第5話

 電車を降り、東岸和田駅を出る。

 

「今日は楽しかった。ありがとう」


 直江は俺に感謝の気持ちを伝えてくる。


「少しは役に立ったか?」

「うん。私、野球のこと好きになれそうかも」


 直江は早速野球の動画をネットで漁っていた。余程はまったらしく、真剣に見ている。


「それじゃ俺はここで」

「うん、ありがと」


 そう言って直江と分かれる。


 そして迎えた月曜日の昼休み。直江に昼食を持ってきてもらう約束をしている俺は屋上で直江を待つ。しばらくすると直江がやってくる。俺を見つけると手を挙げて駆け寄ってくる。


「はい、お弁当」


 そう言って直江が弁当を手渡してくる。俺は弁当を受け取ると屋根の下の階段に腰かける。直江も隣に座ると弁当を広げた。

 弁当の中身は白米、ほうれん草のおひたし、卵焼き、から揚げ、しいたけの炒め物だった。白米の上には梅干しが乗っている。俺は手を合わせると卵焼きを口へ運ぶ。


「どう?」

「うん、美味いな」

「ほんと? 良かった」


 直江がほっと胸を撫で下ろす。どうやらあまり自信はなかったようだ。


「料理得意じゃないのか」

「そんなことはないけど人に作るのは初めてだったから」

「そうか。普通に美味いぞ。これなら全然湊も喜ぶだろ」


 湊と付き合えば、彼にお弁当を作ってあげるシチュエーションも増えるだろう。その時に美味い弁当が作れるというのはポイントが高い。男の胃袋を掴むと強いのだ。


「それでさ、私家で野球の動画いっぱい見たんだけど」


 直江はそう切り出し、スマホを俺に差し出してくる。


「これとかすごくない? めちゃくちゃ飛んでる」


 やはりホームランの映像だった。ホームランは野球の華だし、真っ先に見たくなる気持ちもわかる。直江が見せてきた動画はものすごい飛距離の出たホームランで、外国人のバッターの映像だった。


「ハマってるな」

「うん。今まで野球って見たいテレビの邪魔だから好きじゃなかったけど、実際に見に行ったらすっごく興奮したから」


 直江にとって昨日の体験はすごかったのだろう。まあ、まさかホームランボールをキャッチできるとは俺も思わなかったが。あんなのもう人生で二度と経験できないだろう。


「そんなにハマったならいっそのこと野球部のマネージャーでも目指したらどうだ。湊の傍で支えてやれるぞ」


 俺は建設的な提案をしたつもりだが、直江は難色を示した。


「マネージャーはいいかな。私みたいな野球素人がいても邪魔にしかならないだろうし。湊の邪魔はしたくないんだよね」

「そうか」


 湊の傍にいられるなら手段を選ばないかと思ったが、案外こいつはこいつでちゃんと考えて恋をしているようだ。


「私、あの応援歌ってやつも結構好きなメロディだった。家に帰ってずっとリピートしてたよ」

「応援歌なら球場に何回か行ってたら覚えるぞ」

「全然知らないファンの人と盛り上がるのいいよね。ハイタッチめっちゃしたもん」


 確かに全く知らない他人と一体となって盛り上がれるのは応援席のいいところかもしれない。


「それにしても椋木凄かったよね。ホームランキャッチしたのには驚いたよ」

「まああればっかりは運だからな。俺も初めてだし、多分もう一生ない」

「それもそうだけど違うよ。ダイレクトでキャッチしたやつ」

「ああ……たまたまだよ」


 確かに普通の人間は打球をダイレクトでキャッチなんてなかなかできないだろう。


「あれが湊だったらなって思った」

「悪かったな。湊じゃなくて」

「嘘だよ。かっこよかったって」


 直江は快活に笑うとから揚げを口へ放り込んだ。当たり前だが、俺と直江の弁当の中身は同じだ。屋上で食べるのも他人に見られて変な勘繰りをされない為だ。直江はそのあたりはあまり気にしていないようだが、湊を意識するならもっと気にするべきだと思うが。


「アニメ研究部って、部員は椋木だけなの?」

「いいや、もうひとり女子部員がいる。先週は風邪で休んでた」

「女子もアニメ見るんだ」

「当たり前だろ。どんな偏見だよ」


 今時女子はアニメ見ないとか思ってるやつがいるなんて思わなった。こいつの中でアニメは萌えアニメしかないのだろう。女子向けのイケメンが活躍するアニメだって豊富にあるし、BLだって人気コンテンツのひとつだ。


「お前はBLとか見ないのか?」

「BL? なにそれ」

「男と男が恋愛するジャンルだ。女子が結構好きでな」

「んー、あんまり興味ないかな。あ、でもドラマでイケメン同士の恋愛ストーリーは見たかも」

「見てるじゃん」

「確かにおもしろかったけど、別に好きなジャンルってわけじゃないよ」


 口ではそう言っているが見れたのなら素養はあるだろう。BLは特殊なジャンルだから無理な奴はそもそも見れない。見れるやつは沼る可能性を秘めている。


「うちの女子部員はBL好きだから、絡むと引きずり込まれるかもな」

「なにそれ怖い。私、アニメは見ないからね」

「何言ってるんだ。アニメも見るんだよ。湊がアニメ好きなの知ってるだろ」

「でも……アニメって子供が見るやつでしょ」


 今時そんなことを言うやつも珍しいが。この偏見はなんとしても払拭しなければならない。アニメ研究部部長の威信にかけて。


「とにかく否定する前に一本見てみろ。話はそれからだ」


 俺がそう言うと直江は小さく唸った。


 「確かに見ないで否定するのはよくないかもね。わかった」


 どうやらわかってくれたようだ。湊を攻略するうえでアニメは必須だ。一緒にアニメについて語り合うだけで仲良くなれる。なんなら興味がわいたから湊の好きなアニメ教えてって言うだけでもポイントが高い。それだけで女子に慣れていないオタクは好きになってしまうだろう。

 まあ、湊は女子慣れしているだろうからそんなことはないだろうが。


「それじゃあ放課後、部室に集合だ」

「うん、わかった」


 こうして昼休みは過ぎていく。この駄目駄目ヒロインを勝ちヒロインに育てるには、まだまだ問題が山積みだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る