第14話
翌日の昼休み。いつものように俺と伊吹は屋上で昼食を摂っていた。
伊吹は懲りずに、また俺にあーん攻撃を仕掛けてくる。
「そんなんじゃ俺は照れないぞ」
「続けてたら効果あるかもしれないじゃん」
「ていうか、お前の方が顔真っ赤だからな」
「うるさい!」
そう言って伊吹は俺の頭にチョップをかます。
先日のマッグでの一件以来、どことなく棘のある感じになっている。
伊吹になにか心境の変化があったのか、それはわからない。だが、伊吹のあまのじゃくは改善されるどころか、俺に対しても発揮するという悪化を見せていた。
「それで、湊のおすすめアニメは見たのか」
「わかってるよ。ちゃんと見たし」
「ハマれそうか」
「まあ、おもしろいのはおもしろいし、いけそう」
湊が好きなアニメは所謂厨二病の視聴者に人気のあるアニメだ。伊吹はその厨二病とは程遠い感性を持っている。だから正直ハマるかどうかはわからなかったが、どうやら上手く視聴できたようだ。
「あれ凄いよね。女の子と出会って特別な力を手に入れるまでの流れ」
「テロに巻き込まれるだもんな。普通だったら死んでる」
「だよね。私でもドキドキしたもん。最後の主人公の決め台詞」
そう言って伊吹が主人公の台詞を真似る。なんかだんだんこいつ厨二病に染まってきていないか。
まあ湊と付き合うなら厨二病の感性があったほうがいいだろう。伊吹にも話した通り、男は自分の趣味を全肯定してくれる女に惚れやすい。
「どうかな。私、アニメの話できてる?」
伊吹は不安げな表情を浮かべて俺を見る。
「ああ、できてる。その調子だ」
俺は褒めて伸ばす方針だ。アニメに興味がなかった女子がアニメに興味を示す。それだけで湊の関心は引けているだろう。
問題は湊の趣味にどこまで合わせることができるかだ。女子の中には厨二病を全く理解できない人種も確かに存在する。伊吹はどちらかというとそのタイプに当てはまると思っていたが、いらぬ心配だったようだ。
「ねえ、晴彦。私にもっと課題を与えて」
やる気が満ちているのか、伊吹は前のめりになってそう言ってくる。
「やる気があるのはいいことだ。なら、ちょっと難しいお題を出そう。湊を否定するな」
「なにそれ難しそう」
あまのじゃくの伊吹は、ほとんど反射的に湊の言動を否定してしまいがちだ。だからそれを強制的に封殺する。
「否定したくなったら口を閉ざせ。沈黙しろ。そうすることで湊への当たりはマシになる」
「わかった」
伊吹は納得したのか、おでこをとんとんと叩きながら俺の言ったことを反芻している。
「でもね、時々自信を無くすの。私みたいな子が、湊に釣り合うのかって」
「性格はともかく見た目の話なら十分釣り合ってるだろ。お前、可愛いし」
「へ?」
伊吹はきょとんとした目で俺を見る。
「う、うっさい!」
そうして強烈なビンタが俺の頬にヒットした。
「痛えな。何しやがる」
「ご、ごめん。でも、あんたが変なこと言うから」
湯だった蛸のように湯気を上げながら俯く伊吹。褒めると暴力が飛んでくるのは考えものだな。
「伊吹。俺が褒めるから、暴力を我慢してみろ」
「う、うん」
「伊吹は料理が上手い。正直、この出来ならいつでも嫁にいけるな」
「む、むむむ……」
伊吹が反射的に出そうになった手を押さえながらぐっと堪える。
やはりこいつは褒められ慣れていないようだ。
「黙ってれば学校一の美少女だ」
「言いすぎだから!」
そう言って激しい突っ込みが飛んでくる。俺はその手を受け止めると、元に戻した。
「手、握らないでほしいんだけど」
「じゃあ暴力をまずやめろ」
伊吹は顔を真っ赤にして頷く。こいつの褒めへの耐久力はかなり低い。こんな調子で湊に褒められたら、とてもじゃないが手を押さえられないだろう。間違いなく手が出る。
今時暴力系ヒロインは流行らない。廃れた存在だ。暴力系ヒロインは結局のところ素直になれず、自分の好意を伝えることなく敗れ去っていく。そういう宿命を背負っている。
だから、伊吹を勝ちヒロインにするのなら、絶対にこの手が出る癖は治させなければならない。
俺は伊吹の目をじっと見ると、愛を囁くように言葉を紡ぐ。
「可愛いよ。そのくりっとした目も、そのぷるんとした唇も魅力的だ」
「はうっ……!?」
パニックになった伊吹の手が飛んでくる。俺はその手を掴むと、壁際に押し付けた。
「ちょっ、この体勢は」
「じゃじゃ馬だな。いくら俺を殴ろうとしたって、俺はお前の手の動きなんてお見通しだ」
「は、離して」
「だったら暴力を我慢してみろ」
壁際で密着する距離。俺が伊吹を押し付けている格好だ。まるで少女漫画の一幕のように、俺は壁に手を付き、伊吹を押さえつけていた。
「そんなところも可愛い」
「や、やめて!」
抵抗する伊吹を力で押さえつける。伊吹は顔を真っ赤にしながら涙を浮かべる。
「わかった。ちゃんと暴力は我慢するから。これ以上近づかれたら」
「この距離感でも耐えられないと駄目だぞ」
俺はゆっくりと顔を近づける。伊吹は瞑目し、力がこもる。
俺はその唇にそっと人差し指を添えた。
「それじゃキス待ちだバーカ」
「あ……」
俺は伊吹を解放すると、その場に崩れ落ちる。余程緊張していたのか、膝が笑っていた。
「は、晴彦って結構Sっ気ある」
「そんなつもりはないが」
「目と声がやばかった。耳が震えて変な感じになった」
「それを湊にやられたらお前はもっと発狂するだろ」
そういうと伊吹は小首を傾げた。そして顔を真っ赤に染めると立ち上がった。
「とにかく、今後も練習お願いね」
「任せておけ」
そうして昼休みは過ぎていく。ふざけている間にチャイムが鳴り、俺は弁当を食べきれなかった。
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