第15話
放課後。部室に集まった俺たちはテレビの前でアニメを視聴する。今日は小雪の希望で、BLアニメだ。
俺は別に腐男子ではないからBLアニメは嗜み程度にしか見ないが、小雪のおすすめとあって結構おもしろい。BLアニメは単純な恋愛アニメとして見れば楽しめる。伊吹は初めて見る世界に、興味津々のようで黙って視聴を続けている。
「なんかいいかも」
伊吹がうっとりとした表情を浮かべてそう言う。それを聞いた小雪が口の端を吊り上げると、伊吹に話しかける。
「BLは、興奮する。どっちが攻めでどっちが受けかを妄想するの、た、楽しい」
「なるほど。私は奏太が受けだと思う」
「そ、それはし、素人。奏太は攻め。あの童顔で内に秘めたサディスティックさが売り」
小雪がBLを語りだしたら長い。俺はそっと視線を外すと文庫本に目を落とす。小雪が伊吹と話す分には俺は放置することにしている。小雪にとって人とコミュニケーションを取ることは、自身の成長に望ましい。同学年の女子と話すことは小雪にとってプラスにしかならない。
「た、たとえば、椋木と氷室だとどう思う」
「え、そうだな。でも、晴彦って結構Sっ気あるからな」
「わ、わかってるじゃないか。でも、そこはあえて椋木は受け。Sっ気のある椋木が氷室に攻められるところに興奮する」
「な、なるほど!」
何の話をしているんだか。俺は溜め息を吐くと、小雪の頭に文庫本を落とした。
「あいたっ」
「俺たちをBLの材料にするな」
「ご、ごめん。つい」
小雪は根っからの腐女子だ。目の前の男子二人を前にすると、カップリングを考える。リアルで妄想してしまうほどの筋金入りの腐女子だった。伊吹を腐女子にしてしまうのは少々気が引ける。俺は小雪に自重するように釘を刺すと、伊吹に向き直る。
「伊吹、昼休みの特訓の続きをするぞ」
「え、ここでやるの」
「湊がいないとこならどこでもだ」
伊吹は小雪の視線を気にしているらしく、煮え切らない。俺はそんな伊吹を壁際に追い詰めると、壁ドンする。
「お前は俺の言うことを聞いていたらいいんだ」
「ううっ、無理ぃぃぃぃぃ!」
伊吹が俺の胸を押す。だが、俺の体はびくともしない。こんな女子の力で押しのけられるほど、柔な肉体はしていない。
「可愛い反応じゃないか。普段からそうやって可愛い反応をしていればもっと可愛がってやるのに」
「はうぅ……」
伊吹は顔を真っ赤にして俯いた。
「な、なにしてるんだ?」
小雪が顔を真っ赤にしてこちらを見ている。
「ああ、実は伊吹に恋人の振りを頼まれてな。こいつは照れるとすぐに暴力を振るうから、それを抑える為の訓練だ」
「こ、恋人の振り?」
小雪はなぜかショックを受けたような表情になると、目を伏せた。
「う、羨ましい」
よく聞こえなかったが小さく何事か呟いた。
一方の伊吹は顔を真っ赤にして、俺の胸を押している。
「力強っ……」
「どうした。そんなに恥ずかしがらなくてもいいんだぞ」
「無理だって。そんな甘い言葉をかけられたら破裂する!」
胸を連続で叩く伊吹。俺は溜め息を吐くと、伊吹を解放する。伊吹はその場で崩れ落ち、肩で息をしている。
「やはり照れると手が出るな。こんなことじゃ湊に迫られても暴力を振るいそうだな」
「だ、だってー」
「だってじゃない。恥ずかしいのはわかるがせめて女子らしい反応にしろ。相手を拒絶するな」
「てか、晴彦はなんでそんなに恥ずかしがらずにできるのよ」
「まあ、任務だと思っているからな」
伊吹に対しては任務だとしか思っていない。こいつを勝ちヒロインにするのは俺の仕事で、やらなければいけないことだ。俺だってその辺の有象無象の男子たちと変わらない。普通の女子に迫るとなったら照れもするが、これはあくまで演技だ。アニメ好きは総じてアニメキャラの真似をしたことがある。それを実践に活かしているに過ぎない。モデルは少女漫画の王子様キャラだ。
「うう……心臓がうるさい」
伊吹は胸を押さえて、深く息を吐く。
俺も引き受けた以上は全力でサポートする。それが俺の信念だ。
「伊吹は黙ってれば可愛いんだから、もう少し乙女な仕草を身に着けることだな」
「……わかってる」
伊吹は頬を染めると目を逸らした。
その様子を見ていた小雪が前に歩み出る。
「あ、あの! わ、私にもやってくれないか」
「どうして?」
「わ、私も、照れて、いざっていうときに相手を拒否してしまうかもしれないから」
なるほど。確かに小雪も照れ屋な一面はあるし、いざというときに相手を拒否する可能性がないとも限らないな。確かに俺は小雪を勝ちヒロインにすると引き受けた身だし、彼女の願いも叶えてやる義務がある。
俺は小雪の手を掴むと、そっと自分の方に抱き寄せた。
「よく見ると可愛い顔してるな。小雪は」
「あ……う、うん」
小雪は目を泳がせると、顔を真っ赤にして頷いた。小雪はいざというとき何もできなくなるタイプか。伊吹と比べて反応はいい。これなら好きな奴に迫られても可愛いと思ってもらえるんじゃないか。
「む、椋木もか、かっこいいよ?」
小首を傾げて小雪がそう言ってくる。これは破壊力がある。相手を褒めるのは重要な要素だ。伊吹に足りないところを小雪はマスターしている。俺は頷くと小雪を解放した。
「小雪はできてる。それでいいと思うぞ」
「ほ、ほんとに?」
「ああ。なかなかにぐっときた。可愛かったぞ」
「う、うん。あ、ありがと」
小雪は嬉しそうに微笑むと、頭を掻いた。
その様子を横で見ていた伊吹は、立ち上がると頬を張った。
「私も頑張らないと」
どうやら小雪の様子を見て気合が入ったらしい。俺は伊吹に向き直ると、もう一度壁際に伊吹を追い詰めた。
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