第5話 黒い悪魔
「どうやったらこんな状況になるのよ……」
ジャイアントフライをほうきで叩きながら、思わず愚痴を漏らす。今日の依頼は築地ダンジョンの掃除だ。掃除と言いつつ実際は害虫駆除である。掃除をせずに長期間放置した結果、大量の『黒い悪魔』が発生したらしい。
このダンジョンは昆虫系モンスターがメインのダンジョンだ。昆虫系は身体能力が高いが、魔法攻撃全般に弱いという特徴がある。それもあって、難易度は他と比べると低いのだが……。
「まあ、難易度低くても、これじゃあ人気なくて当たり前だわ……」
生きていても見た目がグロい。それだけでなく下手に叩き潰すと体液がばらまかれる。ぬちゃっとした粘液まみれになるのは精神的にきついものがある。
「魔法が使えれば氷結系魔法でイチコロなんだけどなぁ……」
元とはいえ忍者の私は忍術は使えても魔法は使えない。完全に潰れない程度の威力で飛び回るジャイアントフライを叩く。気絶して動かなくなったところで、ちり取りを使って首を切断する。体液が飛び散るのは胴体の部分なので、首を切ると安心して殺せるのだ。
「うわあああ、助けてくれえええ」
「えっ?」
私が駆除しながら奥へと進んでいると、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてくる。奥へと足早に向かうと、そこにいたのは数匹の『黒い悪魔』に絡まれている五郎だった。
「なにやってんのよ。アンタ……」
「あ、彩愛さん。良い所に。助けてください!」
彼の鎧はこいつらに齧られてボロボロになっていた。基本的には臆病な性格なのだが、雑食性のため武器や防具もこいつらにはエサなのである。
「仕方ないわね……」
私はカバンから白い粉を取り出すと、彼に向かって投げつける。
「うわっ、うぷっ。ちょっと、酷いっすよ! なんかベトベトするし……」
「我慢しなさい。もう少しの辛抱よ」
全身に白い粉を浴びた五郎は不満の声を漏らすが、睨みつけて黙らせる。一方の『黒い悪魔』たちは白い粉が目の前に来た瞬間、彼の鎧を無視して、白い粉を食べ始めた。
しばらくの間は白い粉を食べ続けていたこいつらだったが、すぐにひっくり返って足をピクピクと動かしていた。這いながら私の下までやって来ると、立ち上がって白い粉をはたき落とす。
「何か甘い……?」
はたき落とした白い粉が舞い上がって口の中に少しだけ入ったのだろう。彼は不思議そうな顔をしていた。
「これは、忍法、毒餌の術よ」
「ど、毒だって?!」
「大丈夫よ、この毒餌は人体に害はないわ」
慌てふためきながら吐き出そうとする彼に、諭すように言う。すると次第に落ち着きを取り戻していった。完全に冷静さを取り戻して一息ついたところで、怒りがこみ上げてきたのだろう。私に詰め寄ってくる。
「ちょっと、毒餌ってどういうことだよ。それに本当に大丈夫なのか?!」
「問題ないわ。それ、砂糖と重曹だもの」
重曹は、この黒い悪魔――ジャイアントローチに有効な物質の一つだ。人体には影響ないのは食品に使われていることからも明らか。諸説あるけど、化学変化によって二酸化炭素を放出する性質があるため、それが体内を圧迫するのではないかと言われているが……実際のところは不明だ。
「この大きさでも効くんだな……」
五郎は呆れたように肩をすくめる。それもそのはず。ジャイアントローチは体長一メートルほどもあるからだ。
「効かなかったら別の手を使うまでよ。アンタごとほうきで叩き潰しても良かったんだけどね」
私の言葉に顔面蒼白になりながら震える。それは、こいつらの体液まみれになる恐怖なのか、あるいは、ほうきで一緒に叩き潰される恐怖なのか。
「それはそうと、こんなところで何をやってんのよ。しかも一人で」
「それは……。パーティーに正式に加入するまでに、少しでも力を付けようと……」
「それはおかしいんじゃないの?」
彼の言葉に私は首を傾げる。五郎も私の様子に共感する部分はあるものの、肩を落としながら事情を説明する。
「それなんですけど、探索者協会の方で取ってきたサークレットに疑義があるらしく、それが認められるまでは正式に加入はさせられない、と……」
その言葉に、ますます混乱が深まる。そもそもパーティーの加入試験のお題のはずなのに、なぜ探索者協会が関係するのだろうか。
「そもそも、私とアンタが直接ロードから取ったものじゃない。ニセモノってことは無いはずでしょ?」
「はい、そのはずなんですが……。リーダーがそう言っているので……」
今一つ煮え切らない態度だ。そもそも探索者協会には高度な鑑定魔法を使うことのできる職員もいる。彼らにかかればドロップアイテムが本物かどうかだけでなく、それを手に入れたのが誰か正確に特定できるはずである。
「まあ、それはそれでいいけど……。そもそも、何でここに一人で来てるのよ」
「えっと……。結衣には聞いたんですけど、予定があるみたいで……。それにあの日から少しだけよそよそしいというか……」
俯き気味に答える彼の様子からも、明らかに落ち込んでいるのがわかる。
「一人なのは分かったけど、何でこのダンジョンに来たのかよ」
「えっ? ネットでおすすめのダンジョンを聞いたら、ここを教えてもらったんです。モンスターを倒しやすいダンジョンだって……」
「はあ……」
ネットの情報を鵜呑みにする彼に、私は思わずため息が漏れる。唯一の救いは、その話が真実であるということだろう。
「確かに、ここのモンスターは倒しやすいわ。でも、アンタにとっては、まだ渋谷ダンジョンのゴブリンの方がマシね」
「えっ? ど、どういうことですか!」
「ここのモンスターは魔法攻撃に弱いのよ。だから魔法が使える探索者なら、簡単にモンスターを倒せるわ」
その言葉に呆然とする彼は、手に持った剣と盾を取り落としそうになる。ギリギリで気付いて剣と盾を握りなおすと、生唾を呑み込んだ。
「そ、それじゃあ。魔法が使えない場合は……」
「言うまでもなく、最高難易度のダンジョンよ。ドラゴン系のモンスターが出てくる横浜ダンジョンと同じくらいね」
「そんなぁ……。俺は騙されたのか……」
ダンジョンの床を叩きながら悔しがる五郎。残念ながら彼は騙されたのではない。
残念な頭だから騙されたような感じになっただけだ。
「さて、状況が理解出来たら、帰ってちょうだい。仕事の邪魔だから」
「そんなぁ、ちょっと手伝ってあげるか、って思ったりしないんですか?!」
「……全然」
五郎は詰め寄ってくるが、正直言ってどうでも良い話だ。むしろ行く先々で行き倒れになられて迷惑しているくらいだった。
「残念だけど、手伝うつもりはないから。帰らないなら勝手にすればいい」
私は責任持つつもりはない、というつもりで言ったのだが……。それを聞いた五郎は目を輝かせる。
「分かりました! では、勝手についていきますね!」
……そういう意味じゃないんだよ!
◇◆◇
こちらの作品ですが、大幅改稿して、新たに連載開始いたしました。
ストック分は今後公開していきますが、こちらの作品も読んでいただけますと幸いです。
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