第一章 伯爵令嬢は婚約します②
翌日。エリネの姿は街にあった。
というのもライカが原因である。姉の夢を応援したいと
(試験を受けるつもりはないけど、様子ぐらいは見に行こう)
国内で最も栄え、多くの品々が行き
ミリタニア騎士団に入れる者は剣の腕で決まり、選考に身分は
エリネは広場に近づく。広場中央は模擬戦場が用意され、左右のテントには受付を済ませた入団希望者らが
城下町の人々も、年に一度の入団試験を
その光景は
(私の時は異例だったと、言われていたね)
エリネが騎士を目指すきっかけとなったのは、妹のライカだった。
ライカは内向的なために意見を言うのが苦手である。そのため同年代の子どもからからかわれていた。
ライカをからかい
棒でライカを叩く者がいれば、同じく棒を手に取ってライカを守る。うまく戦えないと思えば、父に
相手の子らも
気づけば、体力も
(そんな私が、初めて人前で戦ったのは、団員募集日だった)
試験日、エリネが広場に立つと周囲がざわめいたのを覚えている。それまでミリタニアに女性騎士はなく、入団試験を受ける女性もいなかった。そんな中でエリネがエントリーしたのだから、
多くの人に見守られながら剣を
だが、模擬戦が始まり、エリネが動くと空気は一変した。
その後に続く試合でもエリネは勝利し続け、ついには全勝の成績で入団資格を得ている。
(でも、今回は入団しない)
模擬戦が始まったのか、広場から
ライカには、試験を受けたが
騎士団員となってから、街の見回りは多々あった。見回りは良いもので、書面の報告には書き切れない細かな情報も伝わってくる。文字に残せないような細かな問題や実際の空気感を、直接確かめられるのだ。
その
広場から
(
灰色のローブには、黒の二重星と三日月のマークが入っている。それを着るのは天魔座の魔術士だ。
騎士団は剣派のため、騎士の多くは天魔座を
(あの頃は、フラインがいたから)
魔派に
(私が十八歳になったのだから、フラインも十八歳。今頃はどうしているんだろう)
フラインは幼い頃に魔術の才能を
二人が出会ったのは、エリネが騎士団に入団した後であるから、今頃は王宮で魔術研究に励んでいるのかもしれない。
(私が騎士団に入らないのだから、会うことはきっと──)
ないのだろう。そう考え
路地より、がたがたと物音が聞こえた。
騎士団長として『騎士たる者、五感
(天魔座の者が、若い
見えたのはローブを着た者たちが若い娘を連れて行く場面だった。先ほど聞いた物音は、
(天魔座の
あの娘を助けなければ。帯刀していないのが
エリネは手首をぐるぐると回して準備を整える。いざ路地に飛びこもうとし──。
「君。一人では無理だよ?」
いざ
そこにいたのは、先ほどまで思い
白銀やサファイアブルーの
「フライン……?」
彼こそ、前の人生にてエリネと共に国を背負った男。フライン・レイドルスターである。今は王宮にいるはずの彼が、どうして街にいるのか。
しかし、フラインは首を
「どうして僕の名前を? 君と会うのは初めてだけど」
その反応を見た
(そうだった。まだフラインと知り合っていない。名前を知っているなんて怪しまれる)
エリネは平静を
じっと黙っているうちにフラインが顔をあげた。そして路地の向こうを見やる。
「まあいいか……それで、君はあの場に飛びこもうとしていたよね?」
「私が──」
返事をしかけて、言葉を飲みこむ。『飛びこんであの娘を助けるつもりだった』と話す予定だったが、この
(伯爵令嬢として生きるのだから、相応に振る
すっと短く息を吸いこみ、これまでに見てきた令嬢の振る舞いを思い出す。ライカや王宮で観察してきた娘たちのようになるのだ。自分には似合わないと
「路地の方が良くない
「助けを? 助けを求めるのに、路地に飛びこみそうになっていたけど」
フラインは
正直なところ、この程度の人数であれば圧倒できる。何せこちらは、女でありながらも団員たちを打ちのめし、負け知らずの元騎士団長だ。『パワー騎士』『脳筋騎士』と何度言われたか。十八歳に戻ったため筋力の変動はあるが、体が動かしやすい。
しかし、
酒場近くへ視線を動かすと、
(ジェフリーだ。あいつになら
そこにいたのはかつて副騎士団長であったジェフリーだ。彼はエリネと同じ時期に入団している。入団試験希望者に支給される胸当てと木刀を持っているが、広場から離れてここにいる様子から初戦を終えて
エリネは
「そこの方、お待ちください!」
エリネが声をかけるとジェフリーは足を止めた。
「
そう告げて路地を指で示す。
「っ──ご報告、感謝します!」
返答もそこそこに
「……ふうん」
聞こえてきたのは意味深なフラインの声だった。彼の視線は路地に消えていったジェフリーではなく、エリネに向けられている。
(まだフラインが残っていた……)
このフラインという男は
そのフラインがこちらに近寄ってくる。
「さっきは飛びこんでいきそうだったのに、あんな風に助けを求めるなんて」
「きっと見間違い……ですわ」
ほほ、と苦し紛れに笑ってみせる。しかしフラインには
「
「
「うーん。ここにいるのが惜しまれる。今すぐ広場に行って入団試験を受けてきたら? 君なら
軽口なのか、それとも本気なのか。フラインという男は顔から感情がわかりにくい。しかし本気で言っているのなら、フラインには先見の明があると言えよう。
(実際、騎士になっていたからな……活躍もしていたし)
ただの
「急いでいるので、失礼いたします」
下手に反論すればぼろが出る。ならば最善の策は
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