第13話

 岸和田商業高校から国道沿いの道を走っていくと、マグロナルドが見えてくる。伊吹はどうやらマッグに行くようだ。マッグは警察署の隣にあるので治安も比較的にいい。高校生がたむろするのにちょうどいい場所なのだ。

 自転車を止め、店内に入る。伊吹と俺それぞれセットを注文すると二階に上がった。

 二階はイートインスペースが充実しており、席もまばらに空いている。

 俺たちは適当に窓際の席に腰かけると、ポテトを摘まんだ。


「それで、今日はどうだった」

「うん。湊に好きなアニメも聞けたし、自分としては良かったと思う」

「そうだな。課題はクリアしたし、良かったんじゃないか」


 今日の伊吹は頑張ったと思う。湊に積極的に話しかけていたし、湊の感触も悪くなかったように思う。


「それじゃあ次の課題だが、湊おすすめのアニメを大好きになれ」

「うん。それはできそう。アニメおもしろかったし」

「ただ好きになるだけじゃだめだぞ。オタクレベルまで話せるレベルまで知識を深めることだ」

「え、そこまでは……」


 伊吹の顔が引きつる。


「男ってのはな、自分の趣味を理解してくれる女に惚れやすいんだ。だからお前が誰よりも湊とアニメについて話せる女子になったらどうだ」


 伊吹が生唾を飲み込む。


「いきなりアニメすべてはハードルが高い。だから湊が好きなアニメに限定したんだ」

「な、なるほど」


 伊吹はストローを口にくわえるとジュースを啜った。


「晴彦は凄いよね。ほんとに恋愛の師匠みたい」

「当たり前だ。俺ほどラブコメ作品を読み込んでいるやつもいない」

「あはは、そこで自信持って言えるのが凄いって言ってるの。普通アニメの知識って現実の恋愛には通用しないって」

「それは偏見だ。アニメにも現実に通用する知識はいくらでも転がっている。現実を参考に作られている作品だっていっぱいあるんだ。フィクション部分を参考にするからややこしくなる」


 俺は現実とフィクションの区別はついている。現実の女子が、人前で簡単に下着姿になったりしないのはわかっている。

 相手が女子なら、俺もそう簡単に恋愛相談には乗らなかっただろう。だが、相手が男子なら、俺は男子の気持ちはわかる。ラブコメ作品というのは男子の欲望を満たすために作られている。なら、男子が好きになるポイントというのはリアルであるはずなのだ。だからこそ、男子を攻略するうえでラブコメ作品はヒントになる。


「知ってるか。高校生男子なんて女子とちょっと目が合っただけで好きになってしまうんだ」

「いくらなんでもそんな簡単に人を好きにならないでしょ」

「ソースは俺だ」

「え」


 俺はその昔、目が合っただけの女子に恋をしてしまったことがある。なんとなくよく目が合うと感じていただけだったが、俺は簡単に恋に落ちてしまった。


「晴彦、好きな子いたことあるんだ」

「まあな。昔の話だ」


 結果は戦う前から負けていた。その女子には彼氏がいたのだ。こうして俺の恋はあえなく散った。


「どうした?」

「ううん、なんか意外だった。晴彦に好きな人がいたなんて。アニメの女の子命だと思ってたから」


 伊吹が上目遣いで俺を見る。


「確かに俺はアニメの女子が好きだ。ラブコメを勉強してから俺の惚れっぽさはなくなったからな」

「やっぱりそれって晴彦が惚れっぽいだけなんじゃ」

「そんなことはない。高校生男子なんて女子にちょっと優しくされたら惚れるんだ。だからお前のあまのじゃくな性格は逆効果なんだよ」

「うっ……それは、そうか」


 伊吹は項垂れると、ポテトを摘まんだ。


「わ、私そんなに湊に強く当たってる?」


 伊吹が目を潤ませながら小首を傾げる。


「そうだな。傍から見ていてもお前は湊への当たりはきつい」

「うう……だって好きな人の前だと素直になれないんだもん」

「それを練習するために、俺に恋人役を頼んだんだろ」


 そう言うと、伊吹はぱっと顔を上げると大きく頷いた。


「うん。お願いね、晴彦」

「任せろ」


 そう言うと伊吹は俺をじっと見つめてくる。


「なんだよ」

「目を見つめる練習」


 俺は心を無にし、伊吹と見つめ合う。伊吹はぽっと頬を赤く染めると視線を逸らした。


「晴彦強すぎでしょ」

「女子と目が合うことで惚れたからな。その耐性は強化したつもりだ」

「なにそれ反則だし」

「てか、お前、俺相手にも照れるのな」

「へ?」


 そう言うと伊吹は目を瞬かせる。


「湊に照れるならわかるが、俺相手に照れてたら練習にならんだろ」

「ち、違うから。別に照れたわけじゃないし!」


 伊吹は顔を真っ赤にしながら反論する。


「晴彦のくせに生意気」


 伊吹は肩で息をしながらそう言う。伊吹が立ち上がった表紙にポテトが飛んだ。それを伊吹は慌てて手でキャッチする。


「落ち着け伊吹」

「名前で呼ばないで!」

「お前が名前で呼べって言ったんだろうが」


 なにやら伊吹の様子がおかしい。先ほどまでと違い、顔を真っ赤にして反論してくる。

 俺は溜め息を吐くと伊吹に深呼吸を促す。伊吹はゆっくりと深呼吸すると椅子に座った。


「落ち着いたか?」

「う、うん。なんかごめん」


 何を取り乱したのかはわからないが落ち着いて良かった。俺はほっと胸を撫で下ろすとハンバーガーにかぶりついた。


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