第8話 休日のエンカウント

 五郎と結衣の修羅場に巻き込まれた翌日、私は久々の休日を満喫していた。早々に朝食を取って部屋の掃除をして、買い出しに出かける。


 まず最初に向かったのは、近所にあるヤスイ電機という家電量販店だ。家電量販店と言いつつも、日用品や食品なども扱っている店で、ダンジョン用掃除用品も扱っている。


「このミスリル合金のヘラとかお手軽かなぁ……」


 品質こそ落ちるものの、専門店には無い安さが魅力だ。ダンジョンでの使用に耐えうるものとなると、どうしてもミスリルやオリハルコン、アダマンタイトなどの素材を使ったものになってしまう。


 私が手に取ったヘラはダンジョンの壁などにこびりついた汚れをこそげ落とすためのものだ。使う頻度は多くはないけど、あると非常に便利なものの一つである。少し振ってみて感触を確かめたあと、レジへと向かった。


「あれ? 彩愛さんじゃないですか」

「げっ、何でアンタがここにいるのよ……」


 レジ前で五郎と遭遇して、思わず嫌そうな表情になる。彼はダンジョン用サイクロン式掃除機を抱えていた。ダンジョン用掃除機は頑丈な割に軽く、吸引力が強いのが魅力だ。駆動に魔石が必要なのが難点だが、一般家庭で使う人も少なくない。一般家庭で使うにはエクストラパワーモードは余計ではあるが……。


「いやあ、ほうきとちり取りだと、まだ僕には使いこなせないから……」


 ため息が出そうになるのを必死で抑える。確かに、ダンジョン用掃除機は使い勝手はいい。だけど、使いこなすのは難しい機器の一つだ。


「まあ、それは五郎の好きにすればいいんじゃないの? 私はお奨めしないけど」


 ダンジョンでは付き合わされたけど、私は彼の保護者でも何でもない。そこまで面倒を見てやる必要も無いだろう。


「……そうですよね。これで僕も彩愛さんに近づいてみせます!」

「意味が分からん。探索者なら掃除機じゃなくて剣とか盾を買うべきじゃないの?」

「いいえ、僕は強くなりたいんです。そのためには剣とか盾にこだわるべきじゃないと思い知ったんです」


 頭が痛くなってきた。使う道具にこだわりを持たないなど、プロとして失格である。私も安さ重視で品質を考えないので、言える立場ではないが……。


 結局、私はヘラを、五郎は掃除機を買って、店を後にした。店から出てしばらくして、彼は向き直って頭を下げてきた。


「お願いします! 僕に、掃除機の使い方を教えてください!」

「掃除機の使い方って……」


 流石に無理がありすぎだろう。ダンジョン用とはいうものの、所詮は掃除機。スイッチを入れてゴミを吸い取るだけだ。私が教える必要のあることなど何も無い。


「彩愛さんに教えて欲しいんです。掃除機での戦い方を!」


 こいつは何を言っているんだ?


「掃除機は掃除道具よ。戦うための武器ではないわ」

「でも、前はほうきとちり取りで……」

「あれはゴミを片付けただけよ。そもそも、私は戦うのは苦手なの」


 信じられない、とばかりに半眼で見つめる五郎を睨み返す。戦いが、人を殺すことが嫌になって、忍者を辞めて清掃員になったのだ。好きで戦っているはずがないだろうに……。


「わかったら、そんな無駄な努力じゃなくて、探索者として強くなる努力をしなさい」

「……それでも!」


 私から目を逸らすことなく、大きく開くと、迷いを振り切るかのように首を横に振る。


「それでも、僕が今まで見た中で、本当に強いと思ったのは彩夢さんだけだったんです。だからこそ、貴女に教えて欲しいんです!」

「……分かったわ。でも、ちゃんとした戦い方で強くなるのは忘れちゃダメよ」

「分かってます!」


 結局、彼の熱意に根負けして請け負ってしまった。非情になり切れない自分が恨めしく思う。



 その後、途中で昼食をとって、やって来たのは彼と初めて遭遇した渋谷ダンジョンである。昆虫系モンスターみたいに移動速度が速いわけでも、竜系モンスターみたいに抵抗力が高いわけでもないため、試運転にはもってこいだ。


「さて、それじゃあ、さっき教えた通りセッティングして」

「はいっ!」


 威勢よく返事をすると、彼は本体に魔石をセットし、掃除機のノズルヘッドを取り外す。本体を背中に担ぐと、ノズルを右手に持って立ち上がる。


「さて、準備はいいみたいね。まずはあそこのゴブリンで試してみましょう」

「はいっ!」


 ノズルをゴブリンに向けて、スイッチをエクストラパワーモードに切り替える。激しい轟音と共に、もの凄い勢いで吸引が始まる。


 さすがのゴブリンも、この轟音で彼の存在に気付く。威嚇しながら近づいてくるが、ノズルの口の近くまで来たところで、そのまま吸い込まれてしまった。


「す、すごい……」


 サイクロン式のあまりの吸引力に、五郎は呆然とする。


「こまめにスイッチを切る!」

「あ、すみません!」


 頭を下げながら慌てて掃除機のスイッチを切る。エクストラパワーモードは魔力の消費が激しいため、こまめなスイッチのON/OFFが重要になる。それでも、ゴブリン程度に使っていては割に合わないのだが……。


「驚きました……。こんなにあっさりと倒せるなんて。凄いです!」

「気楽なものね……」

「でも、こんな強力なのに、何で誰も使わないんだろう」


 気付いたことは褒めてもいいけど、理由に思い当たらない時点で素人感が丸出しである。


「はあ、理由はいくつかあるけど、一番の理由はコストが見合わないことね」

「コストですか?」

「はあ、何を不思議そうな顔をしているのよ。さっきのゴブリン一匹でどのくらい収入になるか分かる?」


 呆れを含んだため息を漏らしながら尋ねる。


「えっと、だいたい魔石が二千五百円、素材が千五百円で、合計四千円くらいでしょうか?」

「そうよ。それでさっきの一回で魔力をどれだけ消費するかはわかる?」

「えーっと……」

「ざっと二十パーセントってところね。ゴブリン五匹で打ち止めよ」


 その言葉に、五郎の表情が凍り付く。それもそのはず、彼は奮発して二十万円もする魔石を購入した。すなわち、一匹当たり四万円だ。


「じゅ、十倍……」

「そ、さっきはスイッチ入れてから長かったから余計にコストかかってるけど、それでもゴブリンだと五倍はかかるわね」

「もっと、もっと強いモンスターなら……」

「甘いわ。かなり熟練していても、収支はトントンか、あるいは雀の涙くらいのプラスだからね」


 あまりの暴力的なコストに、彼は泣きそうな表情になる。本体あわせて、相当かかったはずなので無理もない。


「それじゃあ、無駄だったのか……」

「無駄、とは言い切れないわ。一般的に広まっていないのは、それが理由。でも、消耗をせずにモンスターを倒したいときもあるってこと。上位の探索者の中には、そういう目的で使う人もいるからね」


 全くの無駄ではないということで、少しだけ救われた彼は安心したように胸を撫で下ろす。


「分かったなら、今日は帰りましょうか。あとは慣れよ」

「はいっ!」


 試し撃ちを終えた私たちがダンジョンから出ると、そこには見知らぬ男と楽しそうに話をしている結衣の姿があった。それを見た五郎が愕然としながらつぶやく。


桜井悠斗さくらいはるとさん……?」

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