第8話
翌日の昼休み。俺と直江は屋上で昼食を摂っていた。
直江は家でアニメの続きを見たらしく、興奮気味に語ってくる。
「ねえ、アニメおもしろすぎるんだけど。家で一気に十話も見ちゃったよ」
「アニメは一度見だしたら止まらないからな」
「なんでもっと早くアニメのおもしろさに気付かなかったんだろ」
直江は唇を尖らせながらそうごちる。
俺はそんな直江を横目で見ながら弁当を口へ運ぶ。
アニメへの偏見が取っ払われたことで、俺の指示も聞きやすくなっている頃合いだろう。
俺は直江に新たに課題を与えるべく、直江の肩を叩いた。
「アニメに慣れたところで課題を与える。湊が好きなアニメを聞き出し、それを見ること」
「わかった。でも湊になんて話しかけよう」
「そんなの、アニメに興味湧いたんだけどおすすめあるって聞けばいいだろ」
「そうだね。さすが椋木、頭いい」
直江は俺の背中をバシバシ叩いてくる。その力の強さは普通に痛い。
俺が直江を睨むと、ごめんごめんと手を合わせてくる。
「そういえば椋木はどんなアニメが好きなの」
「俺は結構雑食だ。いろんなアニメを見る」
「その中でもあるでしょ、好きなやつ」
「まああるが」
「教えてよ」
直江はぐいぐい来る。この積極性を湊にも発揮してくれたら言うことはないのだが、いかんせん、好きな相手だとそういうわけにもいかないのだろう。
「俺は少女漫画系が好きだな」
「えー、嘘。男の子なのに」
「男でも少女漫画は楽しめるんだよ」
「へー、そうなんだ」
「小雪とも少女漫画で意気投合したしな」
小雪の好きだった少女漫画は世界的に売れたヒット作で、俺もアニメから入り原作を全巻揃えたぐらい好きな作品だった。泣けると話題で頑張り屋の主人公が人々の心を打った名作だ。見ると他人に優しくなれるようなそんな温かいストーリーで、俺の人生のバイブルと言っても過言ではない。
「笹さんも好きなんだ。へえ。どんなのだろ。私も見てみようかな」
直江が興味を持って食いつく。まあ少女漫画だし、直江も問題なくハマるだろう。俺は直江にタイトルと、配信されているサブスクを教える。スマホのメモ機能にメモを取った直江は「ありがとう」と呟いた。
「あ、そうだ。笹さんはどんな調子なの?」
「とりあえずバイトは決まった」
「おーすごいじゃん」
直江と同じく、小雪も勝ちヒロインにすべく、俺は頼みを引き受けた。小雪の課題は人とのコミュニケーション能力。コミュ障なところが治せないと、好きな相手とも距離を詰めることができない。直江とはまた違った意味での駄目ヒロインだ。このまま改善しなければ、ほぼ間違いなく小雪は負けヒロインになってしまうだろう。
だが、本人の積極性があるし、バイトで人に慣れれば改善は徐々にではあるがされていくだろう。俺も隣でフォローするし、小雪に関しては心配ない。
「直江、小雪と積極的にコミュニケーションを取ってくれ。初対面の相手だと小雪は人見知りが激しいからな」
「うん、わかった。私も笹さんとは仲良くしたいし」
直江は笑顔で頷く。これぐらいの素直さが湊にも発揮できればこんな駄目ヒロインになっていなかっただろうに。
「お前、俺にはやけに素直だな」
「えっ!? いや、それは椋木はなんかまだ他人だし」
「なるほど。お前は近しい相手にはあまのじゃくになるんだな」
「うん、まあそうだね。どうしても素直になれない。私の深刻な悩み」
本人は相当悩んでいるのだろう。まったく接点のなかった俺に頼ってきたぐらいだ。それぐらい、こいつの中では手詰まりだったのだろう。
「でも、椋木っていいやつだよね。私にも協力してくれたし、笹さんの頼みも引き受けたし」
「お前からは対価を貰っているし、小雪は仲間だからな」
アニメ研究部は俺が立ち上げた部活だ。部員が集まらなかったから野球部の湊に頼んで入ってもらった。あいつもアニメは好きだし、喜んで入ってくれたが、部にするにはあと一人、部員が必要だった。そんな時、やってきたのが小雪だ。おどおどしながら引き戸を開けて、大声で自己紹介してきたときはさすがの俺も驚いたが。
それでも、小雪が入部してくれたから今がある。そういう意味では俺は小雪に借りがある。借りを返すのは当然だ。
「今日初めての出勤だからな。フォローできるところはしてやりたい」
「頑張ってね、椋木」
また直江が俺の背中をバシバシ叩いてくる。
胃の中の弁当を吐き出しそうになる。俺は直江を睨むと、頭を小突く。
こうして屋上で直江と昼食を共にするのが当たり前になった。直江は料理の腕はまあまあだし、俺としても大変満足している。昼食代が浮くのは案外バカにできない。
「私も今見てるやつ見終わったら、椋木に教えてもらったやつ見てみようっと」
「先に湊におすすめを聞くのを忘れるなよ」
「わかってるって。そこは最優先でやるよ」
本当にわかってるんだろうな。怪訝な表情で直江を見ると、直江は苦笑して目を逸らした。絶対後回しにするやつだこれ。
「言っとくが真面目にやらないなら俺は下りるからな」
「わ、わかってるよ」
「なら明後日までに実行しろ」
「ええっ、急すぎない?」
「いいな?」
「……はい」
がっくりと項垂れた直江の背中をさっきの仕返しとばかりに力任せに叩く。
「痛いよ」
「気合入れてやったんだろ」
「うん。頑張るよ。ありがとね」
直江は頷いて前を見た。空は快晴。雲一つない。もし天気が行く末を暗示しているなら、そう悪い結果にはならないだろう。
昼休みはまったり過ぎていく。俺と直江は弁当を掻き込むと、照り付ける日に体を晒した。
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