第7話 修羅場

 盾を構えた五郎がキラーマンティスににじり寄っていく。しかし、先ほどとは打って変わって攻撃するそぶりを見せない。


「あれ? なんか変だな……?」

「震えるだけで、何もしてこないんですけど……」


 そんなことを話しながらも、五郎はじわじわと距離を詰めていく。彼がようやく剣が届く範囲まで近づいてきたところでキラーマンティスが動く。


「んんん? どういうこと?!」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。それもそのはず。キラーマンティスは、まるで首を差し出すかのように、静かに彼の前に頭を下げただけ。そして、ふたたび動きを止める。


 まるで首を落としてくれと言っているかのように。


「あ、彩愛さん。これはやっちゃっていいんでしょうか?」

「こうなったら、やるしかないでしょ。さっさと首を落としちゃって」


 挙動不審になりながら尋ねてくる五郎に、半ば投げやりに返す。それを受けて、彼は剣を振りかぶり、そのままキラーマンティスの首めがけて振り下ろした。


 あっさりと切断されたキラーマンティスの首が転がるのと同時に身体が倒れた。


「……」

「……」


 想定外にあっさりと倒せてしまったことで、私と彼の間に沈黙が訪れる。だけど、約束は約束。五郎には大人しく帰ってもらおう。


「よし、これでボスも倒せたね。アンタはさっさと帰りなさい」

「……マジっすか」


 五郎は残念そうな顔をしていたけど、仕事の邪魔をされても困るので有無を言わさず帰らせようとする。


「言っておくけど、私は清掃員よ。そして、ここには仕事で来たの。アンタが邪魔してくれたおかげで仕事が遅れてるのよ」

「そ、それなら。僕も手伝います! 遅れたのも、彩愛さんに手伝いを頼んだせいですし……」

「はぁ? 勝手に付いてきて、勝手にモンスターに特攻かまして、勝手に助けを求めておいて……。ともかく、アンタがいても邪魔にしかならないの!」


 私の言葉に彼はしばしうつむいたが、顔を上げて私の目をまっすぐに見ると、背中から棒状の何かを取り出した。


「そ、それは! ダンジョン向け初心者用ほうき!」


 初心者用と言って侮るなかれ。私の使っているものほど性能は高くないが、汎用的に使うことのできる万能ほうきである。


「これが、僕の覚悟です。意外と前に貸していただいたほうきよりも軽くて使いやすいんですよ」


 そりゃそうだ。あれは鍛錬用の超重量ほうきだし……。


「まあ、いいわ。マジメに手伝ってくれるなら、無理に帰れって言ったりしないわ」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、少しでもサボろうとしたら強制送還するからね」

「分かってます!」


 彼はよほど嬉しかったのか、満面の笑顔でうなずくと私についてくる。


「それで僕はどこを掃けばいいですか?」

「今日はほうきは使わないよ。アンタの熱意に負けただけ。今日の道具はこれよ」


 私はホウ酸団子(ハンドボール大)を二つ、彼に手渡した。


「使い方はさっき見てたでしょ。ジャイアントローチを見かけたら、気付かれないように目の前まで転がすのよ。……ちょっとストップ!」


 説明もそこそこに、後ろからついてきた彼を止める。


「あそこにジャイアントローチが三匹いるわ。早速だけど、ヤツらで練習よ」


 私の言葉に五郎が静かにうなずくと私の前に出て、ホウ酸団子をコロコロとジャイアントローチの目の前に転がした。


「意外とセンスあるわね」

「ありがとうございます!」


 先ほどと同じようにホウ酸団子を食べたジャイアントローチのうち、二匹は巣に、もう一匹はその場で絶命した。二匹がいなくなったのを確認して死体を回収し、ゴミ箱へポイ。ホウ酸団子を目立たない隅の方へ移動させる。


「よし、この調子ね。どんどん行くわよ!」

「はいっ!」


 この調子で順調にジャイアントローチの数を減らしつつ、ホウ酸団子を全て設置した。


「まあ、こんなところかしらね。それじゃあ、帰るわよ」

「はいっ、ありがとうございました!」


 私たちはそのままダンジョンの入口から外に出ると、そこには広瀬結衣が立っていた。彼女は私たちの姿を確認すると、目を吊り上げて五郎に詰め寄ってきた。


「五郎! なんで、その女と一緒にいるのよ?!」

「結衣、違うんだ!」

「何が違うのよ! さっきだって、その女と仲良さそうにしてたじゃない!」

「私たちは何もないわ。今日だって、たまたま彼がモンスターに襲われていたところを見つけて救助しただけ」


 めんどくさそうな女だな、という感想を抱きながら、五郎に助け舟を出す。しかし、彼女は聞く耳を持たなかった。


「たまたまですって? じゃあ、何で打ち解けてるのよ!」

「それは僕が彩愛さんに鍛錬の手伝いをお願いしたからだ」

「そうよ。まさか上層のボス倒すまで付き合わされるとは思っていなかったけどね」


 呆れたように肩をすくめる。ボス倒すまでと約束はしたけど、彼がしつこかったのが原因なのは間違いないから、嘘ではないはずだ。


「何で私じゃなくて、その女なのよ! 五郎! 私とその女とどっちがいいのよ!」

「それは……」


 どうでも良いんだけど、私を勝手に天秤に載せるのはやめて欲しい。そして、五郎は言い淀むんじゃない。ホントに何かあったみたいじゃないか!

 そんな私の心情などお構いなしに、腰に手を当てて追及する結衣と、直立不動になってしどろもどろになる五郎のせいで、修羅場に巻き込まれたような絵になっていた。


「ちょっと、勝手に話を進めないでくれる? そもそも、アナタの予定があるからって、こいつを一人でダンジョンに行かせたのが原因なんだけど」

「……っ! そ、それは……」

「それとも、目当てのパーティーに入れたから、頑張る必要が無くなった?」


 私の言葉が図星だったのだろう。彼女はこちらを睨みつけながら、声を張り上げる。


「そんなことはありません! 私だって頑張るつもりはあるんです。だからと言って、身体を休めることに文句を言われる筋合いはありません!」


 私は彼女の反応に違和感を感じつつも、関係ないことと割り切る。深いため息をついて、踵を返すと、ダンジョンの外へと向かう。


「ちょっと逃げるんですか?」

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。こいつがダンジョンで大変そうにしていたから助けただけ。それ以上でも、それ以下でもないわ。あとはアナタの好きにすればいいでしょ」


 その言葉に結衣はうるさく喚いていたけれど、私は二人を振り返ることなくダンジョンを後にした。


◇◆◇


こちらの作品ですが、大幅改稿して、新たに連載開始いたしました。

ストック分は今後公開していきますが、こちらの作品も読んでいただけますと幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/16818093090308992860

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