 怒りにより冷静さを失ったロードは結衣を追い払うために振り向いて大剣で薙ぎはらう。その攻撃をバックステップでかわす結衣。その隙を五郎は見逃すはずもなく、背後から上段に構えた剣を振り下ろし――。


「バカメ!」


 ロードの後頭部に現れる火球。勢いの付いた剣は、そのまま火球へと吸い込まれ。


 巨大な爆発を伴って、彼の身体を吹き飛ばした。一方のロードは爆発の影響など無かったように火傷一つ、焦げ目一つ付いていなかった。


「ククク、オノレノマホウデ、キズツクワケガナカロウ!」

「くそっ」


 勝ち誇るロードに五郎は悔しそうに歯噛みする。体制を立て直したロードに、先ほどまでの油断は一切無かった。五郎と結衣はロードを挟み撃ちするような位置取りであったが、ロードの隙がなく攻めあぐねていた。


「やれやれ、大苦戦ね」

「すみません、彩愛さん」

「まだやれるわよね?」

「もちろんです!」


 さすがに、この程度で戦意を喪失することはないらしい。二人とロードの戦いは、第二ラウンドへと突入しようとしていた。




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