第18話 降魔鬼神撃
「結衣は下がっていて」
私の言葉に小さくうなずくと、凶獣から距離を取るように下がっていく。それに追いすがろうと凶獣が距離を詰めようとする。しかし、その行く手を遮るようにほうきを構えて立ちふさがった。
「あなた達も逃げなさい。ついでに協会の人に連絡してきて。ここを囲むように人を配置しているはずよ」
包囲網は凶獣の逃げ場を塞ぐ目的ではなく、一般人が入ってこれないようにするためのものだ。現に、人を配置しているにも関わらず、凶獣はこの場に現れたのだ。
二人もうなずいて、立ち去っていった。
「さて、やっと邪魔者がいなくなったわね。五郎、結衣を許すつもりはないの?」
「アリエヌ……。ユルサヌ……」
毛むくじゃらの中からわずかに覗く瞳が紅く輝いている。それは彼らに対する恨みの大きさを物語っていた。言葉は通じているものの、恨みの念があまりに大きすぎて聞く耳を持てない。そんな感じだった。
「ウガアアア!」
話は終わりとばかりに、私に向かって腕を振るう。その手は先日とは違って明らかに獣のもの。鉤爪が伸びて、私の身体を引き裂こうとしていた。
「甘いわ。忍法、身体強化の術」
呼吸を整えて、身体にある七つのチャクラを活性化させる。私が独自に編み出した忍法の一つだ。事前の集中が必要なのが難点ではあるが。
「これなら何とか戦えそうね。いや、私は清掃員なんですけどぉぉ!」
だが、もう戦う以外の選択肢がないんだからしょうがない。迫る凶獣の右腕。それをほうきで受け止めつつ、左の腕を蹴りで弾く。
そのまま左斜め後ろに後退し壁に着地。膝をバネのようにしならせて、突進しつつほうきを振るう。両腕をクロスさせたガードに阻まれて、決定打には至らない。
「グルルル、ジャマヲ……、スルナァァァ!」
凶獣の身体からオーラのような光が立ち上る。空を斬る右腕。嫌な気配を感じて、ほうきを前に出すと、甲高い音を立てならが衝撃が腕に伝わった。
「ぐっ、衝撃波か……。まずいわ、だんだん強くなっている」
「彩愛さん。大丈夫ですか?」
凶獣の強さを実感して、思わず苦笑いが漏れる。そんな私を結衣が不安そうに見つめていた。
「大丈夫よ。そうね、私も出し惜しみしている場合じゃないわ」
二度と使わないだろうと思っていた力。だけど、彼女を守るためには四の五の言っている場合ではないだろう。
「ふう、まずは少しだけ動きを止めさせてもらうわ」
こちらも忍びの里の忍術。そこを出た以上、軽々しく使いたくなかったのだけど……。
一度、大きく深呼吸をして凶獣をにらみつける。手で印を組み、里に伝わる手順を教えられた通りに再現していく。
「忍法、影分身の術」
私の影が実体となり、それが繰り返されて何人もの私が作られる。危機感を抱いた凶獣が鉤爪を振り回すが、その身体は影だ。私の意思がない限り、それは単なる幻影でしかない。
「くノ一忍法、
凶獣が影と戯れている間に、私は次の印を組む。影から桃色のオーラが立ち上り、一人また一人と影が凶獣に抱きついて動きを阻害していく。胸こそ貧弱かもしれないが、女性としての柔らかさを持つ身体に密着されて、動きが緩慢になっていく。
「ふふふ、童貞くんには少し刺激が強すぎたかしらね」
「そういう彩愛さんも処女ですよね? 女性同士だから何となく分かるんですけど」
「ふん、結衣みたいに勘のいいヤツは嫌いだ!」
せっかく大人のお姉さん的な雰囲気を出してみたのに、結衣のツッコミのせいで何もかもが台無しだった。もっとも、どこまで動きを止められるか分からない以上、早々に決める必要があるだろう。
「真名解放、
私が正面にほうきを立てる。ほうきの柄の部分が光輝き、私を取り囲むようにして十二の色の光が現れる。
「封印解除、十二天将!
