第7話
部活が終わった俺たちは戸締りをして職員室に鍵を返却しにいく。
俺は小雪を連れて自転車置き場に移動する。二人して自転車に跨り、校門を出る。
俺のバイト先は学校から自転車で十分ぐらいの場所にある。
コンビニのサークルセブン小松里店。俺と小雪は自転車を止め、店の中に入る。
スタッフに挨拶をして事務所に入ると、店長がパソコンの前に座り、お弁当を食べていた。
「おはようございます」
「あら、椋木くん。今日はシフトじゃないはずだけど」
店長の藤木さんは恰幅の良い女性で、年のころは四十代前半。気さくに話しかけてくる人で従業員とも仲が良い。
「実は、こいつを雇ってもらいたくて」
俺の後ろに身を隠していた小雪を引っ張り出し、店長の前に差し出す。
「その子を?」
「はい。こいつ俺の学校の同級生で、人見知りを治したくてバイトをしたいらしいんです」
「なるほど。それは見上げた向上心ね」
店長は頤に指を添えて思案すると手を打った。
「よし、それじゃ面接してみましょうか。椋木くん、椅子出してあげて」
店長に指示され、俺はその辺に置いてあった丸椅子を小雪に差し出す。
小雪はがちがちに緊張しながらもなんとか丸椅子に腰かけた。
「まず名前を教えてくれる」
「さ、笹です。笹、小雪」
「笹さんね。コンビニは接客業だけど、できそうかしら」
「が、頑張ります」
人見知りの小雪にとっては接客業は荷が重いかもしれない。だが、人見知りを治すには人に慣れるのが手っ取り早い。毎日多くの客を相手にするコンビニは、人見知りを克服するのにうってつけというわけだ。
「どうして笹さんは人見知りを克服したいの」
店長の問いに、小雪は少し沈黙する。そして、口を開くと恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「す、好きな人がいて……そ、その人に、み、認めてもらいたから、です」
消え入りそうな声でそう言った小雪を見て、店長は慈愛の微笑みを浮かべている。店長はなぜか俺を見て微笑むと、大きく頷いた。
「なにそれ素敵じゃない。私、応援するわ」
小雪は恐縮するように背中を丸めて縮こまっている。
「よし、それじゃちょっとこっちきて」
店長は立ち上がると張り紙が貼ってある場所まで移動する。そして張り紙を指さして小雪に言う。
「この接客七大用語、言ってみてくれる」
「わ、わかりました」
小雪は深呼吸すると大きな声で接客七大用語を読み上げる。
「オッケー。それぐらい大きな声が出れば大丈夫ね」
店長は小雪の肩を叩くと満足そうに頷いた。
「よし、採用。明日から来れる?」
「は、はい。だ、大丈夫です」
「じゃあ明日からお願いね。椋木くん。教育係頼むわよ」
「了解です」
小雪は無事に雇ってもらえることになった。小雪にとっては初めてのバイトだが、俺が傍にいるから大丈夫だろう。フォローはできるだけするつもりだし。俺も小雪の恋を応援してやりたい。小雪とは半年の付き合いだが、数少ないアニメ研究部の部員仲間として、大事に思っている。
小雪は当初、俺にも当然のように人見知りを発揮したが、好きなアニメがかぶっていたことで意気投合し、アニメ談議に花を咲かせているうちに仲良くなった。俺と小雪は結構趣味が合うらしく、好きなアニメから好きなキャラまでだいたいかぶっていた。だから小雪には親近感がある。そんな小雪の挑戦を俺は応援してやりたい。
制服のサイズを合わせ、店を出た俺たちは自転車に跨りながら談笑する。
「や、やった」
小雪は小さくガッツポーズをして喜びをあらわにしている。余程嬉しかったのか鼻を鳴らして興奮している。
「明日からが本当の勝負だぞ。接客業は神経すり減るからな」
「わ、わかってる。む、椋木もい、いてくれるんだろ?」
「ああ、俺が教育係だからな。フォローもしてやれると思う」
「そ、そうか。な、なら安心、だな。うん」
小雪はその薄い胸を撫で下ろすと、ふーっと一息吐く。
「き、緊張した。め、面接、凄いプレッシャーだった」
「でも乗り切ったじゃないか。まあ、店長もすごく優しかったしな」
「う、うん。すごくいいひと」
実際、バイトの面接とはいえ、ここまで緩い面接はまあないだろう。うちの店長は採用率九十パーセントを超える人だからなんとかなったが、小雪が自分でバイトを探していたらまず見つからなかったことだろう。今回は俺のコネと、店長の緩さでどうにかなったが。これから高校を卒業して社会に出る際に、今のままでは絶対に通用しない。小雪の恋を応援することが目的だが、小雪のコミュ障を治して社会に通用する人材に育て上げるのも俺の役目だと思っている。
幸い、まだ俺たちは高一だ。時間はまだ十分ある。部活にも直江という新入部員も入ってきたし、小雪のコミュ障克服に役立つだろう。
「きょ、今日はありがと」
「気にするな。俺と小雪の仲だろ」
「う、うん」
バイトの面接も無事に終わったことだし、俺たちは帰路に就く。自転車を飛ばし、岸和田の街を駆け抜けていく。小雪を家まで送り届けると、俺は自分の家に向かって自転車を漕ぐ。
家に着いた俺は自転車から下りると鍵を掛け家の中に入る。
自室に戻った俺は制服から部屋着に着替えると、ベッドに倒れこむ。積んであるラノベを早く読まなければ。俺は本棚から適当に一冊手に取ると、読書に勤しむ。
俺はラブコメが好きだ。だが、負けヒロインを見るのは辛い。できることならヒロインにはすべて報われてほしい。だから直江も、小雪も絶対に勝ちヒロインにしてやる。俺は心の中でそう誓うと、欠伸を噛み殺しながら文字列に目を落とした。
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