第12話

 放課後、部室には俺、伊吹、小雪、湊の四人が集まっている。午後から雨が降り始め、野球部の練習が中止になったことで、湊も部活に参加している。

 伊吹は自身の課題をこなす為、湊に積極的に話しかけている。

 俺と小雪は、端でいつものようにアニメを視聴していた。


「あ、あのさ。湊ってどんなアニメが好きなの」

「俺か。俺はやっぱり実力隠し系の主人公が活躍するアニメが好きだな」

「実力隠し系?」

「ああ。実はとんでもない才能を持ってるんだが、普段は凡人として振る舞ってるみたいな」


 大きな括りで言えば、実力隠し系は主人公最強系に分類されるだろう。その中でさらに細分化したのが実力隠し系だ。たとえば正体不明のヒーローがいたとして、そのヒーローの正体が主人公とかそういうやつだ。

 湊は実力隠し系に憧れている。だが、当の本人はスペックが高すぎるせいで、全然実力を隠せていない。野球部では一年生ながらエースだし、容姿も整っている。


「へえ。おもしろそうだね。てっきり萌えアニメとかが好きなんだと思ってた」

「まあ萌えアニメは萌えアニメで癒されるけどな。でも、俺が一番好きなのは実力隠し系だ」

「じゃあさ、実力隠し系はどんな作品があるの」

「そうだな――」


 湊は自分の一番おすすめの作品を伊吹に伝えた。実力隠し系は影のヒーローといった感じで、裏で暗躍する主人公だ。その陰の実力者っぷりがかっこいいと思う視聴者も少なくない。厨二病なら間違いなくハマるだろう。

 俺と小雪の見ていたアニメが一段落ついたので、テレビを伊吹と湊に譲る。

 部室にはアニメのブルーレイが数多く揃っている。いずれも部費で購入したものだが、いつでも好きなアニメを見ることができる環境だ。もちろん、湊がおすすめしたアニメも揃っている。

 せっかくなので四人で湊のおすすめアニメを視聴することにする。

 伊吹は課題をこなしたことで、俺に向けてこっそり親指を立ててくる。俺も頷いておくと、伊吹は満足そうに微笑んだ。

 アニメが始まる。主人公は行方不明になった大国の王子様で、一般の学生として学校に通っている。ある時、謎の少女と出会い特別な力を手に入れる。その力を使い、裏で暗躍していく物語だ。正体を隠して学生とヒーローの二役をこなす姿に影響された視聴者は多く、今でも根強い人気を誇っている名作だ。実力隠し系の代表的作品と言える。

 案の定、伊吹も心惹かれたようで、はらははらドキドキの展開に息を飲んで見守っていた。


「おもしろいね」


 一話を見終えた伊吹がやや興奮気味にそう言った。


「早く続きが見たい」

「だろ。主人公がめちゃくちゃかっこいいんだよな。頭いい主人公ってかっこいいよな」

「うん。なんか能力もかっこいいし、どうなっていくんだろってわくわく感があるよ」


 もちろん、俺もこのアニメは好きだ。厨二病からいまだに抜け出せない俺にとって、このアニメは俺の心をくすぐる作品だ。


「や、やっぱり、潤さんの声はいい」


 この主人公の声優のファンである小雪が、目をうっとりさせながらそう言う。


「わかる。めちゃくちゃキャラに合ってるよな」

「そ、それに、む、椋木、こ、声、似てる」

「そうか? そういう小雪はヒロインに声似てるけどな」

「わ、私は、あんなに、か、可愛くない」


 自分を卑下する癖は相変わらずだな。小雪を勝ちヒロインにするにはこの自分を卑下する癖も直さないとな。その為には成功体験を積み重ねていくことが大事だ。自己肯定感が低いから、自分を卑下する。小雪にとっては今回初挑戦のバイトが成功すれば、ひとつの成功体験となる。いっそのこと好きな相手への告白が成功すれば小雪も自分のことを卑下するのをやめるだろう。だが、それは最終目標だ。そこに至るまでに小雪の卑屈さを取り除かなければならない。告白の勝算を少しでも上げる為にな。


「セリフもかっこいいんだよな。絶対真似するやつ」


 湊が興奮気味にセリフの真似をする。

 この部活に所属していて思うが、アニメは学生向きの趣味だと思う。サブスク入るだけで見れるし、お金はそんなにかからない。グッズとか集めだしたら金はかかるが、俺はグッズの収集癖はなかった。グッズを集めてもかざるスペースがないし、結局ゴミにしてしまうと考えているからだ。そんな俺にとってアニメ鑑賞は、金のかからない趣味なのだ。

 実際、俺の人生にアニメの影響は多分に含んでいる。現在進行形で二人の女子を勝ちヒロインにすべく動いているのだって、豊富なラブコメ知識によるものだし、人に優しくするのも、大好きな少女漫画から学んだことだ。

 

「まあ俺は伊吹がアニメに興味を持ってくれてうれしいよ」


 湊が噛みしめるように言う。そして伊吹の肩を叩くと、笑顔を向けた。その向けられた笑顔に、思わずときめいてしまったのか、顔を背ける伊吹。


「私がアニメ見なかったのは、み、湊がキモかったからだし」


 そうぶっきらぼうに反論する。

 どこまでも素直になれないヒロインに、俺は溜め息を吐きながら首を横に振る。


「そろそろ下校時間だ。帰るか」


 俺は部員にそう言うと、片づけをして戸締りする。


「ねえ、晴彦。この後ちょっと付き合って」


 伊吹にそう声を掛けられ、俺は頷く。その様子を見ていた小雪が戸惑うような表情を見せる。


「は、晴彦って」

「ああ、互いに名前で呼ぶことにしたんだ。部員同士だしな」


 俺がそう言うと小雪は「そ、そっか」と言い、「は、晴彦」と呟く。そして首を振ると俺に向き直る。


「む、椋木。また、ば、バイトで」

「おう」


 小雪に手を振り見送った。


「湊はどうする?」

「俺は帰るわ。せっかく野球休みで早く帰れるしな」

「わかった。じゃあな」


 そう言って湊も見送った俺たちは自転車に跨る。


「じゃあ、行こっか」


 伊吹が先導し、俺はその後ろをついていく。


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