第16話

 部室での特訓を終え、俺たちは戸締りをして部室を後にする。今日はバイトなので、俺と小雪はこの後バイトに出掛ける。

 自転車置き場で伊吹と分かれた俺と小雪は二人並んで自転車を漕ぎだす。

 しばらく自転車を漕ぎ、バイト先に到着すると自転車を止め、店の中に入る。


「おはようございます」

「おはよう。今日もよろしくね」


 店長に頭を下げ、制服に着替える。小雪と交代し、その間に俺は引継ぎノートを確認する。どうやら午前中に一件入れ忘れがあったようだ。もしかしたら取りに来るかもしれないから、注しておかないとな。

 小雪が着替えて出てくる。二人並んで接客七大用語を読み上げ、店内に出る。

 小雪にレジを任せ、俺は品出しに移る。接客もだいぶ慣れたらしく、小雪は順調にレジ業務をこなしていく。品出しを一通り終えてレジに向かうと、小雪がレジでなにやら揉めているのを発見する。


「だから、入れ忘れんなつってんだよボケがよ」

「は、はいっ!」


 レジに戻ると、厳つい顔をした中年の男性が小雪を恫喝していた。俺はすぐに割って入ると事情を聴く。


「なるほど、入れ忘れ把握しております。当店の不手際まことに申し訳ございません」


 俺はできるだけ穏便に済ませようと頭を下げる。客は尚も不満そうだったが、商品を受け取るとぶつぶつ言いながら出て行った。


「大丈夫か、小雪」

「う、うん……ちょっと、こ、怖かった」

「だな。まあおっさんの大声はびびるよな」


 小雪は少し体を震わせている。余程怖い思いをしたのだろう。俺は小雪の頭を撫でると、裏の作業をしに行こうかと提案する。

 もう一人の従業員に店内を任せ、俺と小雪はウォークイン冷蔵庫に移動する。

 冷房を止め、中に入る。


「悪かったな小雪。レジ慣れてそうだったから任せっきりになっちまった」

「む、椋木のせいじゃないし。わ、私がきちんと対応しなくちゃ駄目だった」

「お前まだ入って数日だろ。そんな気負わずに先輩に頼ったらいいんだぞ」


 小雪は頬を朱に染めると頭を振る。


「め、迷惑、だろ?」

「迷惑なもんか。俺がお前をバイトに誘ったんだぞ。お前はよくやってるし、いつだってフォローするって言っただろ」

「い、いいのか?」

「それが先輩ってもんだ」


 俺は微笑み、ジュースを手に取る。冷蔵庫の作業は普段男が担当することが多いが、小雪も覚えておいて損はないだろう。まあ、小雪をちょっと客から離す為の口実だったが、上手く機能してくれたようでうれしい。


「冷蔵庫は毎日ジュースと酒が入ってくるんだ。そのジュースを段ボールから棚に並べていく。まあ整理だな。結構重労働だぞ」

「う、うん。やってみる」


 小雪は段ボールを開けると、ジュースを手に取り棚に並べ始める。几帳面な性格なのか、かなり丁寧な動きだ。初めてだし、こんなもんだなと頷く。


「一応、ここにはブザーがあって、レジが混んだら呼ばれる。呼ばれたらレジのフォローに行く。それだけは守ってほしい」

「わ、わかった」


 小雪は頷くと、次々に段ボールを開け、ジュースを補充しながら余った分は棚に並べていく。

 ふと、小雪が肩を抱いてぶるりと震えた。


「寒いのか」

「す、少し」

「待ってろ」


 俺はいったん冷蔵庫を出ると、ユニフォームが吊るしてある場所に入る。そこから大きなジャンバーを手に取って冷蔵庫に戻った。


「ほれ」

「あ、ありがと」


 小雪はジャンバーを羽織り、作業を続ける。冷蔵庫は冷房を止めても冷気が漂っている為、結構冷える。女子は冷え性の子も多いだろうから、辛いかもしれない。


「だいぶ綺麗になったな」


 小雪の手際の良さが際立ち、棚は綺麗に整頓される。段ボールは俺が潰しまとめておく。冷蔵庫の中に大量にあった段ボールの山もなくなり、すっきりとした風景があった。

 小雪にまとめた段ボールを運ばせ、外に出る。ゴミ置き場に段ボールを置いておくと、ゴミ収集の人が持って行ってくれる。ゴミ置き場の鍵を開け、中に段ボールを置く。その拍子に何かが小雪の腕を這った。


「ふぎゃっ⁉」


 小雪が素っ頓狂な声を上げ、暴れまわる。腕から上ってきたゴキブリが、小雪の服の中に入って暴れまわっているようだ。


「む、椋木、取って!」


 悲鳴を上げる小雪の腕を押さえると、俺は背中を軽く叩いてみる。ゴキブリが背中から首元に這いあがってきて、俺はそれを叩き落した。


「大丈夫か、小雪」

「ぞわってした……」


 青い顔をする小雪を慰めながら店内に戻る。ゴミ置き場はゴキブリの溜まり場だから、ゴミを捨てる際には注意しないとたかられる。そのことを小雪に伝えるのをすっかり忘れていた。

 石鹸で手を念入りに洗う小雪。余程気持ち悪かったらしい。そうこうしているうちに納品の時間になった。弁当類が運ばれてくる。俺は小雪を連れて検品業務をすると、弁当を綺麗に並べていく。

 小雪のお腹が鳴った。


「帰りなんか奢ってやるよ」

「い、いいのか?」

「今日は頑張ったからな」


 小雪が嬉しそうに頬を緩ませる。弁当を並べ終えた俺たちはシフトが終了し、深夜の人が交代で入ってくる。防犯ブザーを手渡し、今日の業務を終了する。

 引き上げた小雪と俺は順番に着替えを済ませ、事務所を出た。


「小雪、何がいい」

「じゃ、じゃあ、からあげ」


 小雪のリクエストに応えて売れ残りのからあげを二箱購入し、店の外で食べる。バイトしていると腹が減るのは男子も女子も同じらしい。


「む、椋木、きょ、今日はありがとう」

「なんだよいきなり」

「た、助けに、き、きてくれた」

「当たり前だろ」


 クレーム客の対応の時のことを言っているらしい。確かにあの客は小雪には荷が重かったし、俺が対応するのが自然だった。それでも小雪からすれば、感謝の気持ちが絶えないのだろう。


「わ、私、ちょっとは自信ついてきてた」

「そうだな」

「ひ、人と、普通に話せるように、なりたい」

「なれるさ、お前なら」


 道路をテールランプが行き交い、信号が点滅する。それを眺めながら、俺と小雪はからあげを頬張った。


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