第6話
放課後、アニメ研究部の部室に直江がやってくる。
「椋木、聞いて!」
テンション高めにやってきた直江は、俺の前の机に両手を叩きつけると声を荒げる。
「湊から試合見に来ないかって誘われた!」
「それはよかったじゃないか。でも、どうしてまた」
「野球に興味が湧いたって話をしたら、次の土曜日の試合見に来るかって」
早くも野球に連れて行った効果が出たようだ。直江は嬉しさを隠しきれておらず、頬が緩んでいる。
「土曜日までに野球の勉強しておかなくちゃ」
「湊の興味のあることに手を出せば、仲が深められるとわかっただろ」
「うん。こんなこと今までなかった」
「だからアニメも履修するんだ」
「わかった!」
成功体験が直江を勢いづけているのか、今日の直江はやけに素直だ。俺は机の引き出しから書類を一枚取り出し直江に手渡した。
「なにこれ」
「入部届だ。この教室に入り浸る以上、お前にはアニメ研究部に入ってもらう」
部員確保の為だしな。渋ると思ったが直江は案外納得したように頷いた。
「わかった。入る」
直江はさらさらっとペンで入部届に名前を記入すると俺に手渡した。俺はそれを受け取り、引き出しに仕舞う。
「それじゃ早速お前にアニメを見てもらう。手始めに少女漫画が原作の作品から入ろうか」
「少女漫画? 女の子向けってこと?」
「そうだな。韓国ドラマとか好きか?」
「うん、好きでよく見る」
「少女漫画は韓国ドラマのシナリオによく似ている。だから楽しめるはずだ」
俺もいろんな作品に触れる為に韓国ドラマをよく見るが、作りは少女漫画に似ている。
韓国ドラマが好きという直江には、少女漫画原作のアニメはぴったりだろう。
「意外に私に気を使ってくれるんだね。もっとオタクが好きそうな萌えアニメからくると思った」
「アニメはそれぞれ趣味が偏るからな。自分に向いているものを選んだ方がいい」
アニメに偏見があるならなおさらだ。俺はブルーレイレコーダーにブルーレイを挿入するとテレビの電源を入れる。そうして直江と並んでアニメを視聴する。
貧乏な女の子が主人公の物語だ。家を追い出された女子が、学園の王子様と偶然出会いその男子の家で居候を始めるという物語。
直江の様子を見ると画面を食い入るように見つめており、感触は悪くはなさそうだ。
三十分が過ぎると、第一話が終了しエンディングが流れる。
「どうだった?」
「めちゃくちゃおもしろいじゃない」
直江は興奮気味にそうまくしたてる。
どうやら無事にアニメにのめりこんだらしい。
「え、嘘。アニメってこんなにおもしろいの」
「だから言っただろ。見ないで否定するもんじゃないって」
「そうだね。それは私が悪かったかも」
直江は申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「湊の趣味を理解できたか?」
「うん。これなら見れるよ」
直江が頷く。
不意に教室の引き戸が開き、女子生徒が入ってくる。
「え、だ、誰?」
女子生徒は入ってきた瞬間に直江を見て固まる。
「おー小雪。風邪はもう大丈夫なのか」
「お、おかげさまでだ、大丈夫」
アニメ研究部部員、笹小雪は極度の人見知りだ。コミュ障で声は小さいし、ショートの髪で片目が隠れている典型的な陰キャだ。小柄な体格もあって、小動物のような可愛さがある。
「今日からうちに入った直江伊吹だ。仲良くしてやってくれ」
「直江です。よろしくね」
「お、おう……よ、よーしく」
小雪はきょどりながら直江が差し出した手を握った。
「な、なにしてたの?」
「実は直江から依頼を受けてな。こいつを湊にふさわしいヒロインにするために教育をしているところだ」
「きょ、教育?」
「駄目ヒロインを勝ちヒロインにしてやるってことだ」
実際、ここまでで直江はかなりましな部類になったと思う。主人公の趣味を理解しようとしてくれる可愛い女子を体現できているのではないかと思う。あとはあまのじゃくな性格さえ克服できればコンプリートだ。
「そ、それ、わ、私も、いい?」
「どいうことだ?」
「わ、私も、好きな人のヒロインに、なり、たい」
普段消極的な小雪にしては積極的だ。そうか。好きな人がいるのか。
「別にかまわないぞ」
「ちょっと、笹さんには無償で引き受けるの」
「俺と小雪の仲だしな。気に入らないならお前のことは下りるぞ」
「う、わかったよ」
直江は俺の協力がなくなるのが嫌なのか渋々引き下がる。
さて、小雪を勝ちヒロインにするのは直江と違って難しい。なにしろ小雪はまずコミュニケーション能力が壊滅的だ。言い淀み癖があるし、人とまともに目を合わせられない。まずは小雪の好きな相手が誰かを知るところからだな。
「小雪の好きな相手って誰だ?」
「そ、それは、ひ、秘密」
俺を上目遣いで見ながらそうぼしょぼしょと呟く小雪。
まあ言いたくないのは理解できる。俺は納得すると小雪の方針を決める。
「小雪はまず人に慣れるところから始めた方がいいな」
「ひ、人に、慣れる?」
「というわけでバイトをしよう」
「ば、バイト!?」
目を見開いた小雪はその場で固まった。そんなに嫌か。
「む、無理無理無理! わ、私がば、バイトなんて」
「好きな人の為なら頑張れるだろ。何、安心しろ。俺も付き合ってやる」
「え? む、椋木が?」
「ああ。俺のバイト先で一緒にバイトすればいいんだよ」
小雪は初めてのバイトで拒否反応が出ている。なら、俺が隣で補佐してやればいい。小雪は納得したのか、小さく頷いた。
「や、やる」
「よし、決まりだ」
小雪がバイトをする決意をしたことで、俺は頷く。
「じゃあ今日部活終わり、俺に付き合ってくれ」
小雪は頷き、直江はアニメの第二話の視聴を開始した。
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