第20話 スライム大繁殖

 名古屋での騒動も一応は収束した。私は五郎、結衣、愛菜、花蓮と共に東京へと帰ってきた。久々の出張で疲れていた私は自宅へと直行して、その日は泥のように眠った。


『はい、影野ですが』

『すまんね。急ぎで仕事を頼みたいのじゃが。まずは説明をしたいので、本部まで来てくれんかの』


 翌日、電話の着信音で起こされた私が電話に出ると、探索者協会の本部長だった。彼は言いたいことだけ言って、私の返事を待たずに電話を切ってしまった。


「まったく、何なのよ! せっかく休めると思ったのに……」


 だが、本部長の頼みとあれば断るわけにもいかず、渋々本部へと足を運んだ。受付に話をすると、すぐに本部長の部屋へと通される。そこには、なぜか五郎と結衣がソファに座っていた。


「何で二人が……」

「影野さんの部下だって聞いたんだが。ついでに話をしておいたんだよ」

「そうですか……」


 余計なことを、と思いつつ、ソファに腰かける。秘書代わりの受付嬢がお茶を出すと、本部長が話し始めた。


「わざわざ来てもらってすまんね」


 ホントだよ。謝るくらいなら最初から呼ばないで欲しいんだが。その言葉をグッと飲み込み続きを促す。


「それで、急ぎの仕事なんじゃが、横浜ダンジョンでスライムが大量発生したらしくてな。それの駆除をお願いしたいのじゃ」

「スライム大量繁殖って、また掃除サボったんですか?」


 私の言葉に本部長がうなずく。基本的にダンジョンをきれいにする役割はスライムが担っている。ダンジョンによってはジャイアントローチの場合もあるのだが、それは置いておくとする。


 ダンジョンは自然な状態であれば、スライムによってきれいに保たれる。だから、ダンジョン黎明期には清掃員などは必要なかった。


 では、なぜ清掃員が必要になったかと言えば、探索者が原因だった。探索者がモンスターを討伐して死体を放置する。ポーションの瓶も投げ捨てる。果ては探索者の遺体すらも放置されることもある。それらの過剰なゴミを処理するためにスライムやジャイアントローチが急激に繁殖してしまった結果が、今回の横浜ダンジョンだ。


「やれやれ、あふれ出してからじゃ遅いんですけどね。また、オーバーフローでも起こすつもりですか?」

「いやいや、そんなことはないのじゃ。今回の件で、横浜ダンジョンの管理者は懲戒処分になったからの」


 ダンジョンの二大災害の一つ、オーバーフロー。ダンジョンの魔力が暴走してモンスターがあふれ出すスタンピードと比べるとマイナーではあるが、厄介さ、という意味ではさほど変わりはない。違うのは、あふれ出すのがスライムやジャイアントローチのみというだけだ。


「それで……。現在のレベルはどのくらいですか?」

「それが、レベル四だと我々は見ているのじゃ」

「何で、そこまで放置されたんですか!」


 レベル四と言えば、オーバーフローであるレベル五の一つ手前だ。普通はそこまで放置されることはない。なぜなら、その前にダンジョンに入る探索者からクレームが入るからだ。


「あそこは悪魔系ダンジョンがメインじゃろ? アークデーモン狩りのせいじゃ。そいつに混じってキラーデーモンという物理特化のヤツが出るようになったのじゃ」

「なるほど、定番の経験値稼ぎができなくなって、一気に不人気ダンジョンになったということですね」

「そうじゃ、だが中層までいける清掃員が見つからなくて放置されていたらしいんだがの」


 中層に行くためには、上層のボスを倒す必要がある。だが、上層のボスであるデーモンロードは物理と魔法、両方をそつなくこなすモンスターだ。それに対応できる清掃員は多くない。

 支部長はため息をつくと、前のめりになった身体から視線だけ上げる。


「そういう経緯じゃ。上層にやってきたスライムは適宜掃除しているんじゃが。大本を何とかしないことにはいたちごっこなんでの」


 私を見つめる彼の目は、拒否することを許さないと明確に主張していた。ため息をつきたい気持ちを瞑目して抑えてから、彼の目を見て答える。


「わかりました。お受けしましょう」

「助かるのじゃ。これが終わったら、しばらくは休暇を取れるように善処しようぞ。報酬も多めに準備しておくのでな」


 私は五郎と結衣の二人を連れて協会の建物を後にした。その足で横浜へと向かうために渋谷駅へと向かう。東海道線直通の湘南新宿ラインで一本であることを考えると、便利になったものだ。電車に乗ってしばし、私は一番の懸念を聞いてみることにした。


「二人は仲直りしたみたいね。無事に付き合うことになったのかしら?」

「えっと、あのあと話し合って保留になりました。お互い別に好きな人ができてしまったので……」


 結衣に「あの晩、二人でやりまくったんでしょ?」などとは言えなかった。私が経験豊富なのはペーパーテストの上だけなのだから仕方ないだろう。辛うじて「そうなのね……」と言うのが限界だった。一気に重苦しくなる空気。思い出したように結衣が話題を切り替えた。


「そうそう、彩愛さんの必殺技? 凄かったですよね。あれを使えば、どんな相手でも倒せそう」

「それは無理ね」

「えっ、何でですか?」


 あの技は確かに強力だ。だが、そうやすやすと使えるものではない。


「隙が大きいからね。戦闘中は難しいのよ。それだけじゃないのよ。ほら、今は付けてなくてこれよ」


 そう言いながら、結衣の手を胸まで持ってくる。


「ぜ、絶壁……」

「絶壁言うな! まったく、あれを使うとこうなるのよ。これでも、普段はBカップなんだからね!」


 降魔鬼神撃を使うことの代償、それは私のおっぱいだった。これのせいで毎日毎日揉んでも揉んでも、すぐに絶壁になってしまう。連続使用もできなくなるという、使い勝手の悪い技なのだった。


「そういうわけだから、しばらくの間は使うことすらできないわ。地道に頑張るしかないってこと」

「そっか、残念……」

「大丈夫です。僕が二人を守ってみせます」


 そんな話をしている間に、電車は横浜駅へと到着した。そのまま桜木町駅との間にある横浜ダンジョンの入口へと向かう。


 ダンジョンの入口に着いた私たちは受付を済ませてダンジョンに入る準備を整える。今回、私は背中に掃除機の本体を背負っていた。


「あれ? 彩愛さん、掃除機は効率悪いって言ってませんでした?」

「スライムは不定形だから、掃除機で吸い取る方が楽なのよ。でも、五郎は使わない方がいいわ」

「だ、大丈夫です。こういうこともあろうと魔石は買い足してますから!」


 五郎の掃除機でスライムを吸い取るのは難しいのだが、本当に大丈夫なのだろうか……。


◇◆◇


こちらの作品ですが、大幅改稿して、新たに連載開始いたしました。

ストック分は今後公開していきますが、こちらの作品も読んでいただけますと幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/16818093090308992860

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