十二の光が名前を呼ぶと同時にほうきへと吸い込まれて行く。その度にほうきの輝きは強まり、それぞれの色を帯びていく。
十二の光を受け、瑠璃色の輝きを放つほうきを天に掲げる。
「
天からの光を受けて、直視できないほどの光を放つほうき。それをいまだに動くことがままならない凶獣に向かって振り下ろす。ほうきから放たれた光は、恒星のように輝きながら凶獣の身体を覆い尽くす。
「
「グガアアアアア! ギャアアアア! アアアアア!」
長い叫び声を上げながら、凶獣が身もだえる。だが光に囚われた身体は抜け出すことができない。
一瞬のような永遠のような時間。その後には倒れ伏す元の五郎の姿があった。それを見て思わず駆け寄ろうとする結衣を押し留めながら、彼の傍らに立つ。
「あ、彩愛さん。ぼ、僕は……?」
「あれだけ暴れ回っていたんだから、うっすらとは覚えているんでしょ?」
「……はい。すみません。でも、どうしても許せなくて」
そう答える五郎の頭をほうきで叩く。頭をさすりながら、苦笑していた。
「五郎、大丈夫?」
「ゆ、結衣……。お、お前、今さら……」
これまでの反動でろくに身体を動かせないにも関わらず、恨みを再燃させた五郎が掴みかかろうとする。その彼の身体にほうきを叩きつけて地面に押し付ける。
「は、放してください。僕は、こいつに裏切られたんです!」
「何を言ってるんだか。アンタはいつ結衣に告白したっていうのよ」
「えっ、そ、それは……」
その問いかけに、答えを詰まらせる五郎。当然だ、彼は一度も結衣に明確に好意を伝えていないのだから。
「今回のことは、アンタがちゃんと気持ちを伝えなかったのも悪いのよ。それに……。まあ、それ以上は結衣から直接聞くのね。もちろん、信頼を勝ち取ってからよ」
「わかり、ました……」
これで後は二人の問題だろう。私は、悠斗だったモノの肉片に屈みこむと、その口にエリクサーを突っ込んだ。どういう理屈かは分からないけど、飲ませた瞬間、バラバラになった身体が元に戻ろうと、うぞうぞと蠢く。すぐに元の悠斗の姿を取り戻した。
「何で、そいつを……」
「アンタが殺したのよ。それに、こいつには色々と説明してもらわなきゃいけないからね。死んだままになってると面倒だわ」
五郎が悠斗にエリクサーを使ったことを非難する。だが私が説明をすると、押し黙ってしまった
「げぼぉぉぉ、な、何しやがるんだ!」
「これまでで一番、キモイ復活シーンね」
五郎も結衣も、ここまで酷くなかったぞ。こんなところまで品性が出るとか……。
「生き返らせてあげたのに酷い言い草ね。凶獣にあっさり返り討ちにあったくせに。エリクサー代三千万円払ってもらいましょうか!」
「ふざけんな、俺は死んでねえ。仮に死んでいたとしても、頼んでいねえぞ!」
悠斗の主張に、肩をすくめてため息をつく。どうやらバカは死んでも治らないらしい。
「そりゃ、死んでたら頼めないでしょ? 放置しておいた方が良かった?」
「ふん、知らねえよ。もう生き返っちまったからな。証拠は残ってねえし。俺は払わねえからな!」
そう言って立ち上がると、走り去ってしまった。さっきまで死んでいたのに、ここまで元気があるとは……。さすがエリクサー。
「感心している場合じゃありませんよ! 追いかけましょう!」
「いいのよ。別に払ってもらえると思っていないし、ね」
今度は結衣が私に向かって肩をすくめてため息をついていた。
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