第4話 偽りの証

「彩愛さんなら……。勝てるんですか?」

「勝てる、でも戦うつもりはないの……。邪魔するなら戦うけどね」


 彼は唐突に地面にひざまずいて土下座を始めた。


「お願いします。今回だけでいいので、手伝ってください!」

「ダメよ。他人の力で得た結果を自分のものにしたところで碌な結果にはならないわ」

「お願いします、お願いします!」


 断ろうとしているものの、彼はひたすら頭を地面に付けて頼み込んでくる。彼の一途な姿勢に絆されつつある自分に気付いて、呆れそうだ。


「分かったわ。今回だけだからね」

「あ、ありがとうございます!」

「アンタにも手伝ってもらうからね」

「もちろんです。いくらでも盾になります!」


 彼も気合は十分なようだけど、別に盾になって欲しいわけじゃない。

 ポーチを漁ってピアノ線を取り出すと彼に手渡した。


「これは?」

「見ての通り、ピアノ線よ。これを扉の前に十本ほど。高さが一メートルちょっとのところに設置して欲しいの。ハンマーと杭も使っていいから」


 不満げな表情ながらも、彼は丁寧にピアノ線を張っていく。そして、三十分もしないうちにピアノ線を張り終えてしまった。


「終わりました!」

「それじゃあ、私は中に行ってくるわ。五郎は、その辺の物陰に隠れていて」

「えっ?!」


 いよいよ戦うのだと覚悟を決めていた彼だったが、私の言葉に拍子抜けしたようだ。しぶしぶと言った様子で物陰に隠れる。


「さて、それじゃあ行きますか」


 中に入ると、二種類の液体の入った袋を部屋中にばらまく。地面に当たって袋が破けると、ダンジョンの床が水浸しになっていく。


「ギギギ、ギギギーーグギギー!」


 進入した私に気付いたロードが護衛召喚の雄叫びを上げる。それを無視して、私は外へと出て扉を閉めた。

 一方、雄叫びを聞いたゴブリンたちがボス部屋へと殺到する。


「「「「グギィ?」」」」


 召喚に応じたゴブリンたちは尽くピアノ線によって首を刎ねられていった。


「ふふふ、忍法、断頭台ギロチンの術!」


 定期的にボス部屋を目指しては、尽く首を刎ねられるゴブリンたち。一向に到着しない護衛により、ロードの雄叫びにも焦りが浮かぶ。


 しばらく聞こえてきた雄叫びも、次第に小さくなってついには消えてしまった。


「そろそろ良いみたいね」


 私が扉を開けると、ツンとした匂いがする。部屋の中央にはロードが倒れていた。


「これは一体……」


 呆然とする彼を無視して、サークレットを拾うと入口に戻る。


「忍法、毒霧の術! 『混ぜるな危険』ってやつね」


 袋に入っていたのは、それぞれ『塩素系洗剤』と『酸性洗剤』。換気しないで混ぜた結果、ゴブリンロードもイチコロだ。


「そしたら、後片付けだけね。アンタもちゃんと手伝ってよ」


 彼に総重量三十キロの訓練用ほうきを手渡す。


「それじゃあ、外の掃除をよろしく!」

「えっ、僕が? って重っ!」


 文句を言いながらも大量に作られたゴブリンの死体を集めている。その間に、私はロードの死体をちり取りで回収し、彼の集めた死体も回収した。


「ちゃんとキレイになったし、あとは戻るだけ!」

「うう、疲れた……」


 彼を急かして入口へ向かう。ボスの召喚のおかげか、帰りはモンスターに遭遇することも無かった。ダンジョンの外に出ると、受付の人が心配そうな表情で立っていた。


「影野さん! 遅かったじゃないですか! 心配したんですよ」

「ごめん。途中で生存者を見つけたから、ここまで連れてきたんだよ」


 受付の人に説明すると、納得してくれたようで胸を撫で下ろしていた。


「……わかりました。手続きしますので、こちらへお願いします」


 受付で作業報告を行う。今日はシャーマンとストーカーのせいか、探索者の遺体が多かったため、ゴミ箱から取り出して一人ずつ並べていく。関係者が来ている人もいるらしく、遺体に縋りついて嗚咽を漏らしている人も何人かいた。


「まったく……」


 そんな様子を見ても、私の心はそれほど動かない。清掃員をやっていたら、それなりに目にする光景というのもあるが、結局は自業自得だからだ。一攫千金を狙って無謀なことをする。それをハイリスク・ハイリターンとうそぶくのだから、愚かとしか言いようがない。


「五郎! 無事だったのね!」


 私が感傷に浸っていると、ホールに一人の少女が入ってきた。おそらく彼女が五郎の言っていた結衣だろう。シーフ系の探索者なのか、ジャージのような動きやすい格好をしている。

 彼女は五郎に飛び込むように抱き着いた。しばらくの間、抱き合っていた二人だが、周囲の視線を感じて、そそくさと離れる。


「そうだ、結衣! サークレット取ってきたぞ!」


 彼は懐からロードのサークレットを取り出すと、結衣に見せる。


「これが……。これで加入試験は合格できるの?」

「そうだね。これなら文句は無いだろう」


 二人は笑顔で見つめ合う。周囲の人たちは彼らを生暖かく見守っているようだ。私だけ、彼らを冷ややかな目で見ていた。


「それはアイツらの身の丈には合わない代物。それを肝に銘じることね」


 そうつぶやいて、彼らに背を向けるとダンジョンを後にした。


◇◆◇


こちらの作品ですが、大幅改稿して、新たに連載開始いたしました。

ストック分は今後公開していきますが、こちらの作品も読んでいただけますと幸いです。

https://kakuyomu.jp/works/16818093090308992860

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