第9話

 放課後、アニメ研究部の部室に顔を出した直江は、さっそくアニメのブルーレイをレコーダーに挿入し、視聴を始める。遅れてやってきた小雪がそれを見て、興味津々にその様子を覗き込んでいる。


「な、直江。そ、そのアニメ見るのか?」

「うん。椋木がおすすめしてくれたから」

「わ、私も、見る」


 小雪はもう何週もしているそのアニメを、直江と一緒に視聴するようだ。もちろん俺も見る。いいアニメは何度見てもいい。

 そうして三人でテレビの前に座ってアニメを見る。第一話が終わった時、直江は感心したように頷いた。


「主人公の子、めちゃくちゃいい子じゃん。バイトも掛け持ちして学校の学費を自分で払ってるって」

「だろ。今時の高校生でそこまでの気概のあるやつはいないだろ」

「うん。めちゃくちゃ応援したくなる主人公だね。学園の王子様の家で居候することになって、これからどうなるか楽しみ」


 俺と直江が話していると、小雪が羨ましそうに見てくる。わかっている。小雪も話にまざりたいのだ。だが、直江が相手だから少し腰が引けているといったところか。

 俺は小雪に向き直ると、アイコンタクトを送る。


「小雪、直江にこのアニメについて語ってやれ」

「わ、私が……」


 小雪は目を見開いて驚くが、話を振られたので必死で言葉を紡ごうとしている。その一生懸命さが伝わったのか、直江も慈愛の目で小雪を見つめている。


「こ、このアニメはじ、人生に役立つ教訓が、いっぱい出てくる」

「そうなんだ」

「た、たとえば、い、いじめられて、学校に行けなくなったりとかしたときに、そ、それでも前を向く向上心を持つことが大事だとか」


 小雪の口がだんだんと滑らかになっていく。好きなものについて語る時の小雪は、いつもより饒舌になる。自分の好きなアニメを直江にも気に入ってもらいたい。その一心で小雪は直江にプレゼンする。


「うん、めっちゃ興味出てきた。私、家で続き見てみるよ」

「そ、そうして」


 直江は笑顔でそう言うと、第二話の視聴を開始する。基本的に和やかなアニメなのだが、人間の汚い部分だったりとかも出てくる結構重めのテーマの作品なのだ。だが、それでも視聴後には温かい気持ちになっている。そんな作品で、俺も小雪も大好きな作品だ。当然、直江も気に入るはず。

 そうして三人でアニメを見ていると、突然湊が部室に入ってきた。


「おー、伊吹いるじゃん。なんでだ」

「新入部員だ」

「え? 伊吹が。アニメなんて見ないって言ってたじゃん」

 

 湊が驚いたように直江を見る。直江は突然現れた湊に動揺したのか顔が引きつっている。


「う、うっさい! 私が何見ようとあんたには関係ないでしょ」

「お、おう。それはそうだな」


 相変わらずのあまのじゃくっぷりで湊に強い言葉を吐く。俺は頭を抱え、首を横に振る。

 これではいくら湊の趣味に寄せても距離を近づけることはできない。やはりあの性格のほうをなんとかしないと。


「それより湊、野球部はどうしたんだ」

「雨が降ってきたから中止。それでこっちに顔出した」


 なるほど。うちの野球部は雨が降ったら練習は中止になる。室内練習場もないし、体育館は他の部活で空いていないからな。湊は野球部が中止になった時に、こうしてアニメ研究部に顔を出す。


「てか、それ見てんの。晴彦と笹の大好きなやつじゃん」

「おすすめした」

「なんだよ。俺にもおすすめさせろよ。伊吹、おもしろいアニメならいくらでも知ってるぞ」

「うっさい。どうせあんたが好きなのって萌えアニメばっかりでしょ」

「そんなことないっての」


 相変わらず湊に対して当たりが強い。やはり好きな相手の前だと力が入ってしまうものなのだろうか。

 湊は苦笑すると、空いている席に腰掛ける。


「でもまさか、伊吹がうちに入るなんてな。どういう風の吹き回しだ」

「だからあんたには関係ないでしょ」

「この部活に好きな奴ができたとか?」

「っ!?」

「まあ晴彦しかいないけど」


 鋭いのか鈍いのかはっきりしろ。湊は全然気づいていないが、直江が凄く動揺している。

 直江は立ち上がると、湊の前に移動する。そして机を力強く叩いた。


「なんなの。私がここに入ることがそんなにおかしい? アニメに興味を持つことが悪いことなの? あんたらが楽しそうに語ってるから、私も興味持っただけじゃん」

「お、怒んなって。冗談だよ」

「そういう空気読めないとこ、ほんと大っ嫌い!」


 直江はそう言うと教室を出て行った。湊は苦笑して頬を掻く。俺は溜め息を吐きながら直江を追いかけて部室を出た。

 直江は屋上に出ていた。雨が降っているので屋根の下の階段に座っている。俺は直江に声を掛けると、隣に座った。


「やっちゃったぁ……」


 直江は頭を抱えながら俯いている。


「そんなこと全然思ってないのに。湊のこと、嫌いだなんて」

「湊の前だとすぐに感情的になるよな」

「椋木、ごめんね。せっかく私の為に協力してくれてるのに。私、全然だめだ」

「まあ、さっきのは湊も悪かったしな。反省してるだろ」


 実際、さっきの湊は感じが悪かった。本人に悪気はないのだろうが、神経を逆撫でする物言いだった。


「湊の前だとどうしても感情がぐちゃぐちゃになっちゃう」

「失敗したが諦めないことだ。俺は課題を変えるつもりはない。湊からおすすめのアニメを聞き出すこと」

「今の私にはハードル高いよぉ」


 さっきは湊からその話題を振ってくれたのに、直江が棒に振ってしまった。チャンスをみすみす逃したのだ。野球ならもうチャンスボールは来ないかもしれない。だが、人間関係は自分でチャンスを生み出せるのが優しいポイントだ。


「湊、怒ったかな」

「あいつは能天気だから怒ったりしないだろ」

「うう、憂鬱」


 俺は直江を励ましながら、どうすれば直江のあまのじゃくが治るのかを考える。

 だが、妙案は浮かびそうになかった。 


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