第4話
駅からドームまでは歩いて10分ぐらいだ。途中のコンビニに立ち寄り、ジュースや弁当類を購入する。コンビニを出て、人の流れに沿ってドームに向かって歩いていく。
ドームに辿り着いた俺たちは外野席のゲートまで歩き、列に並んだ。自分たちの番がくると手荷物検査があり、問題なければ中に入れる。事前に直江には持ってきてはいけないものは通達してあった。だから問題なく中に入れる。
中に入ると人でごったがえしている。通路を潜ると、球場が目の前に広がった。
「凄い」
初めてこの感覚を味わうであろう直江は感激で目を輝かせていた。球場に行けばわかるが、通路を潜ったときに目の前に広がる景色に圧倒され、感動を覚える。俺たちはチケットに記された座席を見つけると、二人並んで腰かける。
グラウンドでは黒いユニフォームのチームの選手が練習を行っているところだった。時間にして試合開始の三十分前、間もなくスタメン発表がある。
「ねえ、凄いんだけど」
興奮したように直江が声を掛けてくる。
「だから言ったろ。球場に行ったら興奮するって」
「なんかわかるかも」
直江は野球のルールはわかっていない。だが、十分に楽しめるだろうというのが俺の判断だ。ルール説明はその都度俺がフォローすれば問題ないだろう。
バックスクリーンの映像が切り替わり、スタメン紹介が始まる。ビジターチームのスタメン紹介が終わると、派手な演出の施された映像が流れ、ホームチームのスタメン紹介が始まる。どこの球場でもそうだが、ホームチームはなにかと演出が派手だ。スタジアムDJの声がドーム内に轟き、スタメン選手が発表されていく。
「凄い凄い。めちゃくちゃ盛り上がるじゃん」
「すべてがエンターテインメントだからな」
スタメン紹介が終わると、グラウンド内でオープニングアクトが行われる。チアによるダンスパフォーマンスが繰り広げられ、それが終わると国歌斉唱へ移っていく。国歌斉唱の時に全員が起立する様は一体感があっていいと思う。
始球式が終わると、いよいよ試合が始まる。隣の直江の様子を確認すると、息を飲んでグラウンドを見つめていた。
試合が始まる。ピッチャーが投げ、バッターが打つ。バッターが打つたびに隣の直江は声を上げている。
試合はビジターチームが先取点を奪い、有利に試合を進めていく。俺たちが座っている席はホームチームの応援席なので、ファンが一体となって応援歌を熱唱している。その雰囲気に流された直江は、聞きながらだんだんと応援歌を覚えたのか時々口ずさむようになってきた。
「楽しいね、これ」
手拍子をしながら一緒に盛り上がる直江。野球自体のルールはわからなくても、問題なく楽しめているようだ。
試合はビジターチームが追加点を奪い、ホームチームを突き放す。ホームチームのファンの応援にも熱がこもる。中盤でホームチームが一点を返した。その際のスタンドはおおいに盛り上がり、直江は隣の見ず知らずのファンとハイタッチをして盛り上がっていた。
試合はそのまま終盤へと移っていく。中盤以降はホームチームのピッチャー陣がなんとかピンチを凌ぎ、無失点で抑えていた。点差は1点。試合は最終回へ突入する。
最終回の先頭打者がヒットを打って出塁する。何かが起こるかもしれないと、スタンドは期待に満ちて盛り上がる。
「逆転できるかな」
直江も息を飲んでグラウンドを見つめている。
次の打者。四番打者の打球が大きく上がった。快音が響き、一直線にこちらに向かって打球が飛んでくる。俺は咄嗟に手を出し、直江をかばってボールをキャッチした。
大歓声が沸き起こり、打った打者が手をスタンドに上げてグラウンド内を一周している。ホームランだ。しかも逆転サヨナラ。初めて見に来た試合でこんなおもしろい試合にあたるなんて直江はついてるな。
直江を見ると、顔を赤くして俺を見ていた。
「どうした?」
「えっと、びっくりしちゃって。ボールが飛んできたから」
「確かに珍しいが。俺も初めてボール取ったよ」
「てか、椋木素手で取れるんだ」
「まあ直江に当てるわけにもいかないし、咄嗟に手が出ただけだよ」
「そう、なんだ。私を庇ってくれたんだ」
直江は顔を赤くしたまま俯いている。どうしたのだろう。直江の様子がおかしいが、俺はあまりに気にしている様子はない。ホームランボールをキャッチしたことで、周りから祝福の声が飛んできたからだ。俺はそれに手を挙げて答えると、拍手が俺を取り囲んだ。
グラウンドではベンチから選手たちが飛び出してきて、祝福のシャワーを浴びせている。まだ興奮冷めやらぬドームは歓喜の声に満ちていた。
しばらくするとヒーローインタビューが行われる。喜びの野次が飛び交う中、選手が堂々とインタビューに答えている。
「めちゃくちゃ興奮した」
直江がつぶやく。
「野球ってこんなに興奮するんだね」
「エキサイトするのがスポーツ観戦の醍醐味だからな」
「私、なんだか野球のこと好きになれそうな気がするよ」
どうやら野球に興味を持つという第一関門は突破したようだ。ヒーローインタビューも終わり、ドームを出ると海風が強くなっていた。
「これ、やるよ」
俺はそう言ってキャッチしたホームランボールを直江に差し出す。
「いいの?」
「すげえラッキーだが、初の野球観戦の記念にな」
「かっこつけちゃって」
直江は口ではそう嘯くが、嬉しそうにボールを受け取った。
「帰るか」
「うん」
ドームから駅に向かって歩く人の流れに混じって、俺たちは帰路に就く。
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