第一章 伯爵令嬢は婚約します①

 日がつにつれ、過去に巻き戻ったことが現実味を帯びてきた。

 はじめは、ねむりについて目をますと家族は消えてしまうのではないかと不安だった。ライカにたのんでいつしよに寝てもらったが、朝になってもライカは隣にいた。両親もマクレディアの屋敷もちゃんとある。エリネも十八歳のままで肌は毎日ぷるぷるだ。

 毎日が幸せだ。大好きな家族がいて、皆が笑い合っている。これ以上の幸せはない。

 とはいえ、家族と共にのんびり過ごすだけではいられなかった。エリネはこの後に起こる出来事を知っている。幸せにいしれていると、その日がやってきた。

えんだん……ですか」

 両親がエリネとライカに告げたのは、縁談である。

「お相手はゼボルこうしやく。若くして侯爵位をいだ方で、エリネとねんれいが近い。だから、エリネをむかえたいと先方は言っている」

 この話を聞くなり、姉妹の表情はこわった。特にエリネはこおりついたようにその場から動けなくなっていた。

(……やっぱり、この縁談はけられない)

 ゼボル侯爵家は、この縁談をエリネあてに送っている。しかし、エリネが知る未来では、この話を引き受けたのはライカだ。

『お姉様ではなく、私が引き受けます』

 まもなくしてライカはそう名乗り出る。そしてエリネにはこう告げるのだ。

『お姉様はになりたいと話していた。私はその夢をおうえんしたいのです。だからお姉様は騎士団の入団試験を受けてください』

 その時を思い出し、エリネはぐっとこぶしにぎる。

(前回はライカの応援がうれしくて、だからこそ絶対に騎士になろうと考えていた。けれどその結果……)

 ゼボル侯爵家との縁談は、マクレディア家をめつに追い込む。

 父と母の様子を確かめる。父も母も対応にりよしている様子だ。というのもエリネはれいじようと呼ぶにはおてんすぎる。ドレスを着せても中庭をけ回ったり、けんじゆつけいはげんだりと、しとやかさはあまり感じられない。社交界の付き合いは苦手で、ほかの令嬢との付き合いも少ない。侯爵家の女主人となって切り盛りをするにはとうすぎる。

 それに比べると、ライカは令嬢然としたむすめだ。クールな容姿のエリネと血がつながっているのが不思議なほど、体付きはきやしやで愛らしい顔つきをし、他の令嬢との交流を楽しんだり、しゆういそしんだりと、淑やかな暮らしを送っている。だが姉に守られがちでふわふわとしたところが多い。姉妹がきよくたんすぎるため、両親はなやんでいる。

「お父様。その話はお断りできないのでしょうか?」

 重いちんもくくように声をあげたのはライカだった。

「……断れるのなら、そうしているのだがな」

 父は額に手を当て、長い息をく。その心境は、今のエリネならばわかるところがある。

(縁談にはミリタニア王がかかわっている。だから、マクレディア家は断れない)

 この話を提案したのは、ミリタニア王である。

 現在、ミリタニアにいる貴族らはけん派と派の二ばつに分かれている。古き良き伝統を守る剣派の貴族は騎士団をえんし、新風をき込む魔派は魔術士団を支援する。この二派閥のいさかいは大きく、そくしたばかりの王はあつれきを解消すべくふんとうしていた。

 マクレディアはくしやく家は剣派であり、ゼボル侯爵家は若き当主が魔派を宣言している。それぞれの派閥を縁談で繋ぎ、派閥間のみぞめようとミリタニア王は考えたのだ。

 意図を知るがゆえに、父は断れない。この縁談を断ればミリタニア王の失望に繋がる。

(前の私は、こういった背景までは考えていなかった。これも騎士団長として王宮にいたからわかってきたこと)

 つまり、せんたくは二つ。エリネかライカ。どちらかがゼボル侯爵にとつぐしかない。

 父のおもわくをどれほど理解したのかはわからないが、断れないことはライカも察したようだ。愛らしい表情はくもり、うつむく姿からちんつうな心境が読み取れる。

「エリネを支えたいライカの気持ちはよくわかる。だが、女性が騎士になるのはめずらしく、他をあつとうする剣術のうでが必要だ──エリネが騎士になれるかというとわからない」

 追い打ちをかけるように、父が言う。

かなうかもわからぬ夢のために断れない。ならばもう夢をあきらめてゼボル家に──」

「待ってください!」

 バン、としよさい机を強くたたく音がした。父の決断をさえぎり、ライカが身を乗り出してさけぶ。

「お姉様ではなく、私が引き受けます!」

「ライカ……だが、それは」

「マクレディアの娘を求めるのであれば私でもいいはず。お姉様は騎士になりたいと話していた。私はその夢を応援したいのです」

 いつも姉の後ろにかくれ、男の子にからかわれれば泣くだけの大人しいライカが、このように主張するのは珍しい。そんなライカに父母は圧倒されている様子だ。

 ライカの視線はエリネに向く。かくを決めた、力強いまなざしだ。

「だからお姉様は、騎士団の入団試験を受けてください」

 この流れに、エリネは立ちくしたままであった。

(あの時と同じだ。ライカの気持ちがとても嬉しかった。こんなにも応援してくれていたのだと、感謝の気持ちでいっぱいだった)

 だが、おくと同じ通りに進むのなら、と気を引きめる。

(入団試験を受ければ合格して私は騎士団に所属する。ライカとゼボル侯爵の縁談も進む。でもこの縁談を進めてはいけない)

 覚悟は決まっている。エリネは険しい顔つきで、ライカを見つめ返して答えた。

「騎士団には入らない」

「お姉様!?」

「私はこの縁談を受ける」

 この宣言に、ライカだけでなく父母も目を丸くしていた。エリネのことだから縁談を断って騎士団を目指すと考えていたのだろう。

「考え直してください。この縁談を受けてしまったらお姉様は──」

「お父様、この話を進めてください。私はよく考えて縁談を受けると言っています」

 父はすっかりされ「あ、ああ」とうつろな返事をするのみだ。

 あわてたように割りこむのはライカである。

「話し合いましょう。そ、そうだわ、先に入団試験を受けてみるとか!」

「受けない」

「試験を受けてから考えましょ? ほら、明日は騎士団員のしゆう日だもの」

「騎士にならない」

「お姉様ったら! そんな返事ばかり!」

 ライカはすっかりと意固地になり、エリネもまた引く気はない。険しい顔をして「受けない」「騎士にならない」とり返している。

 結局のところ、決断は後日に持ちしとなった。げんなりとつかれた様子の父が退室を命じるまで、姉妹は言い合いを続けていた。

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