第3話
エミール君が来てからしばらく
彼はいつの間にか皆の研究の得意分野について
そんな中、私の幼い
アーネスト殿下は王家特有の燃えるような赤色で
殿下の卒業後は結婚準備をしなくてはいけないため、私は研究室を
エミール君と一緒にする研究を、とても楽しく感じていたため
彼と研究のことについて話すのは
私は研究室で取り終わったデータを書類にまとめる作業をしながら、少し
「お
横のデスクで作業中だったエミール君が、私がついてしまった溜息に反応する。
「いや、研究が出来るのもあと少しかと思うと……」
「あと少し? フレデリカさんは、研究を続けられないんですか?」
「そう……だね。エミール君の留学が終わるより前に研究室を辞める予定。私が最後まで教えられないことは申し訳ないのだけれど……。でも君は他の皆とも
心配する彼を安心させようと研究には問題ないことを告げたが、彼は
「いえ、そんなことより、なぜフレデリカさんが研究室を辞めなければならないんですか?」
「ああ。私はアーネスト殿下の婚約者で、二ヵ月後に結婚準備に入るため研究室を辞めることになっているの」
「結婚したら辞めなくてはいけないんですか? フレデリカさんは、望んでいないのでは?」
彼の少し
「仕方のないことでしょう? 出来れば研究を続けたいけれど、
「なんで……、僕だったら……っ!」
彼は悲痛な表情を
「いえ、フレデリカさんほどの才能の持ち主に研究室を辞めさせるなんて、その方が国益を
「大げさな。過大評価でしょう、それは」
「そんな……」
今でさえ、私は道楽でやっていると自覚している。今やっている人工魔石の開発も辞めるまでには間にあわない。データを取っておいて、いつか私の後に来た同じ研究をする後続に残すことが私に出来ることだ。
研究室に勤めている以上、研究結果を国内で発表することはあるが、世界的な学会で何かを発表したことはないし、論文を送ったこともない。道半ばで終えることがわかっているから、
興味が
ローレンツ
ここまで話してから、私は休憩時間ではなかったと我に返り時計を見るが、丁度お昼の休憩時間の鐘の音が流れる。
エミール君は一瞬
「昼食を一緒に取りませんか? よければお話をもっとしたいのですが」
私はいつも研究に
「僕はお弁当を持ってきているのですが、フレデリカさんは?」
「私も持ってきているから、どこで食べても大丈夫」
私達は研究室を出て
私達は休憩室にあるテーブルに対面で座り、持ってきた昼食を広げた。
「え? それは……? 長方形の小麦色の棒状……? 食べ物ですか?」
エミール君は、私が持ってきた昼食に
「ああ、これは家の料理人に作ってもらった
研究室に通い始めた当初、私が昼食を取らなかったことで
いつもは気がついた時に食べるか、エネルギー不足で軽いめまいを覚えた時に食べる。
「えっ……、なるほど。食事も効率性重視なんですね。
「そう言えば、味は気にしたことがなかった。食べやすいから美味しい……と思う。食べ物は栄養さえあればいい。
「いつも研究をしていて食べているところを見ていないと思ったら、本当に食べていなかったんですか……」
「時々は食べているから、問題はないよ」
彼が私にとても残念な子を見るような視線を向ける。家の者にもよく向けられる視線だ。
「フレデリカさんが
「……遠慮? わかった。それより、君はカフェテリアでいつも食べていると思っていたよ」
彼は一瞬苦々しい表情を見せると、困ったように答えた。
「カフェテリアは色々と面倒なんですよ。なので、いつも一人でここで食べています」
私は少し意外だった。エミール君は親しい研究仲間も出来たように見受けられたのに。昼食はいつも彼らと共に取っていると思っていた。
しかし、彼は高位貴族なので色々と事情があるのかもしれないと勝手に納得した。
それからエミール君が
「アーネスト殿下との関係を聞いてもいいですか? 言えないなら
私は口の中の物を食べ終わると
「殿下と婚約したのは、十歳の時。私には兄がいるのだけれど、兄はローレンツ侯爵家の
エミール君の手が止まりピクリと顔が引きつったが、すぐに
「いえ、そういうことではなく。フレデリカさんは殿下のことを、どう思っているんですか?」
「
頭の中に殿下のことを思い浮かべてみるが、私にとっては仕事の
「……どう思うか以前に、殿下とはあまり接点がない」
「接点がない?
