第17話 捜索
凶獣の襲撃から一夜明けて、私と結衣は名古屋ダンジョンの入口にある探索者協会支部へとやってきていた。もちろん、昨日の襲撃についての報告をするためだ。
「なるほど……。昨日、モンスターと思しき何者かに襲われたと」
「はい、全身を毛で覆われていたので、それ以外のことは分かりませんが」
「それで、苦戦はしたものの、何とか撃退したということですね」
「はい、予想以上に手ごわかったです」
私の報告を聞いて、受付嬢は難しい顔をして考え込む。
「うーん、影野さんでも苦戦するって……。かなりマズいですね。上に報告して、Aランク以上の探索者を動かせるように交渉してみますね」
この受付嬢は何を言っているのだろうか。
「いやいや、襲われたのはDランクの探索者と戦うのが得意でない清掃員ですよ? Aランク以上って、大げさすぎじゃないですか」
「影野さんが苦戦したというだけで、十分だと思いますが……」
「戦うのが、苦手……?」
私の言葉に、受付嬢と結衣が不思議そうな顔をして、こちらを見る。
「おかしなことは言ってないと思うんですが、戦うのが苦手だから探索者でなく、清掃員になったんですよ」
「そうですか……。まあ、それは置いておいて、手続きは進めますね」
こうして、凶獣は暫定Aランクモンスターとして注意喚起がされることになった。注意喚起で済んだのも、無差別に襲い掛かるようなモンスターではないと伝えたことが大きい。もし、無差別に襲い掛かるようなものであれば、緊急討伐になっていただろう。
「それで、後ほど正式に依頼がかかると思いますが、影野さんには凶獣の捜索を広瀬さんと一緒にお願いしたいのですが」
まあ、話の流れから何となくは分かっていたけど、断れそうな雰囲気ではなかった。凶獣が五郎の可能性が高いことを考えると、都合がいいだろう。
「わかりました。それで、報酬の方は……」
「えっと……。申し訳ないのですが、Bランク探索者一日分を、毎日お支払いするという形でよろしいでしょうか?」
「問題ありませんが……。ずいぶん太っ腹ですね」
Bランク探索者にかかる費用は、ダンジョン清掃員の実に十倍近い。
「いやいや、暫定Aランクって言ったじゃないですか。さすがに、それ以下にすると判定の信ぴょう性が疑われてしまいますので……。それで、もう一つお願いなのですが……」
「何でしょうか?」
「暫定Bランク探索者として登録しても――」
「それはお断りよ!」
何だよ、暫定Bランクって……。暫定で付けるランクじゃないだろう。そっちの方が協会の信頼がガタ落ちだよ。
「大丈夫です。期間限定ですし、書類上の話ですから!」
「……分かったわよ」
「ありがとうございます!」
激しい説得により白旗を揚げざるを得なくなった私に、受付嬢が満面の笑みでお礼を言って、頭を下げた。
「助かりました。いくら無差別に襲われないとは言っても、影野さんから生きて逃亡したモンスターが徘徊しているなんて上に知られたら、かなりマズいことになりますからね」
「過大評価じゃないの? 私、清掃員だよ?」
「そんなことはありませんよ。それだけの実績があるってことです!」
受付嬢の言葉を否定しようとするも、嘘を言っているわけではないようだ。結衣も隣で話を聞きながらうなずいているところを見ると、ここで言っても何も変わらないように思う。
「まあ、いいわ。それじゃあ早速、探しに行くから。報酬の方はちゃんと準備しておいてね」
「はい、よろしくお願いします!」
探索者協会支部を後にした私たちは、さっそく凶獣を探すために周囲を探索する。そうは言っても、昨日の今日では大した手掛かりは見つけられないだろう。
案の定、依頼を受けて数日は、特に動きもないまま時間だけが経過するだけの結果となった。
「商店街の店に空き巣?」
「はい、昨晩、何者かが店のシャッターをこじ開けて内部に侵入。商品である食品に被害が出たそうです」
その話を受付嬢から聞いたのは、依頼を受けてから三日目の朝のことだった。逃亡生活を続けていて、一番ネックになるのは食料の調達だ。数日中には足取りがつかめるだろうと思っていたが、思ったよりも早く足取りがつかめたことに胸をなでおろす。
「それじゃあ、そこの店に今晩は張り込むわよ」
「被害に遭ってるわけですし、流石に二回目は来ないんじゃないですか?」
「それは相手が人だった場合よ。一回目に問題が無かったから、エサ場だと認識している可能性が高いはずよ」
「なるほど、では、囮の商品は探索者協会の方で準備しておきますね」
さすがは熟練の受付嬢。私の説明を素直に受け入れて、先んじて手配を進めていたようだ。下準備は彼女たちに任せて、私は夜に備えて調子を整えることにした。
その晩、店の前の茂みの中に隠れて、凶獣の出現を待つ。
「グルルルウウウ」
唸り声をあげて、店へと向かう。多少の警戒はしているようだが、エサ場と認識しているようで、警戒の度合いは低い。
あとは頃合いを見計らって捕らえるだけ。まさか、暫定Aランクのモンスターに戦いを挑むようなバカはいないだろう。
「ふはは、現れたな凶獣め。この悠斗様が貴様を討伐してやるわ!」
そう思った時期がありました。だが、身近な所にバカがいたわ。そのバカに付き添うように愛菜と花蓮の姿もあった。もっとも、二人は気乗りしない表情なので、恐らく悠斗に脅されたのだろうと推測した。
「お前たちもきっちりサポートしろよな!」
「「はあい」」
悠斗は剣を構えると、凶獣と向き合う。凶獣も逃げるようなそぶりはなかった。ターゲットの一人がのこのこ顔を出したのだから、当然と言えば当然だ。
「……サギシメ、……コロス、コロス、ブッコロス……」
「ふん、モンスターの分際で何を言うかと思えば。死ぬのは貴様の方だぁぁぁぁ!」
余裕の笑みを浮かべながら、凶獣へと剣を振り下ろす。
「――遅い、遅すぎるわ!」
それを見て、驚きの声を上げる、私が。それほどまでに彼の剣は遅かった。それでは凶獣の動きについていけない。そう思った時には時すでに遅し。彼の剣は空を斬り、すれ違った後に残るは悠斗だったモノの肉片のみだった。
それを認識した二人は悲鳴を上げてへたり込む。凶獣は二人の存在を無視して立ち去ろうとしていた。
「待ちなさい。今度は私が相手よ」
結衣と共に茂みから飛び出して、凶獣を呼び止める。一瞬、無視しようとするも、呼びかけたのが私と結衣だったことで、警戒を強めて身構える。
「ユイ……。コロス、コロス……」
沈黙の支配する夜の商店街。凶獣の恨みのこもった声が妙にはっきりと聞こえた。
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