第10話 出張清掃

「影野さん。名古屋ダンジョンから出張清掃の指名が来ております!」


 探索者協会の受付に呼び出された私は、なぜか出張清掃の指名依頼が来ていると言われた。


「えっ、なんで名古屋?」

「えっと、名古屋と言えばドラゴンの本拠地じゃないですか。名古屋ダンジョンはドラゴン――竜系モンスターの巣窟なんですよ。清掃員の方は基本的に非戦闘員ですし、ドラゴン相手に護衛できるほどの探索者もいなくて……。それで影野さんにご指名がかかったんです」


 日本にある三大ご当地ダンジョンの一つである名古屋ダンジョンの清掃依頼。ちなみに、あと二つは大阪の獣人系ダンジョンと福岡の飛行系ダンジョンである。ドラゴン相手は普通に戦うだけなら問題ないのだろう。だが護衛となると話は別だ。


 上層でもブレスで範囲攻撃をかましてくる相手にしての護衛は難易度がかなり上がる。その分、護衛の報酬は高めに設定されているが、割に合うかと言われると難しいところだろう。戦闘もできる清掃員ということで白羽の矢が立ったようだ。


「まあ、いいわ。ちょうど、この間ヘラを買ったばかりだしね」

「ヘラ? 何に使うかわかりませんが、受けてくれるなら助かります!」


 こんなやり取りがあって、私は現在、名古屋ダンジョン上層の掃除をしているのだった。時々、チビ飛竜が襲い掛かってくるが、ほうきで撃ち落とすだけで片がつくので平和だった。


「ドラゴンって言っても上層だから大したの出ないし、報酬ははずんでもらってるし、言うことないね。それに……、邪魔が入らないのが何よりもうれしい」


 ここ最近、仕事していると五郎とか五郎とか……が邪魔してくるからね。それを気にしなくていいから、普段よりも気が楽だった。


 ブレスを回避。頭にほうき。ちり取りで回収。ゴミ箱にポイ。


 機械的な動作で次々と迫ってくるドラゴンをゴミ箱に放り込んでいく。その合間に他のゴミを回収するのも忘れない。そうやってテキパキと回収していると、前の方から四人の探索者が走ってくるのが見えた。


「あれ? 悠斗と結衣?」


 探索者のうちの二人は悠斗と結衣だった。私はとっさに忍法箱隠れの術を使う。


「どこまで逃げるつもりなのよ?!」

「入口までに決まってるんだろ! チッ、何だ、この段ボール箱は。邪魔だ!」


 悠斗は、私の隠れている段ボール箱を蹴りつける。くそっ、蹴るなバカヤロウ。


「ちょっと、そんなの良いから、早く逃げようよ。せっかく五郎のヤツが囮になってくれてるのに!」

「そうだな。これでヤツも終わりだろう。そうすれば結衣も完全に俺のものに……」


 急かす結衣の言葉に、悠斗が小声でつぶやく。こいつら、また五郎を囮にしやがったのか。入口に向かって走っていく彼らの姿が見えなくなってから、段ボール箱をしまう。


「やれやれ、間に合うかしらね」


 まさか、遠征に来てまで鉢合わせするとは思わなかったけど、見捨てるわけにはいかないだろう。私は彼らが走ってきた方向へと走り出した。


「くっ、この! くそっ!」


 私の向かった先に五郎はいた。色とりどりのチビ飛竜に囲まれて。隙を見て入口へと走ろうとするも、順番に放たれるブレスに足止めされていた。ここ最近の特訓の賜物だろう。器用に盾でブレスを受け止めていた。だが、完全に防げているわけではないようで、少しずつダメージが蓄積しているようだった。


「忍法、ちり取り手裏剣の術! 伏せて!」


 私の言葉を受けて、五郎は盾を頭上に掲げて伏せる。それと同時に彼の周りを飛び回っていた五体のチビ飛竜をちり取り真一文字に薙ぎ払う。歪みのない断面をさらしてチビ飛竜の肉片が地面にボトボトと落ちていく。五郎に駆け寄りながら、役目を終えて戻ってきたちり取りをキャッチする。