エミール君が、苦虫を
「デート? 夜会は出席
「殿下は出席すらしなかったんですか?」
エミール君が
「いや、多分来ていたのではないかな? 遠目に赤い
「……そうですか」
エミール君の顔がますます険しく変化する。これが
我が国の評判が下がってしまうと少し
「いや、でも殿下は国の行事にはちゃんと出席していたから問題はないと思う」
「フレデリカさんに全部をまかせていたんじゃないですか?」
やっと見つけた殿下のフォローが出来そうなことを、すぐに否定されてしまった。
「……それでも支障はなかったから大丈夫。殿下は事前に行事の手順を覚えないタイプだったから、殿下に覚えるよう進言するより後で怒られることになっても、私が全部覚えておいてその場で教える方が行事は
「殿下はフレデリカさんに
エミール君の冷気を感じるような少し怒った表情に、わずかに
「そ、そうだけれど、適当に
エミール君は顔をクシャッとさせ、泣きそうな表情で私を見つめた後、私に
「それは婚約者としての役目ではないし、普通は怒っていいんですよ」
「怒る……?」
「フレデリカさんが殿下をフォローすることで感謝されるならわかりますけど、怒られるって
「私はそもそも、このことに
怒っても相手を変えられるとは思わない。殿下は私と婚約した十歳の
婚約者の役目ではないと言われると、じゃあ何が婚約者の役目なのだろう? ……と考えて私が
「……なんで、そんな男を
「え?」
「フレデリカさんは殿下のことが好きだから、何をされても許してしまうということですか?」
「好き……?」
「ええ」
「それは、世間でいう
「そうです。フレデリカさんは、そういう意味で殿下のことをどう思っているんですか?」
彼は変わらず無表情で、何を思って聞いているのか察することが出来ない。いつも彼は表情豊かなせいか、無表情のままでいられると少し
「殿下のことは好きだとか考えたこともないし、それにそういうものは貴族の
「そうですか……」
エミール君は片手で口を
「それに人に対して好きや
「理解出来ない?」
彼は私に視線を
「明確な定義があるわけではないし、人によって
「そうですね」
「それに私には必要じゃないし」
「必要じゃない?」
「そういう気持ちを理解したとしても、私の結婚は
「でも、人を好きになるって楽しいですよ?」
エミール君が切なげな目を私に向けながら
「うーん。私には魔道具以上に楽しいことはないかな。今は少しでも研究をする方が大事」
昼食時間も終わり、私達は研究室に戻り作業を続けたが、エミール君は顔をしかめてずっと何かを考えているようだった。
それから一ヵ月半ほど
私は執務室の前に立ち
父の従者に扉を開けてもらい入室した私は、久々に父と対面した。父はいつも
今年四十五歳になる父は、色白の
父に向かってカーテシーをして挨拶を述べると、父は座ったまま頷いた。父が座っている執務机の前まで足を進めると、父に王家からの書簡を
その書簡に目を通すと、王家から『アーネスト・ラザフェストとフレデリカ・ローレンツの
私は目を大きく見開き青ざめた。
「え? ローレンツ
私は自分が家の不利益になってしまったのかと、父から失望される
「それを寄こしなさい」
書簡を父に返すと、父はそれを雑に丸めて横に置いた。
「そうだ。もう終わったことだ。全て片づいてからフレデリカには知らせようと思っていた。侯爵家としても婚約の解消を正式に受け入れ、手続きは既に済ませてある」
「……そうですか」
自分の背筋に
「これはあちらの都合で、こちらには何も
「あちらの都合……ですか?」
「ああ……。
「そう……ですか」
何も損害はないと言われたことで、私は少し体温が戻ってくるのを感じた。父がそう言うのなら、政治的な判断をした上で受け入れたのだろう。
「あの、殿下との結婚がなくなったということは……私は何をすればいいでしょうか?」
「何もする必要はない」
「何も……? では研究室を
「そうだ。辞める必要はない」
父のその言葉に、もうしばらく研究を続けられそうで安心する。
「そうですか。ありがとうございます。それで、私には新たな婚約相手がいるのでしょうか?」
「フレデリカには……、結婚したい相手が
私は父が言った意味が理解出来ず首を傾げた。
「
「そうか……」
父はますます眉間に皺を寄せると黙ってしまった。私の婚約相手はまだ決定していないのだろう。家と家が
そのまま
扉の前で
それが昨日のこと。そして今朝、私が研究室に着いた
私は彼からの申し出を「父であるローレンツ侯爵に正式に申し入れをしてください」と断ったのだが、そのまま始業の
昼
「……フレデリカさんが好きすぎる……」
彼が
私が
「あ……。フレデリカさんが両手でサクサク食べている姿がカワイイなぁ……と。そう思ったら、心の声が自然に出てしまって」
「申し訳ないけれど、私はそういうことを言われた時に、なんて返事をすれば
私は今後もこういうことが続くようなら、今の時点でどう対応すればいいのかわからないと、彼に開示しておこうと思い伝えることにした。
「正解はないですけど……。今の『好き』は、単に勝手に口から出てくる独り言みたいなもので、返事は求めていなかったのですが……」
「じゃあ、『好き』って言われても返事はしなくてもいいということ?」
彼は少し考えてから首を横に
「いや……ほしいですね。僕は、フレデリカさんに僕が言っている『好き』を理解してもらってから、返事がほしいです」
「……『好き』を理解してから……?」
「ええ。まずフレデリカさんは、『好き』も『
「……わからない」
私がしばらく考えてから
「僕はこれから毎日、全力でフレデリカさんに『好き』を伝えます。フレデリカさんのことが好きな僕をサンプルとして観察してもらい、『好き』とはどういうことなのかを、研究して理解してほしいです」
「観察して研究する……」
「『好き』という気持ちが理解出来た時に、僕に対して返事をください。多分その時には、僕のことを受け入れてくれるのか判断が出来ると思います」
私をしっかりと
「わかった。私なりに理解出来るように
「……本当に、そういうところ大好きです」
彼が嬉しそうに
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