第10話
それから直江を連れて部室に戻ると、罰が悪そうな顔を浮かべた湊が頭を下げてくる。
「悪かったよ」
「ううん、こっちこそ急に怒ってごめん」
互いに謝罪をしたことで、空気が弛緩する。とりあえず仲直りはできたようで、小雪も胸を撫で下ろしている。
下校時刻になり、俺たちは戸締りをして部室を後にする。
小雪と俺はこの後バイトだから二人揃って自転車置き場に移動し、自転車に跨った。
自転車を飛ばし、校門を出る。小雪を先導しながらバイト先に足を運ぶと、自転車を止めた。
「それじゃ入るぞ」
「う、うん」
小雪は生唾を飲み込むと、覚悟を決めた表情になる。
俺たち二人はコンビニの中に足を踏み入れる。
スタッフに挨拶をし、バックヤードに入る。店長がパソコンの前に座り、キーボードを鳴らしていた。
「おはようございます」
「お、来たね。今日からよろしくね、笹さん」
店長はそう言って手を差し出すと、小雪は慌てて手を取り頷いた。
交代で制服に着替え、準備を整える。小雪が着替えて出てきたところで、俺は張り紙の前で立ち止まる。
「それじゃ、出勤前にこの接客七大用語を声に出して読む」
「わ、わかった」
小雪は深く息を吸い込むと、大きな声で接客七大用語を読み上げた。
読み終えた小雪は早くも疲れたような表情をしている。俺は小雪の背中を叩いて気合を注入すると店内に躍り出た。
「いらっしゃいませ」
店内の客はまばらだ。混んでいるわけでもないし空いているわけでもない。俺は小雪を連れてレジの中に入ると、スタッフに声を掛ける。
「おはようございます。引継ぎとかありますか」
「特にないよ」
スタッフはそう言って退勤していく。ここからは俺と小雪の時間だ。
俺と小雪の他にもう一人スタッフが入ってくる。本来ならシフトは二人だが、小雪は研修生なので特別に三人で入ることになっている。今日は手始めに小雪には客に慣れてもらうところからだ。
「今日は袋詰めを中心にやってもらう。重いものから入れるのがコツだ」
そう言って小雪をレジに立たせる。早速客がレジに足を運び、商品を机に置く。
「い、いらっしゃいませ」
小雪はおどおどしながらではあるが客の目を見て声を掛け、商品に手を伸ばす。商品をスキャンし、会計を読み上げる。
「五百六十円です」
客が慣れた様子でセルフレジにお金を投入していく。自動で生産されお釣りが出てくる。
「袋入れて」
「あ、は、はい」
小雪は慌てた様子で袋を手に取った。
「す、すみません。ふ、袋は有料でして。三円になります」
「一回で清算してくれよ」
そう客に文句を言われ、小雪が落ち込む。文句は言ったがそれ以上何か言うわけでもなく、客は三円を支払って出て行った。俺は小雪の頭を撫でる。
「できてるできてる。その調子だ小雪」
「で、でも。袋聞くの、わ、忘れた」
「最初は誰でもそんなもんだって。ちゃんとお客さんの目を見て接客できてたし、良かったぞ」
そう言って俺は小雪を褒める。こういうやつは怒られると委縮する。褒めて伸ばしてやるのが本人にもあっているだろう。
俺は隣で小雪を見守りながらたばこを詰めていく。小雪は客が来るたびにびくっと震えるが、なんとか接客をこなしていく。
しばらくレジで接客をしているうちにだんだんと慣れてきたのか、手つきがスムーズになってくる。
そんな小雪に声を掛け、レジから外に出た。
「廃棄の時間だ。商品の裏を見て、廃棄の時間のやつは引いてくれ」
「わ、わかった」
小雪は丁寧に商品の裏側を見ると、廃棄の商品を引いていく。作業が丁寧だから見落とすことはないだろう。
うちは廃棄の商品はもらえない。すべて廃棄とルールで決まっている。だから廃棄を引いているともったいないと感じることもあるが、そこは仕事なので割り切っている。
一通り廃棄を引いた小雪はとことこと小走りで俺のところに向かってくる。
「お、終わった」
「そうか。よくやった。じゃああとは納品が来るまでレジを見ていてくれ」
そう指示を出し、俺は揚げ物を揚げる。この時間はあまり揚げすぎると廃棄になるので、注意する必要がある。
揚げたてのチキンを店頭に並べ、廃棄の時間を記入する。
小雪はレジをどもりながらも頑張っているようで、特に問題は起きていない。
そうこうしているうちにバイトも残り十数分となったところで、納品がやってきた。検品の仕方を小雪に教え、検品してもらう。初めてということもあり、スキャン漏れがあったが、無事に検品を終える。入ってきた弁当を陳列棚に並べていく。小雪にお手本を見せながら、古い物は前に出して後ろから商品を並べていく。
小雪も要領を得たのか、てきぱきと手を動かしている。
納品を終えると、深夜の人が入ってくる。挨拶をして引き継ぎ事項を引き継ぎ、防犯ブザーを手渡す。
小雪は深夜のスタッフに挨拶をしており、その積極性に俺も目を細めた。
「よし、小雪、上がろうか」
「お、お疲れ様でした」
そう言って俺と小雪はバックヤードに引き上げる。店長が「お疲れ様」と言って小雪にジュースを差し出した。
「初めてのバイト、疲れただろう」
「は、はい。つ、疲れました」
小雪はぐったりと背中を丸めており、相当気疲れしたのだということが伝わってくる。
「まあとにかく頑張って」
「は、はい」
店長に背中を叩かれ、恐縮する小雪。俺と小雪は着替えると、店を出た。
「お疲れ小雪。どうだった、初バイト」
小雪は頬を染め、苦笑しながら頬を掻いた。
「つ、疲れたけど、た、楽しかった」
「そっか」
小雪は充実した表情をしている。
俺は小雪と並んで自転車を飛ばす。小雪を家まで送り届けた俺は、もうひと踏ん張りし、帰路に就いた。
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