第3話 無謀ゆえの敗北
「うりゃあああ!」
「グギギィィィィィ!」
五郎がゴブリンウォーリアを一刀両断にする。あれから私は彼に付き添ってダンジョンの奥へと進んでいた。全く危ういところもなく。
「なんで死にかけてたんだよ……」
「えっ、そ、それは……」
疑問を口にした私の意図を理解して、言葉を詰まらせる。ソロでこれだけ戦えるのであれば、シャーマンとストーカー相手でも互角以上に戦えたはずだ。
「それは……。僕がターゲットを固定しきれなかったからなんです……」
「どういうこと?」
「僕たちは加入試験のために幼馴染の結衣――
彼の話を聞いて、愕然とする。強い魔法を使うことで跳ねることは確かにあるけど、弱い魔法を連発して跳ねるなんてバカなこと。探索者なら常識中の常識である。この時点で私からみたら胡散臭さしかないんだけど、とりあえずは話を聞くことに集中する。
「慌てて引きはがしたんですが、彼女の方にモンスターが向かっていったことで、散々僕を罵ったあと、帰っていきました。リーダーは責任を取ってモンスターを食い止めるように言うと、結衣を連れて逃げていきました。みんなの気配が無くなったので撤退しようとしたところで、不意打ちを食らってしまって……。ご覧の有様です」
「うわ、最悪な連中ね……」
誰かを囮に仲間を逃がすのは、珍しい話ではない。だが、パーティーに正規加入していない人間を囮にするなど前代未聞だ。もっとも、私にしてみれば誰かを犠牲にしている時点でクソだ。誰が死体を片付けると思っているんだ。
「結衣って幼馴染も大概クソね」
苛立ちで、私のオブラートが完全に剥げてしまったようだ。しかし、そんな私の暴言に対しても、彼は幼馴染を庇おうとする。
「そんなことないです! 結衣は最後まで残ろうとしてくれたんです。でも、リーダーの人が彼女を引きずるようにして連れていったんです。僕としても結衣が逃げてくれないと撤退できないので……」
分かってはいたけど、彼のお人好しには呆れてため息が漏れる。まあいい。彼とはダンジョンを出るまでの一時的な関係だ。深入りする必要は無いだろう。
「さて……。そろそろボスの部屋よ。覚悟はできてる?」
「もちろんです」
「まあ、無理だと思うけどね。頑張りなさい」
五郎は静かに扉を開ける。その部屋の中央には漆黒の鎧に身を包んだゴブリンロードがぽつんと立っているだけだった。そのことに安堵したように見えた。その甘ったれた男を全力で殴りたいという衝動を抑えている私の気も知らずに……。
「い、行きます! おりゃああああ!」
気合一閃。雄叫びを上げながら斬りかかる五郎。その斬撃をロードは漆黒の剣で易々と受け止めた。受け止められた反動で距離を取ると、今度は剣先をロードに向けて突進する。
「うおおおぉぉぉ!」
ロードはわずかに重心をずらすと、五郎の剣の腹に自らの剣を軽く当てる。それだけで容易く軌道をずらされた剣は空を突く。そのまま彼の身体ごと逸らされ、勢い余って転倒した。
「ギギギ、ギギギーーグギギー!」
ロードの叫び声。部屋に向かってくる多数の足音。
「ちっ、護衛召喚が始まったわ。さて、アイツはどれくらい耐えれるかしら……」
ボスのソロ討伐を困難たらしめているのが、この護衛召喚だ。一定時間ごとに発する雄叫びによって、十数匹のゴブリンを召喚する。その中には彼を追い詰めたシャーマンも含まれていた。
「く、くそっ!」
「ギギギー!」
部屋の中に殺到したゴブリンはロードを取り囲み陣形を組む。こうなってしまっては、取り巻きを倒さない限り手も足も出ないだろう。
「これは無理そうか……」
一度でも取り巻きを呼ばれてしまうと、彼の殲滅力では追いつかない。次第に増えていく取り巻きに埋もれていくのは時間の問題だった。雄叫びを上げながら剣を振り回すも、焼け石に水だ。
「ふう、やれやれだわ」
私はモンスターに囲まれた五郎の所に降り立つと、ほうきを構える。
「忍法、
振り回したほうきから発生した風圧がモンスターたちを一斉に吹き飛ばす。その隙にほうきを背中に差して彼の足を持ち、同じように振り回す。その勢いで、彼を入口の扉に向かって放り投げた。
「うりゃあああああ!」
「ぐえっ!」
思いっきり扉に衝突した彼は、潰れたカエルのようなうめき声を上げてずり落ちる。素早く彼の下に駆け寄ると、ポーチから取り出したエリクサーを数滴、彼の口に流し込む。さすがエリクサー。顔面から扉に衝突したはずなのに、傷跡一つ残っていない。
「はっ、ここは……」
「目が覚めたのなら、早く起きて。逃げるよ!」
扉を開けると五郎の身体を蹴り出すと同時に、外に出て扉を閉めた。殺到してきたゴブリンたちも扉に阻まれて、手も足も出ないようだ。
「無事だったようね」
「……すみません」
護衛召喚に成す術もなかった彼は、一言だけ謝罪してうなだれる。
「これで分かったでしょ。アンタじゃ力不足。さっきだって私が助けなかったら、そのままゴミになってたところよ」
「そんな……。どうしようもないのか……」
「そもそも、そんなパーティー入る価値無いわよ」
何を言われたか知らないけど、聞く限りでは最悪なパーティーだ。こだわるような所が私には全く無いように思える。
「あのパーティーは結衣が見つけてきたんですけど、結成してから半年でDランクまで上がったそうなんです。その勢いで、すぐにでもCランクになるだろうって。Sランクを目指すなら、そこみたいに有望な所じゃないとダメだって……」
言っていることは至極まともそうに見える。だけど、Dランクまで上げるのは意外と簡単だ。半年は……むしろ遅いくらいじゃないかな。有望かどうか……。聞く限りではダメな方だろうね。
「まあ、これで無理だと分かったでしょ? それじゃあ帰るよ」
立ち上がろうとした私の前に彼が立ちふさがった。
◇◆◇
こちらの作品ですが、大幅改稿して、新たに連載開始いたしました。
ストック分は今後公開していきますが、こちらの作品も読んでいただけますと幸いです。
https://kakuyomu.jp/works/16818093090308992860
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