第19話 孤立する悠斗

 翌日、私たちと悠斗パーティーは揃って探索者協会に集められた。もちろん、昨日の顛末を説明させるためだ。今日は受付嬢だけでなく、支部長も同席している。


「さて、まずは凶獣ですが、討伐されました?」

「はい、凶獣の方は無事討伐いたしました。本気を出し過ぎて、証拠が残っていないのですが……」


 まあ、実際は隣にいる五郎が凶獣だったわけだが、それを馬鹿正直に伝えるわけにはいかない。幸いにも、降魔鬼神撃を使った時の光が周囲の人間にも目撃されている。


「それならば仕方ありませんね。暫定A級のモンスターでしたし、極大魔法の使用もやむなしだったのでしょう。いや、何であなたが探索者じゃないのか……」


 極大魔法――S級探索者の一部が使うと言われている戦略級魔法によるものだと思われているようだ。実際は極大魔法ではないので、過大評価されても困るのだが。


「戦うのが苦手、それ以外に理由はありません」

「理解不能ですが……。まあ、本人の希望は最優先ですが、もったいないですな……」


 残念そうに肩を落とす支部長。だが、それは過大評価というものだろう。私としては、五郎相手に奥の手まで使う羽目になったのだから。


 そんなことを考えながら、チラリと五郎の方を見る。昨日までとは打って変わって、自信のある雰囲気を醸し出していた。


「ヤったわね……」


 出し抜かれたようで癪ではあるけど、努めて冷静を装う。もう昨日のような忍術では彼の動きを止められないだろう。


「まあ、凶獣討伐の件については理解した。ひとまず対応してくれたことについて感謝する。さて、次はお前たちのことだが……」

「「ひっ」」


 私に対して軽く頭を下げ、悠斗パーティーの方へと目をやる。愛菜と花蓮は、それだけで短い悲鳴を上げて身体を強張らせる。この支部長も、物腰が柔らかそうに見えるが、熟練の探索者である。普通の人間であれば、彼ににらまれただけですくみ上ってしまうだろう。


「なんだよ、俺は悪くねえぞ! 俺たちだって探索者なんだ。凶獣討伐に参加して、文句を言われる筋合いはねえ!」


 だが、それに怯まない者も当然いる。果たして彼はバカなのか、強者なのか。まあ、前者だろうな。机を叩き、支部長を指差しながら、唾を飛ばして叫んでいる姿は滑稽ですらあった。


「知らないかもしれんが、凶獣は暫定とは言えAランク。Dランクのお前たちでは足手まといにしかならんというのが分からんのかね?」

「それは、お前らがCランクに上がるのを渋っているからじゃねえか。本来なら俺たちはCランクなんだよ!」


 まくしたてて机を叩き、怒鳴り散らす悠斗。だが、支部長は腕を組んで静かに聞いていた。そして、彼の言い分を全て聞いた後に、大きなため息をついた。


「ふう、本人たちは理解しているだろうと思って、追及されなければ見逃してやろうかと思ったのだがな。そこまで言うなら、あえて訊くとしよう」

「な、何をだよ! ちゃんと目的のアイテムは提出しただろ? 間違いなく本物のはずだ!」


 支部長に詰め寄りながら、彼は私たちをにらむ。だが、ここで私から言うことなど、何一つない。


「あのアイテムは本物だ。それは保証しよう。だが鑑定した結果、取得者が影野彩愛と山本五郎の二人の名前しかなかったのだが、どういうことかね?」


 彼は知らなかったのだ。ランクアップのために討伐を行う場合には、一定の範囲内にいる必要があることを。これまでは、パーティーに入れていない状態だったとしても同行はしていたのだろう。だから、取得者として自分たちの名前が登録されていた。


「そ、それは……! いや、それは俺たちが手に入れたアイテムだ!」


 嘘は言っていない。何から手に入れたか、それを言っていないからだ。だが、支部長の方も、どうやら確信をもって言っているらしく。彼の主張を聞き流しているようにも見えた。


「やれやれ、鑑定の結果は絶対なんだよ。そのために鑑定持ちには協会から多額の報酬を払っている訳だが……」

「だからって、正直に言っているかどうか分からねえだろうが!」

「いや、分かるよ。鑑定しているのは一人じゃないからね。協会の依頼で鑑定する場合は、二名以上に鑑定させる。もちろん、お互いの結果を知らない状態でね。だから結果が一致した場合、その結果は間違いないと言えるだろう」

「……」


 静かに語る支部長の言葉に、先ほどの勢いはどこへやら、悠斗は目を見開いたまま固まっていた。それに追い打ちをかけるように支部長が話を続ける。


「そもそも、過去の昇格審査においても疑惑があってね。かと言って、今回のような明確な証拠もなく、追及が難しかったのだよ。というわけで、これまでの悪行は目を瞑ってあげる代わりに、Fランクからやり直しだね」

「バカな! そんな横暴が許されると思っているのか?」

「いいんだよ、別に。今回は証拠もあるわけだし。除籍処分にすることも可能だが……。どうするかね?」

「くそっ、分かったよ。Fランクからやり直しゃあいいんだろ!」


 支部長の決断に、悪態をつきつつも提案を受け入れる。だが、その決断に愛菜と花蓮が口々に不満を漏らす。


「何で……。アイツを犠牲にしてまでアイテムを取ってきたのに……」

「そうよ。パーティーに入ってから、こいつのせいで地獄だったわ……」

「バカ! お前らは黙っていろ! アレをばらまいてもいいのか?」


 それを塞ごうと脅しをかけるが、それは自白をしているのも同じだった。一斉に周囲が白い目を向ける。


「それに、お前たちのパーティーが仲間を囮にしたという疑いもあるんだよ。もちろん、彼らの前の話だ」

「そうよ、アイツだって。こいつに見捨てられて死んだようなものよ!」

「私の彼も、こいつに。後で助けに行くと言ってたくせに見捨てやがったのよ!」


 支部長の追及に、愛菜と花蓮の二人も、それに乗っかる。それを見ている結衣と五郎も複雑な表情だ。一つ間違えば、その二人に結衣も加わることになっている可能性もあったのだから。


「あああ、うるせえ、うるせえよ! 見捨てたくて見捨てたんじゃねえっつーの! お前らが弱いから助けに行きたくても行けなかったんじゃねえか!」


 怒鳴り散らす悠斗。それに怯える愛菜と花蓮。だが、支部長は涼しい顔だった。


「だが、お前のパーティーが出したのは死亡報告書だ。だが、それは囮にして逃げた場合は当てはまらんぞ。お前は既に2回生きている人間に対して死亡報告書を出した

 前科があるんだからな」

「ふん、知らねえよ。もう、お前ら好きにしろや! 俺は一人でも這い上がってやるさ。そうなってから泣きついても遅いからな!」


 ベタな捨て台詞を残して、悠斗は部屋から出ていった。


「やれやれ、今日はすまなかったね。これで話は終わりだ。あとは好きにしてくれ」


 そう言い残して、支部長と受付嬢は部屋から出ていった。私たちや愛菜と花蓮も続いて外に出て、帰途についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る