第6話 害虫駆除
「うおりゃああああ!」
「ぐあああ!」
「た、助けてください……」
もう何回目だろうか。五郎が無謀にもジャイアントフライやジャイアントローチに返り討ちにあっているのは……。そして、そのたびに助けを求められて、しぶしぶ私が撃退しては、次のモンスターに突っ込んでいく。そんな状況が延々と繰り返されていた。
「いい加減、帰ってくれない? 仕事の邪魔でしかないんだけど」
「そんなっ! あと一回、あと一回だけだから……」
「さすがに分かったでしょ。アンタの力じゃ、このダンジョンは戦えないのよ」
その言葉に彼の表情がこわばる。よく見ると、手も小刻みに震えていた。そのまま私に背を向けると、大声で叫ぶように主張する。
「そんなことはない! 努力すれば、いつかは実になる日が来るんだ!」
「もちろんそう……」
私が彼の言葉に同意を示したことによって彼は振り返る。その表情は期待に満ちた笑顔だった。そんな彼の期待を打ち砕くように、私は言葉を続ける。
「でも、それは正しい努力だった場合。いまのアンタみたいに意地になって、間違った努力を続ける限りは実になることなんてないわ」
一瞬で彼の表情が抜け落ち、崩れ落ちて地面に膝をつく。彼自身も薄々は気付いていたはずだ。自分が努力だと思っていた行動は、間違った努力だったということを……。
「分かったら……」
「お願いします。僕を手伝ってください!」
さっさと帰れ、と言いかけたところで、彼はそのままの姿勢で頭を下げて土下座を始めた。あまりに自然な流れだったせいで、二の句を継げなくなってしまった。頭を下げたまま、じっと私の言葉を待つ彼の姿に絆されたわけではない。
ただ、これ以上付きまとわれるのが面倒だと思っただけだ。
「分かったわ。それじゃあ、このダンジョン上層のボスを討伐するまで、ってことでいい?」
「……! あ、ありがとう!」
私の提案はかなり甘いものだ。特段の見返りもなく、ゴールを決めただけに過ぎない。それによって得られるメリットは彼が私に付きまとわなくなるだけ。正直言って割に合わない。
「まずは手本を見せるから、その通りに倒せるように練習すること。いいわね?」
「……頑張ります!」
私はほうきを手にジャイアントフライに向かっていく。
「まず、こいつは頭が弱点よ。正確には首だけど、こうして頭を勢いよく吹き飛ばすと、首がもげるわ!」
ほうきを首に勢いよく叩きつけると、ダルマ落としのようにポーンと首が胴体から離れて吹き飛んでいった。それを横目に見ながら、今度はジャイアントローチに向かっていく。
「こいつは、毒とか魔法で殺すのが良いんだけど、アンタが戦うなら、足をひたすら狙うこと。この時、胴体に攻撃を当ててはダメ。体液が飛び散るわ!」
ほうきで足を一本ずつ折っていく。足を失ったジャイアントローチはひっくり返って残った触手と口を動かしていた。放っておいても良いんだけど、ここは時短のために、先ほど使った重曹を口にばらまいて殺しておく。
「あとは都度、教えていくわ。まずは、この二種類を倒せるようになりなさい」
「が、頑張ります!」
五郎は剣と盾をしっかりと持ち直すと、勢いよくモンスターに向かっていく。特にジャイアントローチ相手は苦戦して、何度も体液を浴びていた。きたない。
もっとも、ジャイアントローチは私の駆除対象でもあるため、彼がそれなりに戦えるようになったところで、ストップをかける。
「あとは私がやるわ。もともと私の依頼でもあるし」
懐からハンドボールくらいの球体を取り出すと、ジャイアントローチの目の前に転がす。最初のうちは警戒していたが、すぐに球体に群がっていった。
「よしよし、食い付いているわね」
「あれは?」
「ホウ酸団子よ。モンスター用に大きめに作ってあるわ」
こいつらを駆除するための定番アイテム、ホウ酸団子である。もちろん市販の毒餌もあるが、モンスター相手には大きさが足りなさすぎる。
しばらくすると、ジャイアントローチの大半はどこかに行ってしまったが、一部は途中でひっくり返って足をひくつかせていた。
「何匹か逃げちゃいましたけど……」
「それでいいのよ。ヤツらが巣の中でフンをしたり死んだりしたら、他のヤツがフンや死体を食べるの。それも毒になっているから、巣ごと一網打尽にできるのよ」
こいつらはちまちま潰しても根本的な解決にならない。毒餌みたいに、巣ごとまとめて殺すようなものが必要なのだ。
「さて、こいつらはこれで良いとして……。さっさとボスを倒しに行くわよ」
五郎を連れてダンジョンの奥へと向かう。そこにはボス部屋らしい重厚な扉があった。
「ここのボスはキラーマンティスよ。弱点はジャイアントフライと同じく頭なんだけど……。まず狙うのは無理ね。まずは何とか接敵するのよ」
「よし、うりゃあああ! ぐふぇっ!」
勢い良く突っ込んでいった五郎が吹き飛ばされて戻ってきた。鎧に直線形のへこみがいくつもできていた。
「バカじゃない。なんで無防備に突っ込んでいくのよ……。アイツの鎌は不可視の斬撃を放つことができるのよ。今回は運よく鎧のあるところだったけど、下手したら一発でアンタの首が吹っ飛ぶわ」
「く、くそぉぉ。それなら先に言ってくれよ……」
「まったく……。真正のバカね。探索者は事前に情報の無い敵に襲われることも珍しくないわ。イレギュラーなんていう特殊個体もいる。どんな攻撃をしてくるかも分からない。そんな相手に無防備に突っ込んでいたら命がいくつあっても足りないわ!」
ボロクソに言っているけど、彼のように遠距離攻撃が無いだろうと油断して亡くなる探索者は少なくない。今回は私がボスの能力を把握していたから、あえて好きにやらせてみたけど、結果はこのザマである。
「さて、分かったなら立ちなさい。まさか一度転がされたくらいで、トドメを刺されるのを待つつもりなの?」
「い、いや……。大丈夫だ」
ふらつく足取りで立ち上がると、回復ポーションを飲み干す。そして、飲み終わった瓶を放り投げた。
「何やってんだ、ボケがぁぁぁ!」
その瞬間、私のほうきが彼の頭をジャストミート。そのままボス部屋の扉の前まで吹き飛ばした。
「あ、彩愛さん……。いったい、なぜ……」
「ああん?! アンタ、さっき何したか分かっているのか?」
「えっと、ポーションで回復を……」
「その後だ! ボケが!」
強烈な殺気を放ちながら彼に詰め寄る。その余波を受けてキラーマンティスまで震え上がっていた。それでもボスであるため逃げることなど許されない。ただひたすら震え上がることしかできなかった。
「瓶を……捨てました……」
気圧されながら消え入りそうな声で答える彼に、私は殺気を放ちながら微笑みかける。
「そうだね。瓶のポイ捨てはダメだよ。二度としない。いいね?」
五郎は震えながらコクコクと首を縦に振る。その答えに満足した私は捨てられた瓶を拾って、ゴミ箱へと放り込んだ。
「さて、それじゃあ。戦闘再開だ」
私は再び五郎を焚きつけた。
◇◆◇
こちらの作品ですが、大幅改稿して、新たに連載開始いたしました。
ストック分は今後公開していきますが、こちらの作品も読んでいただけますと幸いです。
https://kakuyomu.jp/works/16818093090308992860
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