「大丈夫?」

「あ、はい、助かりました……。彩愛さん?!」

「指名依頼で来ただけよ」

「そうなんですね。僕たちもドラゴン退治に来たんですけど、さばききれなくて、このザマです……」


 そりゃそうだろう。彼らの実力では、ドラゴンを相手にするのは無謀すぎる。


「ポーションはあるんですけど、飲んでる余裕が無くて……ホントに助かりました」

「だからエリクサーを使えって言ったじゃない」


 ポーションをがぶ飲みしている五郎をジト目でにらむ。エリクサーならほんの一滴なんだけど。相変わらず分かっていないようだ。


「何でドラゴン退治? アイツらじゃ、ドラゴン相手なんて無理でしょ?」

「えっと、一向にパーティーのCランク昇格の認可が降りなくて……」

「そりゃ、五郎ってパーティーに入ってないんでしょ?」

「はい、Cランクに上がったら入れてもらえることになっています」


 それはCランクに上がらなくて当然。ゴブリンロードを倒したのは私と五郎だ。私は当然として、五郎もパーティーに入っていない。五郎からアイテムを譲り受けて持って行ったとしても無駄だ。


「それはいいとして、何でここに来てるのよ」

「それは悠斗さんが、『探索者協会は俺たちを舐めている。ここはドラゴンをやっつけて、俺たちの実力を見せつけてやらなきゃいけねえ!』って息巻いてまして……」


 悠斗のあまりのアホさ加減に頭が痛くなる。頭を押さえつつ、ため息をついた。


「悪いことは言わない。あのパーティーに入るのはやめなさい」

「でも、結衣が……」

「話をして、それで付いて来るならよし。残るなら見捨てるという決断も必要よ」

「そ、そんな……」


 泣きそうな表情で縋り付こうとして、そのまま手を下ろしてうつむいた。


「まあ、それより早く追いかけなさい。まだ間に合うかもしれないわ」

「え? それって……」


 私は五郎を引っ張ると入口へ走り出した。五郎を入口から叩き出して、私は再び段ボール箱に隠れる。悠斗は受付で何か手続きをしているようだ。


「五郎! 生きていたのね!」

「結衣……」


 入口から出てきた五郎に結衣が駆け寄って、手を取る。その声に振り返った悠斗の表情は憎悪に歪んでいた。


「ちっ、生きていやがったのか……」

「ちょっと! どういうことですか? 何で生きているのに探索者死亡申請の手続きをしているんですか!」


 勝手に死亡扱いにしようとした悠斗に受付嬢が詰め寄る。


「うるせえ、単なる勘違いだ! ガタガタ騒ぐんじゃねえ! その申請は取り消しだ。わかったな!」


 逆ギレして受付嬢を脅迫する。こういう時の対応は決まっていて、表向きは受け入れたことにする。もちろん裏では上司に報告をするんだけどね。


「わかりました。では取り下げておきます」

「お、おう。分かったならいい。また明日、再挑戦するぞ!」


 そして、悠斗は五郎に向き直る。


「それから五郎。お前のパーティー加入は認められねえ。追放だ!」

「えっ、ど、どうして……」

「そんな、約束が違うじゃ……」


 悠斗の突然の追放宣言に五郎と結衣の表情がこわばる。


「うるせえ! お前のせいで何度も敗走する羽目になってるんだぞ。それに、お前がいるとパーティーの和が乱れるんだよ! 分かったんなら、俺の前から消えろ!」


 悠斗に凄まれて、五郎はトボトボとダンジョンから出ていった。


 このヤンキー崩れ、相変わらずムカつくな……。イキリ過ぎだろう。


 私は吹き矢を構えると、悠斗の首筋に矢を放つ。前のはワライタケの成分だったけど、今回はナエタケの成分を塗ってある。これでも食らって落ち着くがいい。


「よし、今日はもう萎えたわ。解散!」


 その言葉を背後に聞きながら、私は五郎を追いかけるのだった。

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