第3話

「野球についてはどれぐらい知っている」

「まったく知らないかも」


 直江は苦笑しながら頬を掻く。

 俺は溜め息を吐くと、スマホで野球の日程を調べる。


「勉強するより見た方が早い。週末は大阪で試合があるな」


 今週の週末、金土日は大阪のドームで試合がある。座席もまだ空いているようだ。


「よし、それじゃ土曜日か日曜日、空いているか?」

「土曜日なら空いてるけど」

「なら、野球を見に行こう」

「ええっ、椋木と?」

「付き合ってやるんだから感謝しろ」


 俺だって週末がつぶれるんだから感謝してほしいぐらいだ。チケットは一番安い外野席を予約。帰りにコンビニで支払えばいいだろう。


「でも、そうだね。うん。湊に好きになってもらいたいもん」


 直江は腹を括ったようだった。


「うん、行くよ」

「よし、決まりだな」


 話がまとまったので帰り支度を始める。俺と直江は中学が同じなので、帰る方向も途中までは同じだ。チケット代は千円ほど。野球観戦にしてはかなり安い金額だ。直江も問題なく払えるだろう。

 教室の戸締りをして職員室へ鍵を返しに行く。

 職員室を出て外に出た。まだ日は高く、日没まではまだ時間がありそうだ。


「チケット買うからコンビニ寄るぞ」

「わかった」


 二人して自転車置き場に向かい、自転車に跨る。

 校門を出て外に向かう。自転車を漕ぎ、すぐ近くのコンビニに立ち寄った。レジで払い込み番号を伝え、あらかじめ押さえておいたチケットを発券する。お金を払い、無事にチケットを手に入れた。試合開始は14時だ。だいたい30分前に球場入りすれば大丈夫だから、岸和田からだとだいたい40分。駅から徒歩で10分ぐらいだからだいたい2時間前に集合すれば問題ないだろう。


「待ち合わせだが、東岸和田駅に十二時でどうだ」

「任せるー」


 待ち合わせ時間と集合場所を決めたので、解散する。



 土曜日になった。俺は動きやすい軽装で家を出る。東岸和田駅まではだいたい自転車で十五分。自転車を飛ばし、岸和田の街を駆け抜ける。東岸和田駅の駐輪場に自転車を止め、待ち合わせ場所の東岸和田駅に向かう。東岸和田駅の周辺は結構いろいろな建物が揃っており、便利のいい場所だ。スーパーに24時間営業の薬局、耳鼻科、皮膚科などの病院が揃った建物など、ここ住んだら生活に困らないだろうなと思う。

 駅前で待機していると、息を切らせて直江がやってきた。


「ごめん、遅れた?」

「いや、問題ない。電車もまだだ」

「よかった」


 直江はドロップショルダーに首元にネックレスを着け、手にはバッグ、下はスカートといった装いだった。さすがは見た目だけの女子。見た目は本当におしゃれだ。

 直江が来たので二人して交通用電子マネーを使い、改札を潜る。エスカレーターを上り、駅のホームに出た。

 目的地の大正駅までは紀州路快速の一本で行ける。乗り換える必要はない。

 メロディが流れ、電車がホームに入ってくる。電車に乗り込むが、空いている席はない。俺と直江は二人並んで出入口付近で吊り革を持った。

 電車に揺られながら俺たちは会話する。


「正直ちょっとわくわくしてるんだよね。野球ってどんな感じなのか」

「テレビで見ている分にはわからないだろうが、球場に入ったら興奮すると思うぞ」

「椋木はよく行くの?」

「そんなには行かないがたまに行く」


 野球観戦は俺の趣味の一つだ。家ではスマホで試合を見ているし、順位もずっと気にしている。毎年のドラフト会議は絶対に家で見ると決めているぐらいだ。だが、球場に足を運ぶとなると高校生には難しい側面もある。俺はバイトをしているからいいが、チケット代、交通費、飲食代など結構お金がかかるのである。だが、球場に行くと制服を着た高校生を結構見かけるので、学校終わりに見に来ている学生もいるようだ。


「湊って野球やってるじゃん。ポジションはどこなの」

「ピッチャーだな。一年生でエースだ」

「それって凄いの?」

「凄いよ。うちの高校は別に強豪校ではないけれど、それでも凄いことだ」


 実際、湊は身長も高いしピッチャーとしての能力を持っている。あいつならもっと強豪校に行けただろうにこんな田舎の公立高校に進学した。本人曰く、別にプロになる気はないとのことだ。楽しく野球がやれればそれでいい。そんなスタイルの男だ。

 不意にアナウンスが入る。


「この先、電車が揺れますのでお気をつけください」


 天王寺付近は電車が左右に大きく揺れる。立っている俺たちからすればしっかりと吊り革を持っていなければバランスを崩すだろう。だが、直江は吊り革を掴むのが疲れたのか手を放していた。スマホをぽちぽち触っているときに、電車が大きく揺れた。


「きゃっ!」


 直江が俺にぶつかってくる。俺は直江が倒れないように体を支える。


「ご、ごめん」

「気にするな。これぐらいなんてことはない」


 直江は申し訳なさそうに眉を顰めるが、俺は特に気にしなかった。


「でも、びっくりした」

「何が?」

「椋木って結構がっちりしてるんだね」

「そりゃ男だからな」

「いや、もっと筋肉がないのかと思ってた」


 確かに俺は着やせするタイプだ。だから外から見ていたらそれほど筋肉があるようには見えないだろう。

 そんな話をしているうちに、目的地の大正駅に着いた。電車から降りると、大量の野球ファンが階段に雪崩れ込む。


「凄い。人がいっぱい」

「みんな野球を見に行くんだ」


 直江が感激して目を輝かせる。俺ははぐれないように直江の手を引き、階段を下りる。


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